台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

うしろのボツボツ

 そうしてブンちゃんが注文してくれたマンゴーかき氷がテーブルに運ばれた。かき氷とはいってみたもののよく見ると氷の部分があきらかに黄色く、いかにもマンゴーのあまい汁が混ざっているんだぞうという感じがどうも確信犯的だ。そうきたらマンゴーかき氷というよりもむしろマンゴーアイスといったほうが正しいのかもしれない。

 さっそく真ん中あたりをスプーンでこわして、だいだい色の果肉といっしょに口にいれてみた。アイスは思ったとおり空気をふくんだほそい線状のわた菓子ふうで、すぐに口のなかで溶け、肝心のマンゴーも歯でかんでいる暇もなく舌の先で押しつぶされてあっけなく果汁になってしまった。

 東京で日々アルコール漬けだったカラダには、場違いなほどに新鮮で、もったいないくらいみずみずしいモノが、そのままストンと体内に吸い込まれていくようで、枯れた肉体がじわじわ生気を取り戻していくようなヘンな心地よさがあった。

 僕がいつもの牛丼わしづかみ体勢でワシワシと食っていると、ブンちゃんは「マンゴーはウルシの仲間なんだから、あんまり食べる過ぎるとかぶれるんだよう。ハハハ」と、そのきっちりした日本語で冗談とも本気ともつかない顔をしていったので、なんだかカラダのあちこちから、それまで隠れていたムズムズが全身に広がっていくような気がしてきたじゃあないか。

 そんなふうにおびただしいマンゴーに囲まれながらそいつを食べていると、台南玉井では、場所も気候もちがう台北なんかの大都市とくらべて、新鮮なマンゴーが新鮮なうちにけっこう安く食えるんだろうなと思った。僕にはほんとうの相場はわからなかったけれど、台北もふくめて、いかにも遠くから来ていそうな台湾の人たちが、マンゴーが詰まった籠をいくつも抱えて車に運んでいる姿があったので、それはほとんど確信にちかかった。

 玉井果菜市場をはずれまで歩いていくと、突然、黒焦げになったスズメがリアカーに山済みになって売られていた。僕は「なんだなんだ!台湾にはスズメの姿焼きもあるんか!」とブンちゃんに聞いたら「ちがうちがう。あれは菱角だよう!」と答え、そしてついでだからとひと袋買ってくれた。菱角というのは水辺で採れるヒシという植物の実で、黒い硬い殻を割ったなかから栗みたいな実がでて、味もずいぶん栗にちかいものだった。

 菱角をぽりぽりかじりながらバス停まで戻った。停留所のちかくにこじんまりとした土産物屋があり、いろいろな種類のドライマンゴーが袋詰めにされて売られていた。パッケージには以前に台南の友だちにもらった玉井愛文という字があった。

 「そうか、ここにあったんだなあ」と、僕はなんだか懐かしい感じがした。今まで名前ばかり知っていた玉井だったけれど、こうしてブンちゃんの助けをかりて、今日、あらためて来ることができた。午後の日射しのなか、帰りの台南行きのバスを待ちながら、なんとなく、「マンゴーの故郷は台南玉井なんだなあ」という想いがきらりと輝いて台南の青い空にそのまま突き抜けていくようだった。

***玉井市場の芒果冰***


黄金色のボツボツ




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  1. 台南
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さいころ型の優先事項

 よく外国に行くとカラダの成分や物事の考え方がそっちのものに入れ替わってしまうというけれど、台南に来て一晩明けてみたら、自分にもそんな兆候がじわじわと顕著に現れてきたようで、なんでも台湾人のブンちゃんが話す言葉がぜんぶ日本語に聞こえてきた。と思ってみたけれど、そもそもブンちゃんは日本語の先生でもちろん日本語はペラペラなので、結局のところどうもそれは僕の勘違いらしいということがわかった。

 そんなブンちゃんは、僕が台南を一人で旅行するといったら「不安すぎる」といって台北からわざわざ高鐵を乗り継いで台南まで駆けつけてきたんである。

 台南駅の東口のバス停で玉井行きのバスはどこから乗ればいいんだろうかとブンちゃんと案内板を眺めていたら、ベンチでバスを待っていた白シャツのおじさんが「あんたニホンジンか!ニホンジンか!」と立ち上がり「これからドコ行くんのデスカ?」と話しかけてきてなんかうれしそうだ。

