台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

タイワンメシにもほどがある

  大腸包小腸という台湾風ソーセージをもぐもぐ食べながら、お祭りのようなにぎわいの、まるで縁日の総合版とでもいった逢甲夜市をペルオ君とのろのろと歩いている。

 屋台は途切れることなくあらわれ、途中で墨西哥捲餅というなんだかファンシーな屋台スタンドがあって、ナンに肉やチーズを包んだタコスのような食べ物が売られていた。台湾にきてメキシコ料理かよ、とちょっと迷ったけれどええいっと買ってみた。

 夜市の屋台メシはその手軽さに落とし穴がある。うまそうなのはもしかしたら見せかけだけで、食ってみないとわからない。だから味見といい聞かせてしかたなく食べてみるんである。そうしてつぎつぎとまあたらしい屋台が目に入るたびに連鎖的慢性的に確かめてみる、という手続きを踏んでゆくのだ。

 台中の夜は思っていたよりも涼しかった。まだ真夏になりきらない時期のためか、空気がすっきりとしてさわやかだ。それかどうかわからないけれど、僕の食欲もますます増している。

 喉を貫通して脳天まで突きだしそうなくらい先端が尖った長いアイスクリームを見つけた。

 霜淇淋というものでアイスの部分だけで優に30cmをこえている。鼻の穴にコイツがつき刺さったらいかにも痛そうだ。いや、冷たそうだ。甘いものは腹休めにもなるから都合いいんじゃあないのか。細いアイスは口のなかですぐに溶けて、手元のコーンにたどり着くまでに時間はかからなかった。

 そんなときスマートフォンのFacebookに臭豆腐を食べなさいという友だちからのコメントが入ったことに気がついた。

 夜市の入り口付近にあるというけれど、この広い夜市のどこが入口でどこが出口かなんてわかるはずがない。しかたがないので、僕らはタクシーを降りたところまで歩いて、とりあえずそれらしい人びとの行列を探してみた。

 店にできる行列というものはとにかく目に見えるので、客観的な視点でもって、素人でもわりと簡単にその店の良し悪しを判定できる味のバロメータなんである。

 そうして、やはりというか、人びとが列をつくっているうちのひとつの先に金牌巨無霸臭豆腐のネオンがギンギラギンに輝いていた。友だちがいっていた店かどうかはわからなかったけれど、もし違っていたとして、そんなこと大した問題じゃあない。僕らはすかさず列の最後尾にならんだ。

 やっと手にした臭豆腐はけっこうなボリュームだったから、ここで中途半端に食いかけてもなんかさみしい。僕らはホテルに持って帰ってからじっくり食べることにした。

 タクシーの後部席には夜の風がひっきりなしに入ってきていた。ひざの上の紅白のビニール袋の底からほどよい熱が伝わってくる。顔を近づけるとビニールの奥からパクチーの香りと、湿り気のある臭豆腐の悩ましい匂いがたちのぼってくる。ペルオ君はもう食えないといってとなりの座席でうなだれている。

 ほんとうはすでに腹いっぱいで、カラダはもう食べることを欲していないことはなんとなくわかっていた。もはや悲鳴をあげそうな状態に近いことは確かなことだったけれど、どうしても食ってみたいという途方もない食い意地と強烈な好奇心に、僕はとうとう勝つことができなかったんである。

***逢甲夜市で食べ歩き***


逢甲夜市にもほどがある




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ぐるぐる夜市

 昨日の晩は張さんのおかげでけっこうな屋台メシを食べたような気がしたんだけれど、今日が台中にとどまる最後の夜であるならば、やっぱりアレに行かなきゃ台中はおわらない。

 僕らは集集線の一日旅をおえて今しがたやっと台中のホテルに戻ってきたばかりであった。その集集線車埕で遅い午後に食べた排骨飯の余韻がないといえばうそになるけれど、もうこれいじょう食えないかと聞かれるとそうともいいきれない。

 ペルオ君をふり向くと、彼もまたしずかにうなずいた。

 僕らは休憩している時間もつくらないままに、ホテル前でたむろするタクシーに乗り込んで、逢甲夜市の行き先をつげていた。

 逢甲夜市(フォンジャーよいち)は台中で最大の夜市といわれているだけあって、とにかくデカい。すぐちかくに大学もあるから、とりわけ若者がおおく、食いしん坊エネルギーで満ち満ちているのだ。

