台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

墾丁糞闘記

  突如クソがしたくなった。真夏の山道である。すぐそこの草むらでやってしまおうか、という陰謀が一瞬頭の中をよぎったが、台湾の観光地でそんなことでもしてしまったら、オレは日本を代表する野グソ人間の烙印を押されたまま残りの人生をひっそりと歩んでいかなければならない、と考えなおしてなんとか踏みとどまった。

 台湾に来てからというもの、立て続けにいろんなものを飲み食いしていたので、どうもお通じがよすぎる、ということがしばらく続いていた。特に昨晩は高雄輕井澤鍋物という新進気鋭な火鍋の店で、鍋の中ぜんたいが真っ赤になるくらいに大量の唐辛子をかき混ぜて、さらにその上にまたまた大量の白米をぶち込んで、それらを台湾ビールでたらふく流し込んでいたので、ある意味で確信犯的な自業自得だと言われても仕方がない。

 社頂自然公園龍磐公園からほどよく内陸部に進んだ墾丁森林遊楽区の近くにある。公園全体が珊瑚礁の地形でできているというだけあって、いたるところで岩肌が迫る細い道や水が滴り落ちる石灰石の洞窟が目に付いた。あたりの木という木はそろいもそろって同じ方向に傾いて生えていた。どこかの本で読んだがこの地域は東北から吹く強い季節風の影響で、そこに生える木はいつも風に吹かれたままのような、言ってみれば盆栽みたいな形になってしまったのだそうだ。うーむ、芸術である。

 そうこうしているうちにふたたび次の腹痛がやってきた。いわゆる第二波である。歩道の両脇に生い茂っている植物が蜜を大量生産しているのか、の群れが集まり、身も軽やかにしてうれしそうに飛び回っている。そして、こちらの差し迫った心理を知ってか知らずか、の集団が容赦ない鳴き声を楽しそうにあたり一面に撒き散らしている。そして暑い空の下でひとりオレは冷たい汗をかいていた。できることなら蝶にでも蝉にでもなってやりたい。もうダメかもしれないと思ったとき、極限まで押し寄せていた荒波は何事もなかったかのようにまたもとの静寂を取り戻した。
 
 樹木がうっそうと交錯するトンネルを抜けてしばらく簡単な歩道を登っていくと草原がひらけたところにでた。パネルの地図が立ててあったので、今いる位置を確認するとまだ公園全体の半分も歩いていないことが分かった。公園を歩いて気がついたことであるが、人工物が極めて少ない。ありのままの自然を鑑賞しなさいという施設側からの希望なんだろうか。

 そんな平和な空気を打ち破るかのように第三波が不適な笑みを浮かべながらジワジワと隆起してきていることを腹の奥底で感じ取った。今度こそ本当にもうダメかもしれないと覚悟するとともに、泣いたり笑ったり感動したりと、今までゆかいな仲間たちとともに歩んできた台湾旅行の楽しかった思い出が、走馬灯のようにぐるぐると頭の中を駆け巡っていった。

 とうとう高雄のフェイさんもオレの異変に感づいたようだった。オレは引きつる顔を正常に押し戻して、少しでも快活に振る舞おうと、近くの草たちに肥やしでも分けてやろうかなあ、などと冗談をとばそうとしたが、オレにそんなことしている余裕がないことは誰の目にも明らかであった。フェイさんはもしものときのためのポケットティッシュをハイよと言ってオレに渡すと、オレはさっきのパネルの地図にあった自然と一体化したような公園きっての数少ない貴重なトイレ目指して一目散に坂道を駆け下りた。

 オレたちは小高い丘のところにまでやって来ていた。それまでに小裂谷、賞蝶走廊、石灰窯、湧泉、小峡谷、大峡谷、白榕、迎風門といった数々の魅惑的な名称の地点を通過していたようであったが、今から思えばそれはそれは大自然が織りなす驚異的な地形のオンパレードなのであった。
 
 丘の上から見渡すと今までのオレの苦悩がウソになるくらいの青い青い空が広がって、ずっと向こうの大地のはずれにはさっきまで遊んでいた龍磐公園が見えた。

***あおぞら広がる墾丁で***


墾丁糞闘記




ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

テーマ:台湾旅行 - ジャンル:旅行

  1. 墾丁
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

がらんぴ熱帯あぢいあぢい注意報

  僕らは公園の入り口で40元の入園料と引き換えにチケットを受け取った。鵝鑾鼻(がらんぴ)と書かれたその公園は、やたらに画数が多くて、いささかあやしい匂いを漂わせている感じがあったんだけれど、墾丁の中ではとりわけ人気の観光地なのであった。