 すぐちかくにいた買い物おばちゃんもこのやりとりを見て笑っていた。もうなんだかみんな楽しそうだ。僕は知っていた台湾語で「パイセイ」と言った。「パイセイ」はごめんなさいの意味だったけれど、どうしてこのときこの言葉がでたかわからない。でもここでいきなり台湾語がでたのでまわりにいた人たちはみんないっきにふきだして笑った。ブンちゃんも日本語でしゃべるし、あっちこっちから日本語がとびでてくるので、なんかもう外国じゃあない。

 10分もしないうちに僕らの乗る玉井行き興南客運のバスがやって来た。ブンちゃんと僕は119元の玉井行きチケットをにぎりしめ、ずっと後方の座席についた。台南の街をはなれて緑の多い道にはいると、バスはその車体を上下左右にうねりながらすっ飛ばして走った。路上の気まぐれで、ときおりドンっと尻が浮いたり、通路に転げ落ちそうになりながらも、使い古された赤ビニールの背もたれがなんとも夏仕様で肌に触れる感覚がひんやりと気持ちよかった。

 1時間くらいして玉井に着いた。ここまで来てしまうと夏休みに帰ってくる田舎の風景そのもので、からっぽの空に浮いた太陽が屈託のないギラギラ光線を無遠慮に首筋や背中に浴びせかけてくる。

 噴きでる汗をタオルでぬぐいながらすこし歩いて玉井果菜市場にはいると、人びとのざわめき声にまじって、あまくてちょっとすっぱい匂いがゆるい風に乗ってフワンフワンと鼻のまわりにトンできた。

 場内は、青色の軽トラックがゆっくり走って、荷台にはマンゴーが山のように積み重なっていた。さらに市場の中央には巨大な天井が広がり、果物のツーンとした匂いがより濃厚になって鼻の穴に侵入した。そして、大量のマンゴーや名前も知らない果物たちが僕たちをむかえた。

 マンゴー芒果というらしい。金煌玉文香水愛文と、そのどれもが色も形も大きさも違っていて、芒果といえどもいろんな種類があるみたいだ。同じものは同じものどうし籠にまとめられ、なかでも愛文というのが一番赤みがつよいのでもしかしたらこれが一番あまいんじゃあないだろうか。ダンボールの切れ端に1斤21元と書いてあり、ブンちゃんに聞いたら1斤は600グラムだというから、とりわけ高価な愛文でも、600グラム食べて100円で結構なお釣がくるということだった。

 籠ごと買ったとしても今ここで決して払えない金額じゃあない。ここはひとつオトナ買いでもしてやろうかとひそかに物色していたところ、ブンちゃんがあっちだあっちだと指差す先に、フードコートだろうか、飲食ができそうなテーブルが広がっているのが見えた。さらにそのテーブルの向こうにはカラフルな屋台風のお店がいくつも並んでいた。

 ちかづいて屋台のなかをぞいてみたら、さっきまで籠のなかに転がっていた芒果が、木のまな板のうえで、おもしろいほどの手際のよさと包丁さばきで、ざくざくとサイコロ型に切りつけられていた。だいだい色の果肉を目の当たりにするや、「イマスグコレクウ」、というのが、ブンちゃんと僕とで共通するたったひとつでもっとも重要な優先事項となった。

***台南の玉井果菜市場で***


さいころ型の優先事項




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セキカンロウに月がでて

 ホテルに帰ってスマホを見ていたらテンと音が鳴ってメッセージが入ってきた。少しのあいだ仕事を抜け出せるので会いましょうといった内容で、台南民權路二段ちかくで美容院を経営している陽さんからの伝言だった。

 夜に入りたての空はまだまだ暑くて、信号待ちしているそばからオーブンのような熱風が体全体にまとわりつき、ここがもう東京でないことが極めてはっきりとした変化になって、自身の内面に今まで沈殿していた負の塊のようなものをじりじりと壊し始めていた。

 陽さんに会ったのは民權路二段に沿った串焼きの酒場だった。路上に並べられたテーブルで街の通りを眺めながら、ふだん食べているものと明らかに異なる風味の焼き鳥や炒め物などを食べて、台湾ビールで乾杯した。陽さん自身はほとんど飲まず食わずだったにもかかわらず、酒や料理を次から次へと注文していた。最後に、陽さんはこの後もまだ仕事が残っているといって、私はそれら全てをご馳走になってしまった。私はなんだか大変に恐縮した気持ちになった。