 交差点から続く、黄色や赤や青の明かりに照らされた通りは、まだ月曜日だというのに人でごった返している。もうとにかくいろんな屋台やら露店やらがところせましとならんで、陳列台の上は多種多様なものであふれていた。

 鶏の唐揚げに、イカ焼き、たこ焼き、てんぷら、おでん、かき氷、麺、焼き菓子、鉄板焼き。そしてわけのわからない料理たち。

 人の波にもまれながら歩いていくと、あちらこちらから台湾語や中国語がけたたましく飛びかい、いろんな色をした匂いのかたまりが、その喧騒をよりいっそう肥大化させているみたいで、くるくると目が回ってきた。

 そんな人びとの先に、大腸包小腸というなんだかあやしい名前の屋台があって、ひときわ長い行列ができていた。若い学生風の兄ちゃんがグリルの上のソーセージをつぎつぎにひっくり返している。

 僕らの順番になったので「ゼガー、アーガ」(これ、二個)と指を二本たてて注文したら、兄ちゃんは早口ことばで何かいっているみたいだったけれど、僕には何をいっているのかわからなかった。僕は「うんうんそうそう。まったくそうなんですよぉ」といかにもわかっているようにあいづちをしていたら、兄ちゃんはニッとわらって、それから紙に包まれたホットドッグみたいなものが二個でてきた。

 大きいほうの腸詰はもち米だった。もっちりとした歯ごたえを通りこすと、小さいほうの腸詰がプチンとさけ、香辛料の匂いにまじって甘辛い肉汁がにじみでる。ソーセージは濃密でかなりかみごたえがある。生ニンニクとあわせてかじれば、舌の先にピリッとした閃光がほとばしる。いっしょに挟まっているキャベツやキュウリの漬物もポリポリしていいアクセントだ。

 食べおわるかおわらないかのうちに、自分が知らないところでほんとうはひそかに腹が減っていたんだろうな、と思った。そして、もしもハラペコ中枢なんてものがあるとするならば、カラダの奥底の、どうもそんなあたりのところから、それまでねむっていた食欲が、ぐるぐるぐると加速しはじめてきているような気がした。


***台中の逢甲夜市にて***


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屋台メシのもんだい

 この4日間の台湾旅行で4キロふえたのはスーツケースの中身なんかじゃない。単純に1日に1キロふとった計算になるから、僕のカラダは1時間あたりで実に40グラムづつふえ続けていったことになる。

 とにかく食いどうしの日々だったので、いろいろと思いあたるふしがないわけでもないんだけれど、より肥大化傾向にあるどてっぱらに手を当ててよくよく振りかえってみると、やはりあれだったのか、と無邪気にはしゃいでいたあの日の夜の記憶がまざまざとよみがえってくるのであった。

 その日はペルオ君とふたりで台中に遊びに来ていた。台中には張さんという友だちがいて、僕らは日が暮れはじめるあたりから台中の街を案内してもらっていたんである。

 張さんは10年ちかく東京の会社に勤務していただけのことがあって、非の打ち所のない日本語をひょうひょうとあやつる。だから彼といっしょにいるとまるで日本にいるかのような感覚におちいる。

 さっそく、その張さんおすすめの新凍嫩仙草に連れてきてもらった。ここの仙草ゼリーはひと月前にも食べさせてもらったことがあったんだけれど、その味と食感において、とにかくまた食いたくなるほどの強烈な思い入れをもっていた。

 前菜はそこそこに、張さんの車はさっそうと豐原に向かった。豐原には廟東夜市という屋台街があって、今晩そこでメシを食うのだ。

 僕らは手はじめに蚵仔煎とかいておあちぇんと発音する牡蠣入りオムレツの店にはいった。台湾の牡蠣は日本のよりやや小ぶりで噛みごたえがあるので、いかにも貝を食っているぞという気分になれる。

 さくっとかたづけ、すぐちかくの肉丸の店のテーブルについた。肉丸とは台湾語でばーわんという肉入り餅のことである。歩いている人にぶつかりそうなほど通りにはみだした狭いテーブルはどれもお客が絶えることがない。

