台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

タロコのふもとでひとやすみ

  ぐんぐん速度を上げていくバスに向かって、おーいと手を振って追いかけてみたが、バスはだんだん遠くに小さくなっていった。走り去っていくバスの後ろ姿を見ながら、あーあ、やっちまったな、と思った。

 太魯閣を下るバスはとてつもない乱暴者だった。ヘビのようにうねる道を速度を落とすことなくじつに強引にとばした。僕はシートにしがみつくように背中と太ももで身体を固定して、両手は前の座席をガッシリとつかんでいた。そんな激しい揺れのなかでも不思議と眠たくなるもので、一日の山登りで疲れていたことも手伝って、僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。バスはどこかに停まり、僕は呼びかける運転手の声で目を覚ました。そして、寝ぼけた頭でシェイシェと言って、そのままバスを降りてしまった。

 降りたところは目的地の花蓮駅からずっと離れた新城(太魯閣)駅という、自分にとってまったく見当のない土地だった。駅前の路上に何台かの車が停まっていて、駅の入口には手作りのスイカジュースの露店がでているだけだった。そして駅舎のずっと背後には、太魯閣峡谷を形成する山々がいくつか折り重なるようにして霞んで見えた。

 台湾好行太魯閣任我行というバス一日乗車券に付いてきたパンフレットの時刻表によると、新城(太魯閣)駅のバス到着時刻は17時40分となっている。僕がつい今しがた降りたバスだった。そして次に到着するバスの時刻は、そこにはなかった。つまりそれは今日の最終バスであることを意味していた。すぐさま僕は駅の窓口に行き、切符売りのおじさんに花蓮行きの列車の時刻を尋ねた。すると、次の自強号は2時間後の19時50分に来るという途方もない答えが返ってきた。

 僕はめんどうなことになってしまったと後悔しながらも、これからなにをしていいかわからず、かといって、わなわなと脱力してしまった気力を取りもどせるわけでもなく、しかし、このままここで呆然と立ち尽くしているわけにもいかず、また、そんなことをしてもなにも起きないこともわかっていたので、気晴らしでもなんでもいいから、とにかく近くを歩こうと決めた。

 乱雑に伸びた背の高い草が歩道まで迫っている平坦な道をしばらく歩いていくと、片側2車線のひときわ大きな通りにでた。道路を渡った向こう側にはセブンイレブンが見える。理由はわからないけれど、店のなかに入ればなんとかなるかもしれないと自動扉をくぐった。いい感じに茹であがった茶葉蛋の、台湾のコンビニによくあるいつもの匂いがしてくると、心なしか気持ちが落ち着いてくるような気がするのであった。

 ペットボトルのお茶を一本買って店をでたところで、猛スピードで太魯閣の方面に向かって走っていくバスがあった。もしかしたら市バスならまだあるのかもしれない。ここから花蓮までどれくらいの距離があるのかわからなかったが、いいタイミングで市バスに出会うことができれば、それほど長い時間を空虚に過ごすこともなく、花蓮のホテルに帰ることができるかもしれないと考えた。

 向かいの歩道に、小さい荷台に土のついた野菜をたくさん積んだトラックが乗り上げていた。その周りで、地元の人たちが簡単なつくりのプラスチックのイスに腰かけて世間話をしていた。

 僕は近づいてバスに乗る場所はありますかとヘタな中国語で尋ねた。すると、紺色の作業帽をかぶったおじさんが立ち上がって、そっちだよと示した方向に花蓮客運と書かれた赤い小さな看板があった。それは見過ごしてしまうほどのとても小さなバス停だった。道路から吹きつける粉塵ですすけてしまった時刻表には、今から50分ほど後に通過するはずのバスの時刻が小さく書かれていた。

 歩道の内側は広場のような敷地になっていて、見上げると、いくつもの赤ちょうちんをぶら下げたタイワン廟が建っていた。廟に上がる階段の前では、おばあちゃんと、そのすぐ近くで男の子がボールを持って走り回っていた。心に少し余裕ができた僕は、バスを待っているあいだ、近くを散歩してみることにした。個人的に写真を撮りたいと思えるようなスポットがあるわけではなかったが、これも後で思い返せばいい記念になるかもしれないと思い、来る予定がなかった土地の写真を何枚かカメラに収めて歩いた。

 ふたたび廟の近くに戻り、縁石に腰を降ろしてからセブンイレブンで買ったペットボトルのお茶を開けた。ところが最初の一口を飲んだところでブッと噴き出しそうになった。予期しない甘さが唐突に口の中に広がったからだった。間違えて砂糖入りのお茶を買ってしまうことはこれまでに何度かあった。今日はこれで何回目になるのかなあ、などとくだらない過去の失敗を思い出しいるうちに、夜のとばりは次第にあたりに落ちはじめ、その薄暗い空のなかに、コウモリが二匹、お互いにぶつかりそうになったり離れたり、予測できない動きを繰り返していた。

 そんなとき、トラックが停まっていた方向から声がしているのに気がついた。見ると、さっきの作業帽のおじさんがこっちに向かって何か大声で叫んでいる。バスが来たということらしい。おじさんは道路に飛び出していき、両手を大きく振ると、猛スピードで走るバスをまたたくまに停車させた。

 僕は作業帽のおじさんにシェイシェと言ってバスに乗り込んだ。バスの乗客は僕ひとりだけだった。そして、本当だったらもうとっくに過ぎ去って行ったはずの道を、今走りだした。
***太魯閣にて***


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谷と水と石と森と

 花蓮のホテルのベットの上で「うーむ」とうなった。台湾好行太魯閣任我行という太魯閣(タロコ)一日バス乗り放題チケットがあって、そのバスは花蓮駅から一日に何便も発着している、ということをインターネットで発見したのである。僕は、ひんやりしたタイルの床をはだしでぴたぴたテーブルまで歩き、缶の底に残っていた空気の抜けた生ぬるいビールをぐびりと飲んで、そのままベットに倒れた。

 翌朝僕はフロントにいたおやっさんに、花蓮駅に行きたいんだけれどタクシーはどこに停まっているのだろう、と訊いたところ、「ちょうど今からお客さんを駅まで車で送るところなんだね。だからあんたもいっしょに乗っていったらいいんだね」と、おやっさんは老眼鏡の奥のやわらかい眼をくりくりさせて言った。

 おやっさんは若い頃に東京の会社でサラリーマンをしていたが、台湾支社に駐在したことがきっかけで、50代でぷつりと会社を辞めてしまった。その退職金を元手に花連でホテルの経営をはじめて、今では日本人オーナーとして台湾で暮らしている、ということであった。前の晩に、おやっさんと僕と他の泊まり客とで、高粱酒という強い蒸留酒を飲みながらそんな話を聞いて、僕は、おやっさんの自由でさっぱりとした生き方に、密かに尊敬の念を抱くようになっていた。

 一日乗車券チケットは駅ロータリーわきの旅遊服務中心で簡単に手に入れることができた。ひとり250元。花蓮駅を出発したバスは、宿泊施設がある天祥までの10駅を、停車時間も含めおよそ1時間20分で走り抜ける。

 バスのなかは既に8割ほど席が埋まっていたので、僕はいちばん近くに空いていた通路側の座席に腰を降ろした。となりには年のころ三十代前半くらいの一人旅風な女の人が座っていて、静かに窓の外を見つめていた。

 走りはじめて40分ほどで、砂卡礑(シャカダン)の到着を知らせる運転手の声があった。手元のパンフレットには「十六キロメートルに渡る渓路には、美しい峡谷、清らかな川水、綺麗な岩石と、青々とした森がその周りを囲み立てる」と原文直訳みたいな日本語で砂卡礑の概要が書かれてある。僕は降りるかどうか考えていたんだけれど、窓側に座っている女の人が、無言で膝の上のザックをゆっくりと持ち上げる仕草が見えたので、僕はいったんは立ち上がり、けれどもその流れにのっかって、あれよあれよという間にバスを降りてしまった。旅なんて思いつきでよいのだ、と思った。

 降りたところは二車線が走る橋の上だった。獅子の石造がいくつも並ぶ欄干の向こうに、巨大な濃い緑の山々が、太陽の直射を受けて右に左にドカンと開いている。そのさらに先には、霧のように霞んだ雲が、黒い山に煙のように巻きついていた。橋のだいぶ下のところでは、透き通った青い渓流が、原始的な推進力でしたたかに流れているのが見えた。

 頭の奥から聞えるキィーンという金属音に混じって、なにかとてつもなく大規模な力に飲み込まれていくふうに、自分という形が、ミニチュア模型に置かれた小さな人間みたいに、ひどくちっぽけなものに思えた。

 橋のたもとに砂卡礑歩道と書かれた門があり、その先の、階段を降りたところが起点となっているようだった。道は砂利の細い道で、果てしなく続いているように見える。道の途中では、大理石の岸壁が頭の上まで褶曲し、半分洞窟のようになっている。遠くからは、ときおり、名前も分からない野鳥の鳴き声が聞えてくる。疲れたらどこかで折り返せばいつでも帰れるのだ。そんなことを考えながら、崖の下の、ターコイズブルーの涼しい流れに合わせて、ずんずん歩いていった。

***熱い太陽、涼しい風の太魯閣で***

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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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