 陽さんと別れてから、ふたたび夜の台南を一人で歩いた。そもそも東京から逃げてきたつもりでいたので、もう何でもよかった。何が起こっても驚かなかったし、自分の身がどうなってもよかった。それから人と会うつもりもなかった。それなのに、唐突にこのような出会いが発現し、思いもかけなかった地元の友人からの親切を享受してしまうと、もうなにも分からなくなった。

 暗いはずの道は夜なのに明るく、いろいろな音が聞こえていた。道の傍らで焚火でもやっているのだろうか、ドラム缶のような燃やし場から炎と煙がもうもうと噴き出して、その匂いが台南の街全体に漂っているのかと思えるほど、黒いはずの夜が白くぼんやりと透けているように見えた。

 見上げる空にはいくつかの星と月がでていた。内面に滞留していた不条理で暴圧的な日々のことは既にもうどうでもよいことになっていた。台南の空の下は、自分の知らない今までの日常とはまったく異なる世界が動いており、それまでの憂鬱が、昼間の陽光を思いきり浴びた路上の熱気に乗せられて、ゆらゆらと空たかくに去っていってしまう様子を小気味よく思い浮かべていた。

 夜空の向こうから、女性の高く澄んだ歌声が聞こえてきた。浮遊した足取りで、歌声に誘われるままに歩いていくと、赤崁楼(せきかんろう)があり、庭園の広場で演奏会をやっていた。1653年にオランダ人により建てられたとされる赤崁楼は、さまざまな歴史の想いが込められた城であり、同時にそれは台南市民の憩いの場所であった。夏の月明かりが演奏会場を照らして、このままいつまでも終わらないでほしい週末の夜だった。

***月明かりの赤崁樓で***


セキカンロウに月がでた




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アンピン散歩道

 タライほどの籠からはみ出るくらいに盛られた海老せんべいが次々に袋詰めにされていた。そのすぐ後ろで山積みになったドライフルーツがたたき売られていた。かき氷をガリガリくだく音にまじって、パチパチと油を揚げる匂いがただよってきた。腸詰めを焼いた煙がたなびいて、ガラス台のなかのカットフルーツが甘い光沢を放っていた。色とりどりのおもちゃ屋の軒先で子供がはしりまわっていた。

 露店の立ちならんでいる往来はなんだか今日もやっぱりにぎやかだった。そこには、休日の昼さがりといった穏やかで、そして懐かしいあかるさがあった。それは以前に来たときとちっともかわらない、屈託のない晴れやかさをともなうものであった。
 
 僕たちは午後の散歩にひと休みをいれることにした。台湾の友人が「台南名物」と言うそれは、食パンをくりぬいてシチューをつめた棺材板という食べものだった。名前の由来はその棺桶の風体からきている。僕は竹づくりの低いテーブルに前のめりになって、とろみが熱くないのを確かめるようにおそるおそる棺の中身を口にはこんだ。中身が大方なくなりかけたところで、水分を吸ってクタクタになったパンを舌先で折りたたむようにしてもぐもぐと口におさめた。

 歩道がややひろくなるあたりまで来ると、レンガ造りの階段と城壁が見えてきた。その先の高台からのびる展望台の白い壁が、西からの日射しを受けてやっぱりまぶしかった。

 台南は台湾でもっとも古い都で日本でいう京都にたとえられることがおおい。なかでもオランダ人の手で築かれたと言われるこの安平古堡は、アジアというよりもむしろヨーロッパに近い風情があるように思えた。

 赤い屋根の展望台の蒸し暑い階段を汗をかきながら登っていった。てっぺんの四方にひろがるガラス窓には、ほんのりと塵や埃が堆積しているようで、ガラス向こうの安平の街を、こころなしか昔風の写真のようにあせた色に映してみせた。

 いっぽうで史跡記念館はよく冷えていた。僕は冷風にできるだけながく当たっていたかったので、送風口の上下のスイングの動きに合わせて体を行ったり来たり往復していた。そんな子供じみたことをする僕を見て、台湾の友人はやっぱり笑っていた。

 安平古堡は、古城遺跡や昔の砲台、そして鄭成功の彫像など、歴史の痕跡をおおく残している。しかしそれはもう幾度も見てきたものだった。しかし台南に来るとどうも安平あたりに足が向かってしまうようだ。そして、あきらかな理由はないんだけれど、またいつかきっと、ここに来る気がした。

 2015年7月3日 台南の安平あるき


アンピン散歩道




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かけはしわたし

 木陰に入りかかる小高い丘のところまで来て立ちどまり、じっとりと汗のにじみでている額を手の甲で押しぬぐいながら、となりで日傘をおろす友人の視線の先に眼をうつした。疎林からまばらに射しこむ午前の陽をうけて、ひとりの銅像が、右手に頭をかかえて考えごとをするかのように座っている。台座には嘉南大圳設計者八田與一氏像とあった。

 「ここだよ。やと来たね」

・・・・・


 私が台湾に来るすこし前に、友人とこんなやりとりがあった。

 「台湾来たら、こっち来たら、台湾のどこ行きたい?」

 「んー。そうだなあ、そうなんだよなあ。暑いんだから無理してどこかに行かなくってもいいよ。それよりも。んー、そうだなあ、冷気開放しているお店で、まいにちマンゴーかき氷みたいな冷たいもんを食べてられたらもうそれでいいなあ」私はうやむやとあいまいな返事をしていた。

 友人は「つれて行きたいとこがある」と言って、車をだした。高速を走って二時間あまり。私たちは烏山頭水庫と屋根に大きな五つの文字をならべたゲートをくぐった。

 歩いている人は私たちをのぞいてほとんど誰もいないようだった。堰堤からみえる湖はおおきな弧を描くように遠くまでゆるやかにカーブしている。歩道には影になるものがひとつもない。そればかりか、地面からゆらゆらと熱の空気がのぼっているのすらみえる。正午までまだたっぷりと時間があったが、ぎらぎらと照りつけてくる陽射しは眼に痛いほどで、もうこれは無理とあきらめて友人と私は途中で車に引きかえした。

 烏山頭水庫はダムで、そして広い。観光としての要所要所はそこそこの距離をおいて点在し、とくにこんな暑い夏の日は、車で移動していくことが正しいやり方のように思える。

 車を降りてすこし歩いたところで、ゴオゴオと激しい音がきこえている。みると送水口から水が勢いよくしぶきをあげて噴き出している。またすぐ近くでは噴水かと思われる水を噴き出す柱が立っていた。平圧塔というダム設備のひとつで送水管内の水圧を安定させる装置ということだ。

 そうした具体的なことがどうして私に分かったのかというと、友人が、おそらく自宅のPCから印刷してきたと思われるA4判の紙に、烏山頭水庫の案内図とそれらの解説が日本語で丁寧にまとめられていたからであった。それは、言ってみれば友人の手づくりの小さな旅のしおりであり、まったくもってそのおかげだった。

 ちょうど樹木にかくれるところに車一台分ほどの空き地があり、車はそこでとまった。八田與一紀念館はほどよく冷えていて、足を入れたとたん生き返るようだった。小学校六年生がつくった一枚の掛けじくの前で足がとまった。

ふるさとに
みんなで築いた
かけはしは
心の中で
ずっときえずに

 それは五句体でまとめられた短歌のようだった。さらに掛けじくには、湖のほとりにひとり右手に頭をかかえて考えごとをする人が、その歌の背景として、発色のよい青と緑の絵の具で、しっかりと描かれていた。

 友人が運転する車は手づくりの案内図にあわせて停車していった。天をまつり豊作を祈る天壇や、ダム工事や落盤などの事故で亡くなった人々を慰霊する殉工碑。そのひとつひとつに想いがあるというふうに。

・・・・・

 大正のおわりから昭和のはじめにかけ、八田與一は当時不毛の地といわれた台湾の嘉南平野に、ダムや灌漑設備の建設を指導した金沢出身の技師であった。潤いに満ちた土地は豊かになり、やがて台湾でいちばんの大きな穀倉地帯になる。

 丘をながれるやさしい風が、手元のしおりにかかれた解説文をぱたぱたと上下にはためかせた。私は、小学生が描いた掛けじくのなかの八田さんと、そこで歌われていた一句を思い出していた。


か け は し は


 「つれて行きたいところがある」と友人は言っていた。「ほんとうは、わたしは、ここに来たかったんです」いま、私は、はっきりと応えたい。

 「行こ」友人の日傘がふたたび開いた。

 ふたつの灯篭が並ぶ石畳の小道の先に八田さんは座っている。そのあたりはいつも静かで、ときおり「チチチチチ」というカワセミの鳴き声がどこからともなくきこえてくる。

***台南の烏山頭ダム***


夏の日のうた




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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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