 鵝鑾鼻公園はその墾丁のさらにさらにずっと南にあった。いわゆる台湾最南端である。熱帯モンスーン気候だから、あぢいのなんの。高雄から車で3時間ちかくかかったけれど、いままでずっと運転していたフェイちゃんは、顔に疲労の片鱗も見せることなく、僕たちを先へ先へと導いていくのであった。

 ゲートで半券がビリッとやぶられ僕らの目に飛び込んできたものは、ぎらぎら太陽をいっぱいに浴びてうれしそうに光り輝く芝生の大きな広場だった。芝生はゆるやかな斜面上に広がり、いろいろな格好をした人々の群れが、緑のじゅうたんをころげまわるように歩いていた。

 芝生にはしる石造りの歩道は、ずっと先にある森の入り口に向かっていた。森の中はうす暗くて、そのぶん涼しかった。湿り気のある土と草の間と、木々がトンネルのように覆いかぶさる下に、手作りの歩道が上下左右にうねりながら続いている。逃げていくトカゲが草をゆするところや、カニが目の前を素早く横切るところなど、自然の生き物がしたたかに生きる気配というものが、そこかしこで充満していた。

 道のいたるところに案内板が立っていて、おもしろそうな道がいくつも枝分かれしていたんだけれど、ここでも僕らは招かれざる生き物に対峙していたことを付け加えておかなければならない。どこからともなく寄ってくる蚊の大群は、僕らにゆっくり散策をしている余裕をあたえず、そのため、早くこの森を抜けることをいちばんの優先事項することで僕たちの意見は一致したのである。

 森がひらけてくると、歩道はウッドデッキにかわった。吹き付けてくる風の中に、潮の匂いが混ざりはじめていた。デッキをさらに歩いていくと、海が広がった。深い青色をした海は、空の青色と重なって、どこまでもどこまでも青く続いているようだった。すぐ下は海岸になっていて、岩にはじけた波のしぶきが小さな粒になり、ときおり風にのってぷちぷちと顔に当たってくるのであった。

 僕らは再び芝生を踏んだ。芝生はここでもゆるやかな勾配になって、上へ上へと続いていた。光をさえぎるものが何もないのをいいことに、太陽はさっきよりも凶暴になって、僕らの頭と背中をじりじりと照りつけ、足の下からは地面の熱気がぐわしぐわしと這いのぼってくるのであった。

 あぢいよあぢいよたすけてあぢいよとクラクラした頭で歩いていくと、白い建物の一部がぼんやりと見えはじめてきた。白い建物は次第にはっきりした輪郭をもって、やがて青い夏空の中に真っ白い灯台がぽっかりと姿を現したのであった。

 灯台の周りには、土産物屋が一軒あって、店の前にハガキや貝の細工などの小物が所狭しと並んでいた。周囲はおびただしい数の観光客が集まっていたんだけれど、腰を掛けるものはおろか、ここにも太陽をさえぎる日陰という日陰がなく、じっとしているだけも汗が吹き出してくる有り様だった。

 ぐるりと白い塀にかこまれた灯台の近くには、何棟かの建物が併設されているようだった。中に入れば、日陰になるような場所があるに違いない。塀の近くを歩いていくと、一定の間隔で、背の低い白い壁にいくつかの小さな四角い穴があることに気がついた。塀の内側から穴の向こうを眺めてみたら、絵葉書のようなバシー海峡が見えた。
***墾丁鵝鑾鼻公園で***




がらんぴ熱帯あぢいあぢい注意報




ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

テーマ:台湾旅行 - ジャンル:旅行

  1. 墾丁
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

小黄色の世界

 2012年6月22日 墾丁

 の上に出た。

 昼間のピークを過ぎた6月の太陽は、皮膚だけでなく、脳の髄にまで入り込むほど、じわじわと身体を蝕んでいた。すでに干上がった汗が、シャツの内側から、こぼしたジュースのように、動く身体にぺたぺたとまとわりついた。決してタピオカミルクティーを飲みすぎたわけではかったけれど、体表から糖分が吹き出ていると考えてみても、ちっとも不思議とは思えなくなっていた。私は6月にして、経験したことのない暑さに、少し疲れてしまった。墾丁の海岸を見てから、だいぶ南の方まで移動したようだ。