 台湾の夜市を歩いているとよく店の看板に正老という文字がついた店を見かけることがあるんだけれど、この肉丸もまさに正老で、きっと商売がながく続いていたことを表すものなんだな。というのもこういう店はたいてい地元で人気があるのだ。

 ようやく腹の減りも落ち着いてきたころなので、歩きながら食べられるかんたんな小吃を食べることにした。

 張さんにすすめられたのは、廟東東山鴨頭というぱっと見たところヤキトリ串のような濃厚な色の食材をならべた露店だった。僕は張さんにうながされるまま、あれやこれやと選んでいったらザルが山盛りになってしまった。目の前の油だまりにそれらがいっせいになげ込まれると、ザアーとはじける音とともに、大量の湯気と香ばしい匂いがあたり一面にたちこめた。

 この料理。どうやらあらかじめ醤油で煮込んだものを、その場で素揚げしてカリカリ食べるものなんだそうだ。メインはもちろん鴨の頭だ。

 そのなかでもとりわけ驚いたのが、湯葉ふうの食べ物だった。豆包といってドウボァとよむ。ドアホウではない。とにかく肉のような歯ごたえで、噛んでいるとなかから濃厚な味がじわじわとにじみでてくる。これがうまいのなんの。そこそこ値段の高い肉なんかよりも、はるかにいい肉を食べている感じだ。

 台湾の夜市でほんとうに残念なのは、こんなに良質なおつまみが道ばたにあふれかえっているのに、ちかくでビールの類がほとんど売られてないことだ。カンビールを飲んでいる人も見かけない。酒のないおつまみほどやりきれないものはない、と日ごろ感じている自分からしたら、これはほんとうにもったいない。かといって、台湾夜市で酒の飲み歩きなんてしようものなら、地元の人たちはきっとヘンな人がまぎれこんだと思ってウヘェーと顔をしかめて離れていってしまうだろう。やはりこれは文化の違いなのだ。

 最後に金樹鳳梨氷というジューススタンドで、新鮮なパイナップルジュースを買って帰路についた。

 張さんは僕らをホテルまで送りとどけると、をお土産において帰っていった。自慢の家庭料理だ。僕らはロビーのイスに座り、張さんからいただいた粽をもぐもぐとほうばった。

 とまあここまでは、いたってフツーの晩メシの範疇であるから、とりたてて問題のある行動ではない、と思っている。

 しかし次の日もこの日と同じようにまたどこかの夜市をさまよい歩くことになり、はしご酒ならぬはしご屋台を続けてやってしまったことが、結果として、いっきに体重をふやしてしまったことへのほんとうの意味での“過ち”であったことはやっぱり間違いなかったと断言できるのである。

***台中豐原で屋台めぐり***

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アイスクリームはまだとけない

  昼過ぎにLinさんが予約してくれていた台中のホテルに到着した。受付の人にパスポートを渡して、用紙に名前と住所を書き込んでいると、目の前に台湾紙幣が差し出されて驚いた。お金はこちらが払うものであって、こちらがお金を受け取る筋合いはないではないか。しかしそれは、Linさんが僕が泊まるホテルの予約のために預けてくれたいわゆる予約金というものだった。
 
 僕はお金を受け取るのと引き換えに一宿分の宿泊料金を払った。Linさんはこの後ホテルに迎えに来てくれることになっている。Linさんに会ったらすぐに返そう。ぶたのように重いスーツケースをエレベーターに載せ、カードキーにかかれた番号の部屋へ向かった。

 僕がホテルに着いてまずやることといったらシャワーを浴びることであった。シャワーを浴びればそれまで熱さでふてくされていた身体がゲンキ復活である。水に近い温度でシャワーを全身に浴びて、スーツケースから着替えやお土産などを取り出そうと、3桁のダイヤルロックをあらかじめ設定しておいた正しい番号にまわした。

 グニャリといういつもと違う感触が、数字と数字が回転する間の中途半端なところから指先に伝ってきた。どこかにねじれ込んでしまったような感覚だった。番号は目的の組合せに落ち着いたものの、ロックが開く気配がない。僕は気を取り直してもう一度はじめから正しい手順で正しい番号に合わせたが、ロックはうんともすんともいってこない。

 僕はこういうときこそ冷静にならなければいけないと、素っ裸のままで、スーツケースの前に頭をかかえて考えた。もしかしたら、という不安があった。いちばんはじめに数字をまわしていたあのグニャリという感触のときに、新しい番号に変更してしまったのかもしれない。そうだとしたら僕があらかじめ設定していた番号は、上書きされて今はなくなっている可能性がある。

 僕は本格的にうろたえはじめた。新しい番号とはいったいなんなのだ。さっきまでクルクル通過していった数字の羅列を思い返してみたが、3桁ともなれば組合せや確立の理論も考慮にいれなくてはならない。僕は消去法で間違いの数字をどんどん排除していって、最後に正しい数字を一つずつ確定して答えを導き出す作戦を検討した。時間はかかるが数字を動かしていってその中でロックがいちばん緩んでいる箇所を1つずつ特定していくのだ。二つの数字の組合せが正しければ、あとは最後の数字を一周するだけになる。僕は暗号解読の専門家のように慎重に開錠にとりかかった。

 クーラーの冷気が裸体に吹き付けていて、それが次第にこたえるようになった。仕方がないので、クーラーを止めて、シャワーの前に脱ぎすてた服を着なおした。ほぼ無音となった室内では自分の心臓の音だけが聞こえた。目の前に横たわるのはLLサイズの特大スーツケースだった。これが開かない場合は日本からのお土産はすべて台無しになる。これから出会う友人たちに配るお土産はまだたくさん残っている。残り3日間を過ごすための衣服も身に着けることはできない。ガイドブックもスマートフォンの充電器もスーツケースの中にあった。

 このすべてを日本に持ち帰ることになったら、いったい何のために台湾に来たのか分からないではないか。それこそ役に立たないただの粗大なお荷物である。ロックを壊して中身を取り出す方法も考えたが、あいにく破壊できるような道具は持ち合わせていなかったし、部屋の中にも見当たらない。それに中身は欲しいがスーツケース自体も惜しい。受付の人にお願いしてみるべきか。

 そんなことが頭の中をグルグルと駆けずり回っていたとき、指先のロックの感触がにわかに変わりはじめていることに気がついた。僕は指先に神経を集中した。少しでも他の数字と違う動きを見せればそれが正解だ。やがてパチッといって唐突にロックは外れた。スーツケースに閉じ込められていた外気のぬくもりがムアッと身体にあたって、それはとても懐かしいものに思えた。

 ホテルのロビーには既にLinさんの姿があった。僕はありがとうと言ってホテルの予約金をLinさんの手に戻した。Linさんは僕に部屋はどうですかと聞いた。室内のことなどまったく考える余裕はなかったのであるが、僕はとても快適なホテルだ、どうもありがとうありがとうと言った。

 Linさんはおススメお店があると言って、僕たちは歩いた。台中駅の方面にしばらく進んでいくと、道路に人だかりができていた。それはお店の前に行列する人々の群れだった。

 宮原眼科はその名前のとおり戦前に宮原さんが開院していた医院であったが、建物を改装して現在はアイスクリーム屋さんになっているという話だ。赤レンガ造りの建造物は、そこだけ周囲の時代から切り取られたような佇まいで、かつて台中で歩んできた歴史というものの貫禄を十分に漂わせていた。

 思っていたよりもお店の回転ははやく、いつのまにか僕らの注文する番がまわってきた。Linさんはあれこれ言ってアイスを選定した。その手際のよさはとても頼もしく僕はつい感心してしまった。

 テーブルを見回してみたものの、どこも人がいっぱいで、席はひとつも空いていなかった。手に持つアイスクリームの表面は溶けかかりはじめていた。そんななか、一組の男女が僕らに向かって手招きしている。彼らは手持ちのカップをさらっと空にすると、どうぞお使いくださいというようなことを言って、テーブルとイスを僕たちに譲ってくれた。

 Linさんが選んだアイスクリームはお茶とマンゴーの組み合わせだった。僕はお土産に持ってきた銘菓じゃがぽっくるを渡した。



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からす日の陽

  「あら、ちょっとおにいさん」

 ベンチから見上げると、やや初老にさしかかりはじめたばかりといったおばさんが立って、こちらを見つめていた。

 「さっき、改札の駅員さんのところにいたおにいさんね」

 今から少し前、私は列車から降りた。タンタタンと小さくなってゆく區間車の後姿を見て、どうにも様子がおかしいと、あくまで一般の常識においても、そのときから既に異変に気がついていたようだった。

 そのことを確かめるため、私は、ただひとつある線路の向こうの改札口まで、階段を下りてはまた上がって、改札台の駅員さんに、高鐵(台湾新幹線)はどこにあるのかと尋ねた。

 「ここにないね。隣の駅だよ」

 私の下手な中国語が通じたのか通じなかったか、返ってきたのは予想した通りの答えだった。高鐵に接続する駅は台鐵の烏日駅ではなく、ひとつ先の新烏日駅であったのだ。その日は、台北のそのまた先の、宜蘭で約束があったため、朝から高鐵に急いでいたのである。

 どうしようか、どうなんだろうか。苛立つ神経をどうにかできるわけでもなく、私は後悔の気持ちを引きずったまま、次の列車が来るまでのおよそ40分間を、真夏のようなプラットフォームで、ただひたすら待ち続けるしかなかったのである。

 「駅員さんから聞いてね。大きな荷物を持って困っている日本の方がいるって」

 おばさんは目尻に細いしわをいくつか寄せて、穏やかに、やわらかい日本語で言った。線路の向こうからジイジイとセミの鳴く声が聞こえた。線路わきに植えられた樹木が、昼近くの太陽光を緑のからだいっぱいに反射して、ガランとなったプラットフォームにぬるい風を送っていた。

 「んまあ、一人で台湾に?」

 おばさんは、私の隣に座った。

 「はい。でも友だちいますから、大丈夫です」

 「大変だったでしょう」

 やがて、ゴーウというけたたましい音をたてて、目の前に列車が入って来た。區間車は鈍い金属音とともに速度を落として、ゆっくり停まった。ディーゼルの焼けるような匂いと、エンジンの振動音が、なんだか懐かしくて心地よく思えた。

 私は、横長のシートにおばさんと並んで座った。

 おばさんは台湾生まれで、日本人と結婚して静岡に住んでいる。子供はみんな大人になり家を出たので、今は夫婦二人で暮らしている。最近ようやく暇が出来たので、仕事がある夫は日本に置いて、久しぶりに実家に帰ってきた。ゆっくりできてよかった、と言った。今日はこれから桃園空港に行って、日本に帰るのだという。

 窓に重なる薄い日除けが太陽の光をいくから減らして、そのやわらかい陽の中で、おばさんのあたたかな笑顔が、こまやかに揺れていた。

 「これからどこへ?」
 
 「いったん、台北に行きます、そのあとは、」

 私が最後まで言わないうちに、おばさんは私の手の中に何かを押し込んだ。開くと千元紙幣があった。

 「これで切符を買いなさい。買い方は分かる?」

 「いえ、あの。これはいただけません。僕もう切符は買ってありますから」

 私は、思いつくままの言葉で抵抗して、すぐに手の中のものを押し戻した。
 
 新烏日駅のプラットフォームを降りて改札までの階段を上がると、目の前に大きなコンコースが広がった。天窓から太陽の光が、あたり一面に射しこんでいる。途中に鉄道の記念品や模型などを売る土産物屋があり、開放的な空間をさらに進むと、人工的な傾斜がゆるやかに伸びて、そのまま高鐵
台中駅に連絡していた。

 おばさんは切符を買うと言って窓口に並んだ。私はここまで送ってくれたことに礼を言い、頭を下げた。おばさんは、やさしく静かに微笑んだ。

 「気をつけて、いってらっしゃいね」

 私は少し離れた自動券売機まで歩き、台北行きの切符を一枚買った。構内には台鐵便當という駅弁屋の弁当が、通行人の気を引くように色とりどりに並べられていたが、食べたいという気持ちは起こらなかった。プラットフォームに続く、上りのエスカレーターの途中で振り向いたときには、おばさんの姿は見えなくなっていた。

***蝉が鳴きはじめた台中で***



そのやわらかい陽の中で




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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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