 自分の背よりも高く生える草の道を歩いていくと、急に視界が開けて、大きな入り江の海が見渡せる丘の上に立った。足元に目を落とすと、緩やかに切り立った崖が、なだからな坂に続いて、次第に海の中に消えていた。海岸というよりも、地面がそのままの形で、海の中に入り込んでいるようだった。はるか向こうに見える山は、蒸気を含んだ空気の層で、薄く霞み、夢の中に浮かんでいるようだった。周りには、太陽の熱を遮るものはなかった。それでも、ときおり吹く生暖かい風が、噴き出る汗を乾かして、妙に心地がよかった。

 崖の上には支えるものが何一つない。その気になればいつでも崖の下に落ちていくことができるように思えた。決して険しい崖ではなかったけれど、ゆっくりと沈んでいくような地表は、勢いさえついてしまえば、当然に帰ってくることができないという現実を確信させた。生きていることと死んでいくことの境界は、気まぐれな思い次第で、明にも暗にもなりうることを、平熱を超えた頭でぼんやりと考えていた。地面のあちこちには、乾燥した黄土がむき出しになっていて、荒野にいるような、火星にいるような、少なくとも今自分がいるところが、尋常の世界ではないことを示していた。

 そんなとき、視界の片隅にある、地面から突き出ている岩の上に、ちょろちょろと動く一つの影があった。トカゲが、ぽつんと、味気のない岩に乗っかっていた。その体表、丁寧に作り込まれた鱗の、一枚一枚の断片からは、遠い過去から続いている遺伝子の記憶が掘り込まれていて、今日までずっと継続してきた生命の意志が、小さい腕の筋肉の中に、たくましく息づいていた。ふと目を逸らせば、その隙に、数十センチ先に移動した。一瞬に起こる動作の後には、死んだような静寂があって、素早く動き出したかと思えば、ぴたりと停止した。

 爬虫類のもつ冷たいような目は、まるで感情をなくしたかのようで、こちらの意思を知ってか知らずか、瞬間的に動き出し、その後にいつ途切れるともしれない静寂を残した。黄色のように美しく光る線形の模様が、細やかな皮膚に知的な彩りを与えていて、その風体からか、友人は小さな生き物に、キイロちゃんという名前をつけた。キイロちゃんは、こちらを伺う様子でもなく、しかし、ほんの少しでも気配を感じると、危険を察知したかのように、素早く前に進み、そして止まった。

 この一瞬の静寂を焼き付けようと、私は、ゆっくりと、ゆっくりとカメラを近づけた。さらにそっと、スローモーションのように、できるだけ近づこうとして、十センチ手前まで、気付かれてしまうギリギリまでくっ付いた。そろそろと腰を屈めていくあいだ、地面の土が靴でこすれないように、震える手に突飛な動作を起こさないように、体中の息をすべて殺して、カメラを慎重に、そして正確に構えた。

風が吹いた。キイロちゃんはプイと向こうに走ってしまった。

 後ろを振り返ると、草むらの中に山羊小屋があって、いく頭かの山羊が、むしゃむしゃと草を食べていた。緑色に敷かれた草原と、殺風景の黄土を、何の気なしに歩き回っていたころ、ところどころに、黒く光っている丸い物体が、ころころと転がっていたことを思い出した。山羊のだった。

 駐車場に戻ると、色の派手な大きな観光バスが止まっていて、観光客と思われる集団が、大きな声でおしゃべりしながら降りてきた。ここは 龍磐公園 という観光スポットである。

 車に乗り込むとき、私は、靴の裏を少し気にしていた。そして、観光地となってしまっても、昔の風景はそのままに、静かに生きている自然を、いつまでも、そっとしておいてほしいと考えた。

 揺れる車の中で、ほてった熱が、だんだんと平静の状態に戻ってきた。薄れていく意識の中で、草むらから、ひょこっとキイロちゃんが顔を出した。この丘に来ると、今でも、元気に走っていたキイロちゃんを思い出す。


小黄色の世界



ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

  1. 墾丁
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

夏のはじまり

 2012年6月22日 墾丁

 車の窓にはが続いている。その反対側にはが広がった。青い海だった。

 その日は墾丁に連れて行くと、友人が車を出してくれた。墾丁といえば、台湾で有数のリゾート地だと聞いていたので、私は朝から楽しみだった。高雄から墾丁まで二時間あまりのドライブだ。

 高速の途中で、このあたりの名産という小ぶりのバナナをいただいた。手のひらにすっぽりと収まる大きさの、日本では見たことのない形状からは、小さいながらもバナナの芳醇な香りを発していた。皮をむくと、濃く甘い香りが、車内に香水のように広がった。しっとりした酸味の中で、密度の高い糖分が、味の角をやわらかくしていた。

 台風が過ぎたばかりの海は、岸の近くで、茶色い水を作っていた。茶色の潮水は、岸に近づいたり離れたりして、波にあわせて、どんよりと浮かんでいた。

 ごつごつした岩が、次第に、黄色砂浜に変わっていった。写真の中の南国の風景が、そのまま切り取られたように、目の前に展開された。すっかり眠気が覚めた私は、ピポピポピポと、音が消せないスマートフォンで、続けざまに写真を撮った。その様子があまりにもこっけいだったのか、前の席から友人の笑う声が聞こえた。ピントがずれていたのか、撮った写真は、ぼやけているものばかりだった。

 砂浜は月のように半円を描いていた。黄色くて白い砂だった。海は遠くまで青く広がっている。近くに数台分の駐車場があった。空いた一つに車を入れた。はしゃぐ気持ちを抑えながら、隣の車にぶつけないように、ゆっくりとドアを開けた。途端に眼鏡が曇り、全身は夏の蒸気に包まれた。

 砂浜にはのビーチパラソルが、所狭しに開いていて、水着の男女が夏の空を全身に浴びている。カラフルな色々が、これから隆起する本格な夏の訪れを予感していた。

 今ではすっかり影をひそめてしまった好奇心だったが、久しぶりに見る砂浜に、いつか見た夏の思い出が、波が押し寄せているあたりまで、無意識のうちに私を近づけていった。

 シューズを脱ぎ、靴下をポケットに押し込むと、太陽の光をまんべんなく吸い込んだ砂の上に裸足をおいた。溜め込まれた熱が、足の裏の全体に広がって、日ごろの革靴で陰気になった足を、浄化してくれるような爽快な気持ちになった。足の裏で、砂をずりずりこすりながら、寄せた波に足をつけた。潮水がしみわたる。そのまま波が引いていく。ぼろぼろと砂が崩れていく感触が、足の裏に心地よく残った。

 ッザアーと砂と潮水を巻き込みながら、次に待ち構えているが、戻ってきた波を全身に飲み込んでいる。この位置にいれば大丈夫だろうと、私は同じ場所で天然の足裏マッサージを楽しみながら、浜辺でボール遊びをしている子供たちをぼんやりと眺めていた。高く上がったボールは、太陽の光を反射して、ゆっくりと砂浜に落ちた。

 いていた水の音が、し出す音に変わったころ、ドーンという音がして、私のズボンは、たちまちに、膝のあたりまでびしょ濡れになった。カーキ色のズボンには、新しい色が作られて、膝から下は濃い茶色のような色になった。波は膝の上まで駆け上がってきていた。

 ズボンを膝の上までたくしあげて、岸に向かってとぼとぼと歩いた。膝のあたりが妙に冷たくて、その部分だけ重たく感じた。友人は笑っていた。はしゃぎすぎた自分がなんだか大人げなく思えた。

 車に戻り、足の砂を払った。ズボンに染みた潮水は、次第に広がっていて、今では下着の近くまで侵食している。シートに座ると、足に残っていた白い砂が、黒い絨毯の上にぽろぽろとこぼれ落ちた。私は少し申し訳ない気持ちになった。


夏のはじまり



ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

  1. 墾丁
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

いろんな場所にいきました。

台北 (10)
基隆 (2)
新北 (4)
新竹 (13)
苗栗 (3)
台中 (7)
彰化 (4)
鹿港 (2)
南投 (5)
日月潭 (3)
嘉義 (4)
台南 (10)
高雄 (11)
屏東 (4)
墾丁 (4)
小琉球 (2)
宜蘭 (10)
花蓮 (10)
太魯閣 (2)
台東 (11)
台湾日記 (1)

ぶろぐ村です。

facebookもやっています。

Twitterはじめました。

メッセージはこちらから☆

mvcos.infini@gmail.com

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR