台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

風吹く港

 2013年7月13日 宜蘭

 部屋に入るとすぐに呼び鈴が鳴った。ドアを開けると受付の兄ちゃんが立っていて私にメモを渡した。


   私、取る、漁港、魚、

      一起、来、暇、12:30、いいね?

           我、あなた、運、車。


 知っている限りの日本語を列挙しただけのような、規則のない羅列には、ただぼんやりとした印象しか残らなかったが、その分かったような分からなかったような筆跡からは、人に何かを伝えたいというひたむきな思いがはっきりとにじみ出ていた。私は単語の隙間に言葉をつないで本来得られるはずの文を想像した。


 このあと12時30分に、魚を仕入れに車で漁港に向かうので、もし暇があれば、君もいっしょに行かないか?


 昨晩の激しい颱風で私は十分な睡眠をとることができなかった。怪物の咆哮のような轟音が、窓に叩きつける雨水といっしょに、あらゆるものを壊しながら一晩中にわたって響いていた。朝起きるとテレビは断線し、窓側の床は足の踏み場もないほどの水たまりとなっていた。公園の木々は大小関わらずなぎ倒され、道路の上には自然のものと人工のものが分別なく散乱していた。この日は私にとって、台湾の颱風の猛烈さを目の当たりにした初めての日になった。

 颱風が去った反動からか、その日は一日中外出をしていたようで、ホテルに着いた頃には深夜の12時を過ぎていた。シャワーを浴びてすぐに休みたい気持ちがあったし、もしかしたら誘う目的が別にあって私を罠に陥れるのではないかという不安もないわけではなかった。それでも物静かな兄ちゃんの目には、ただ人に親切にしたいという純粋な気持ちが浮かんで見てた。それまでよどんでいた疲れと不安が、次第に肥大化する好奇心と冒険心に打ち負かされていた。

 車の中でとりとめのない会話を交わした。兄ちゃんは台中出身だった。台中は都会でつまらないところだ。宜蘭には美しい自然がたくさんある。人の心と空気が綺麗な宜蘭が大好きだった。仕事場は必然と宜蘭を選んだ。ただし食事に至っては宜蘭の料理は辛さが足りない。料理は台中に限ると漏らした。

 橋の上から漁港が見渡せた。颱風の残り風が強く身体を揺らしている。一晩中にわたって繰り返された暴虐がまるで嘘だったかのように港は静かに浮かんでいた。所々の明かりが人々が生活を継続していることを示していた。橋の中央分離帯に止めた車から離れて、歩道脇に突き出ているコンクリートに腰をかけた。そこで一枚だけ写真を撮った。

 兄ちゃんとは初対面だった。ホテルの受付で初めて会ったとき、事務的に3日分の宿代を支払った。部屋の鍵は事務的に受け取った。朝食は事務的に用意されていた。今はもう事務はない。あるのは自分の愛する宜蘭の景色を、一人の友人に見てもらいたかったという、兄ちゃんの静かな気持ちだけだった。

 
 お互いに口を閉ざしたまま、ときおり吹くなま暖かい風にそれぞれの思いを揺らした。仲間のこと。仕事のこと。これからのこと。。このままでいいのかという疑問が、先の見えない不安となって、人生の終わりまで永遠と横たわっているかのように思えた。困難は颱風のように繰り返しやってくる。風はいずれ静まる。ときおり取り返しのつかない傷を残すことがある。経てば過去の記憶になる。記憶はいつか忘れられる。忘れたい記憶は風に飛んでしまえばいい。そんな記憶が風化してしまうまで風に吹かれていようと思った。


風吹く港



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太麻里の駅で

 2013年8月21日 台東

 夜の間降りどうしだった雨はすっかり上がっていた。今日は天気がいいので太麻里に行こうと決めた。

 でも本当は行き先なんてどこでもよかった。どこかに行ってみさえすれば何かが起こる気がしていた。台湾にいるといつも思うことなんだけど、自分が旅をしているというよりも、台湾の人たちが僕に旅をさせているんじゃないかと思うことがある。自分から何かをしようと思わなくても、みんなが僕に何かをしてくれる。

 道に迷子になったら先を教えてくれるし、暇そうにしていたら話しかけてきてくれるし、腹が減ったと言ったら何かを食べさせてくれる。

 思いがけない出来事がきっとどこかに仕掛けられていて、それが思ってもないタイミングで突然にやってくる。

 それが、僕が持っている台湾の一番の印象だった。

 太麻里という名前にどことなく懐かしい雰囲気を感じていたから少し気になってはいた。列車で行ってもよかったんだけど、ホテルの近くにバスターミナルがあったから、僕はバスを選んだ。

 バスターミナルは台東の市場の真ん中にあった。窓口の人がちょっと怖そうな顔したおじさんだったので、僕はちょっといやだなあと思っていたんだけど、他に人がいないみたいだったから、思いきって聞いてみた。


 ちゅい、たいまーりー (行く、太麻里に)


 おじさんは僕の下手くそな発音に一瞬だけ固まったみたいだったけど、すぐに分かったような顔して、おもちゃみたいな券売機をカタカタ押したら、今にでも風に飛んでいってしまいそうな頼りのない切符が出てきた。おじさんは思ったほど怖い人じゃなかったから、切符を受け取り、太麻里に行くにはどのバスに乗ればいいのかと聞いたら、 目の前のバスだよ と教えてくれた。

 発車まで少し時間があったので僕は待合のベンチに腰を下ろした。

 まわりを見回すと、野菜をいっぱい持ったおばあちゃんや、孫といっしょのおじいさん、やっぱり買い物袋をたくさんもったおばさんたちがいて、みんな世間話をしてのんびりバスを待っていた。

 僕が乗ろうとするバスがぶぶぶるるんといったけど、僕以外に乗る人は、魚の入ったビニール袋を持ったおばさん一人だけだった。

 バスに乗り込むときに太麻里と書かれた切符を運ちゃんに見せて、さらに言葉で たいまーりー と加えた。

 これはバスで降りる場所を間違えることが得意な僕が、苦難の末に生み出した究極の保険だった。僕が降車ブザーを押す場所を間違えたら、運ちゃんはきっとこんなことを言ってくれるはずだった。



 ここじゃないよ、この先だよ!

      とか

 ここじゃないよ、もう過ぎたよ!

      とか。



 やっぱりちょっと不安だったので、前の座席に座っていた魚のおばさんにも、太麻里と書かれた切符を見せて たいまーりー と聞いていた。

 バスは予定通り40分くらいで太麻里に到着した。停留所から見ると、食べ物屋さん、雑貨屋さん、民家が、大きい道路に沿って並んでいたけど、この200メートルくらいの賑やかな通りから離れるとしばらくはなにもないみたいだった。

 僕はこれからどうしようかと考えた。そういえば太麻里に来て何をしようか、何も考えていなかったんだ。

 暑いこともあるし、とりあえず駅で休もう。ついでだから帰りの方面の列車がいつ来るのかも確かめよう。ちょうどいい時間があったらその列車に乗って帰ってもいい。目的地は太麻里駅だ。台湾で駅は站と書く。だから僕は太麻里站を目指すことになった。

 太陽はひどく熱くて火傷しそうなくらいだった。僕は今度台湾に来るときは絶対に冬にしようと決めた。そんなとき、鞄の中にしまっておいた折り畳み傘を思い出した。にわか雨のお守りとして持ってきたものだ。傘を広げると自分のところだけ小さな日陰ができた。暑いことには変わらなかったけど、太陽が当たらないだけ楽になった。

 坂の下から見上げると、遠く、太麻里站が真夏の空にぽっかりと浮かんだ。

 駅舎は開け放たれていて、冷房はなかったけれど、ときどき吹いてくる自然の風が身体に心地よかった。壁には一枚の小さなポスターが貼ってあって、黄色い花がいっぱいの写真に金針山と書かれていた。

 窓口に駅員さんが一人いたので、何もすることがなかった僕は、ポスターの写真を指して、ここに行きたいんだけどタクシーはありますかと尋ねたら、駅員さんは首を大きく横に振った。タクシーで簡単に行けるものではないらしい。それよりも、この金針山に行くためのバスツアーが、今日の14時からあるという。時計を見ると10時だった。時間はいっぱいある。

 この後、僕は予定もしていなかった金針山バスツアーに参加することになったのである。


太麻里



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食べ頃の仙草ぜりぃ

 2012年6月24日 台中

 目的のお店に到着したころにはすでに夜の10時をまわっていた。今まさに降ろされようとするシャッターに向かって友人は言った。


 二人だけど!まだあるか?


 お店の兄ちゃんはあるよあるよと快く承諾し、閉店したにも関わらず再びシャッターを全開にして、僕たちを温かく受け入れてくれた。これには、どうしても美味しい仙草ゼリーを食べてみてほしいという、友人の好意があった。

 台中を訪れたのは、台湾の旅を始めてから、意外にも後のほうになる。北と南は行ったことがあったけれど 中 は通り過ぎるだけで今まで行く機会がなかった。どういうわけか真ん中にあるものは損をするようだ。これは 中 が持つ、特有の悩みに思えてならなかった。

 観光客に媚びること知らない店の中は、茶色い染みのついた看板が適当に転がっていて、使い古したテーブルから、地元客でにぎわう日常の光景を思い浮かばせた。

 お店の兄ちゃんは、使い込まれた大きなステンレスの容器にお玉を入れて、少しかき回してから、うごめく黒いゲル状の物体をぼよんと紙のお椀に落とした。

 出されたゼリーは、狭いお椀の中で、たぷんたぷんとたゆたう汁の上から妖しい光を放っていた。

 スプーンですくったひとくちを口の中に入れた。

 張りがある柔らかな弾力が、気取らない自然の甘さの汁の中を、ゆっくりと泳いだ。噛もうとする歯を優雅にすり抜ける様は、自身から発する艶やかな甘さで誘惑しながら、ひなたの仙草の香りをほのかに残した。やっとのことで捕まえようとするが、こちらの攻撃に決して逆らわない弾力が、歯で押し込む力を寛大に包み込む。食べる闘士が脱力感とともにそぎ落とされる。ゼリーが、必死で追いかけようとする思いを、あざけり笑っているかのようだった。


 それはまるで別種の生き物だった。


 テーブルの前で必死の攻防戦を繰り広げていた僕に向かって、友人がこれを使えと言ったころ、我に返った。渡されたのは小さなプラスチックの容器に入ったクリームだった。いつもコーヒーに入れるクリーム、まさにあのクリームであった。

 純白のクリームがぷかぷかと浮かびあがると、黒い悪魔が、妖艶な光をさらに妖艶にして黒光りした。ぶよんぶよんの黒いブヨンのような悪魔は、依然として、ぷにゅぷにゅとした肉質を簡単には掴ませてくれない。ゼリーそのものが生きていた。噛もうとする歯から逃げようと意思すら感じる。その意思が、まるで生きているかのように、口の中で、必死で絶命せんと抵抗しているかのようだった。ようやくその一辺を歯で捕まえると、今度は、噛んだ反動をもってゼリーが歯茎まで一気にぷよんと押し寄せる。

 時間をかけてじっくりと作りこまれた仙草は、食べ物の領域を超え、もはや超生物の境地に君臨していた。僕はこのときに初めて、今まで食べてきたゼリーは、噛むとぼろぼろと歯の断面を残して崩れる食べ物だったという事実を知った。

 黒と白のぶにゅぶにゅで、口の中をいっぱいにしていたが、最後はやっぱり妥協して飲み込んだ。


食べごろの仙草ぜりぃ



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改札を越えて

 2011年7月12日 台南

 台南を初めて訪れたのは、初めて台湾を訪れたときだった。台北の次に行くところは台南と決めていた。理由はないけど、台湾の北が台北であれば台湾の南は台南であると思っていた。

 私の飛行機はいつも松山空港に着いた。そのため台北には必ず行く。台北はやっぱり大都市だったし素敵な魅力が満載の大都会だった。だからその対極にある台南は南部を代表する魅力的な都だった。

 台北のホテルで、台南に行く方法を調べていたら、台北駅から高鐵(新幹線)で行くのがいちばん早くて快適だと書いてあった。

 ビジネスの思考にすっかり染まっている私は、時間はお金で買うものだという窮屈な観念が刷りこまれていたので、すっかりその意見に同意した。

 高鐵で移動すれば、台北から台南までは、2時間程度で到着するという。でも本当の台南は、高鐵の駅からさらに台鐵(在来線)で30分ほど先の台南駅からはじまる。

 高鐵を降りた私は、台鐵に乗り換えるため、頭上の案内板を頼りに、在来線にあたる沙崙駅のホームを目指した。

 まだ見ない南部の空気の中には、晴れやかな好奇心と、少しの心細い気持ちが浮いていた。

 他の客は慣れている足取りですいすいと歩いている。私は初めて対面する地にそわそわしながら前を行く客の後ろについていった。

 しばらく歩くとこれから乗ることになるはずの列車がしかるべき位置で停車しているのが見えた。しかし、早歩きで乗り込む客の歩調に合わせるように、列車は今にでも走り出そうとしていた。

 台鐵に乗るのは初めてであった。台北では、MRT(地下鉄)ばかり乗っていたので、初めて来る台南の地で、初めての試みとなった。

 昔からずっとあるような青い四角の券売機には、 台南 の文字が描かれたボタンが乗っかっている。しかしそのまわりには見たこともない文字、繁体字の組み合わせがふんだんに乱舞していた。



・・・「一張」 「二張」 「三張」 「四張」・・・


   ・・・「自強」 「莒光」 「復興」 「電車」・・・
  

           ・・・「全票」 「孩童」 「老障」・・・




 この中で理解できたのは「電車」の文字それだけだった。電車に乗るのだから電車を選ぶことに間違いない。しかし、その他の文字は急ぐ頭の回路で意味を想像することができなかった。


出発の時間は刻一刻と迫っていた。


 とにかくお金を入れないことには始まらないと考え、小銭入れに指を突っ込んでみるが、手に触れる硬貨の感触でその価値をすぐに識別することがでない。平たい鐵の塊は革の中でただ冷たい金属音を響かせるだけだった。

 この列車を逃したら後の観光に支障がでるのではないか。慌ててお金を取り出そうとするが、行き先の値段に見合う硬貨は現れず、慌てる手をいっそう慌てさせた。

 たとえこの列車を逃すことになったとしても、30分後には次の列車がやってくるのである。しかし、無駄にできる時間を作らないというビジネスの論理に洗脳させられている頭には、次を待てばよいという柔軟な発想はやってこない。

 そんなとき、改札の向こうの、列車の扉の前に立っていた車掌さんが、意外な言葉で私に叫んだ。




  あとー!あとー!




 日本語のように聞こえた。 そんなこと(切符を買うこと)はあとでいいよ と言っているように聞こえた。むしろそのように言っているとしか考えられなかった。


 私は少し自分の耳を疑ってみたけれど、アクセントに少しのなまりがあるだけで、特にこれといった違和感は感じられなかった。


 それどころか、その力強い声には、どこか懐かしい響きすら匂わせていた。



 あとー!あとー!



 車掌さんはなおも続けた。自分が生きるよりも前から続いている、遠い故郷を思わせるような、全てを包み込んでくれる安心感を、言葉の奥にしっかりと捕らえた。


 車掌さんは、今にでも閉じられる列車の扉を押さえたまま、空いている方の手で、早く乗れと手招きしている。


 もう時間がなかった。今すぐに走らなければ、この列車は行ってしまう。


 私は思い切って、切符も持たずに、目の前の改札を走り抜けた。



 あとー!あとー!




 言葉自体に特別の意味が含まれているわけではない。どこでも聞かれる簡単で平凡な言葉だった。


 それでも、扉を開けたまま、最後まで温かい目で見守っていてくれた車掌さんを思い出すと、今でも、聞こえることがある。


(終着の台南駅では高鐵から来たと伝え乗車区間の料金を支払い改札を通過した)



改札を超えて



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苗栗で出会った神さま

2012年8月23日 苗栗

 台北からバスに揺られて3時間ほどして苗栗という街に着いた。本当だったら2時間で着くはずだったのだけれど、どういうわけかうっかり途中で下車してしまい、国道のど真ん中のなにもないところで降りてしまったのである。たまたま近くにあったお店の人が道を教えてくれたので、タクシーを呼んでもらい、やっとの思いで街の中心まで運んでもらったのである。

 あまり考えずに行動していたドジ間抜けおっちょこちょいの僕は、のっけから余計な時間と無駄なお金を使ってしまったので、そんな行動を後悔するとともに、これからはじまる苗栗の旅がなんだか幸先の悪いものに思えてしかたがなくなってきた。
 
 ちょうど昼飯を食べてもよい時間ということもあったので、食いしん坊の僕ははじめてやってきた苗栗の街を詮索して、うまそうな飯を食おうと思った。手に持っていたガイドブックを開いたら客家料理店という店がさっそく目に入ったので、そこだと思い、付録の地図を頼りに向かっていった。

 ギラギラ燃える太陽とフライパンのようなアスファルトに挟まれて、ただひたすら歩いた。車もバイクもない貧乏旅行者だった。目的の場所はなかなか着かない。暑いから頭がぼーっとして着かないのか、着かないから暑くなって頭がぼーっとしているのか、考えてみたけれど暑すぎる頭ではぼーっとするだけで分からなかった。

 鄉園客家小館という店に着いた頃は、既にお昼のピークを過ぎてしまっていた。カランカランと扉を開けたら、お店の人がのんびりと遅めの昼ごはんを食べていた。

 すぐに気のよさそうなおじさんがやってきて 一人で来たのか? と指一本立てて見せたので 一人で来た。 と答えたんだけど、ついでだから地球の歩き方に紹介されているお店の写真を見せてみた。おじさんはしばらくそれを興味深そうに眺めてから、ふむふむと頷き、何か分かったとでも言うかのようにさっそうと調理場に向かっていった。

 台湾にいるとよくあることなんだけど、こちらが日本人だと分かるとたいていみんな笑顔になる。知っている限りの日本語で話してくる人もいる。日本人かと間違うくらいに日本語がペラペラの人もいる。実際に本物の日本人もいる。

 お店の人たちは、一人で来る客が珍しかったのか、洪水のようにありとあらゆる質問を浴びせてきた。

 日本のどこから来た? 台湾にはどれくらいいるの? 台湾で仕事か? 結婚しているのか? 彼女はいるのか? 台湾の女はどうだ? 紹介したら付き合うか? 可愛いぞ! 付き合ってみろ! 

 これではまるで結婚あっせん所じゃないかと思ったけど、可愛いければ付き合ってみたいとも思った。

 矢継ぎ早に繰り返される質問の洪水に溺れかけてきたころ、とうとう料理が運ばれてきた。助かった。


 えっ?!っと・・・ 


 なんか様子がヘンである。ガイドブックに載っていた写真とあきらかに違うのだ。僕はてっきり大きなお皿にてんこ盛りされた料理がでーんと出てくることを覚悟していただけに、いささか拍子抜けした気分になった。

 スープを含めたらおかず5品あってそれぞれが小碗に分けられている。

 僕が知っている限りの客家料理はたいてい大皿で、それをみんなでつついて食べるのが基本だ。ガイドブックの写真も大皿だ。しかし目の前に置かれた料理は果たして一人前の定食であった。いろいろ食べたいだろうと僕ひとりのために少しずつの量で一品一品をわざわざ小分けにして調理してくれていたのである。いろいろと食べることができるので、この気遣いはとてもありがたかった。

 野菜炭水化物がバランスよく配置されており、偏りがちな食生活をしている、特に僕のような一人男にとっては、必要な栄養を十分に補うことができるものであった。

 炎天下のなかを歩き続けて喉がずっと乾きっぱなしだったので、ガラス張りの冷蔵庫にあったペットボトルを指さしたら 好きなものを飲んでいいよ。 と言っているようだったので、特大サイズの1リットル入りのお茶のボトルを手に取ってテーブルに戻った。

 この後も店の奥から人が入れかわり立ちかわりやって来ては、僕を中心にほのぼのとした談話がまったりと続いたのだ。言葉のほとんどは知らないものばかりであったけれど、ときおり片言の日本語も交えてくれたので、まともに会話できていないのに会話しているような気分だった。みんなとてもいい人たちだ。

 言葉もろくに通じない一見客のような僕のために手間のかかる料理を作らせてしまい、さらにペットボトルのお茶までもいただいてしまった。そして一人客のはずなのにみんな集まってきてくれて、一人でいることを全く忘れてしまいくらい笑顔あふれる楽しい食卓を過ごすことができた。もしかしたら可愛い台湾美女も紹介してくれるかもしれない。

 ここはちょっとカッコつけて少し多めにお勘定して気分良く出て行こうと、鞄から財布を取り出して トーサオチェン(いくらですか) と聞いたら、おじさんは プヨンプヨン(いらんいらん) と言った。僕は自分のお腹を見て「うーむ」とうなずいた。この数日で台湾飯をたらふく蓄えているお腹は確かにプヨンプヨンして豊かな丸みを帯びている。何いってんだ。今はお金を払うのであって腹の話をしているわけではないのだ。もう一度まじめな顔で「トーサオチェン(いくらですか)」と尋ねたら。おじさんおばさんみんな声をそろえて ウォーチンリー(おごりだ) と言った。

 冷房のよく効いていた店から一歩足を踏み出すと汗が一気に吹き出た。この汗が湿りかけた瞳を、目立たなくしてくれたらいいのになと思ったけれど、目に入ってくるとやっぱり痛かった。

苗栗の神様


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二つの空

 2012年8月21日 宜蘭

 友人のメッセージで眼を覚ました。今日は車で案内すると書いてある。取り立てて予定はなく移動の手段も満足に知らない私にとって、友人からの提案は至極ありがたいものだった。しかし念のためだから、どこに行くのかと尋ねたら、山という返事であった。
 
 8月台北からバスで宜蘭に向かっていた。国道を走る窓の外には山が延々と続いている。変化のない山の景色ばかりを見ていたらいつの間にかうとうと浅い眠りに落ちていた。

 長いトンネルを抜けると、両窓に緑の田園が広がった。その田園には見覚えがあった。神奈川県伊勢原鶴巻温泉の間に広がる風景そのものだったのだ。宜蘭の景色が懐かしい故郷の風景に重なった。

 待ち合わせのバス停で降車すると、炎天の空から眩しい太陽が身体に降り注ぎ、冷房の効き過ぎたバスの寒さを過去の記憶にした。
 
 声の方向に振り返ると、道路の反対側で友人が待っていた。車は友人の父が運転するという。私はひどく恐縮した。

 車内の冷気に身体が再び慣れると、友人の不慣れな日本語と、私の拙い台湾語で、久しぶりの再会を喜んだ。付け焼き刃で覚えた私の台湾語は、基礎がないため、応用が効かない。学習に継続性もないため、上達する気配もない。一方で友人は、出来の悪い私のために慣れない日本語で一生懸命に会話を続けようとしてくれている。相手に頼ってばかりの自分がなんだか情けなく思えた。

 車は、ゆるやかなカーブに沿って、右に行ったり左に行ったりしながら山道を上った。
 
 上り坂が終わるとしばらく平坦な道が続く。道路がアスファルトから砂利に変るころ、木々は深く森は鬱蒼としてきた。自然に住む生き物の気配を次第に感じるようになった。

 ボンネットの上の暗い木立が途切れた瞬間だった。明るい光が射すと同時に目の前に起きた極端な変化に言葉を失った。

 それは山を背景に大きな水をたたえただった。山の中腹に池があることなど想像していなかった私は、自然が描いた空と水の鮮やかな対比に呆然とした。

 池の水は一定の静寂を保って、真っ青な空と真っ白な雲を黒い表面に写した。そして風が吹くときだけ鏡の反射を乱した。近くには鳥がチチチと唄い、茂みの蛙がクルルと鳴き、草の上では青く光るトンボが不規則に飛んでいる。生命が、池の水を中心に、生きる活動を継続しているようだった。
 
 池の周りは静かだった。観光客らしい人は私たちを除いて誰もいない。たまに地元の人が遠くに見えるくらいだった。

 宜蘭にはこのような美しい自然が数多く存在する。自然だけでない。人間味あふれる宜蘭に、私は次第に傾倒するようになっていった。


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奇跡の臭豆腐

2013年7月18日 花蓮

使い込まれた鉄の鍋の油に、発酵した豆腐が投げ込まれると、ぱちぱちと音をたてて跳ねた。

花蓮徳興運動場の近くを流れる河の橋のたもとにその屋台はある。

店の前に立つと、まるで絵にかいたような愛嬌たっぷりの丸い顔をしたおじさんが、にこにこして迎えた。

即席で作られたビニール製の天井の下には小さな丸いテーブルが二つと、それを取り囲むように簡単なプラスチックの椅子が置かれていた。

愛嬌おじさんは注文から調理まで一人切り盛りしている。さらに元気いっぱいの裸足である。




  ちょうどうふ!いーが!




人差し指を立て臭豆腐を一つ注文した。

ぴちぴちぱちぱちと、軽快な音が鳴り響く橋の上で、大型トラックがぐうんと鈍い轟音とともに通り過ぎている。

しばらくすると、揚げたばかりの四角い豆腐が、丸いお皿の上で、しゅうしゅうと湯気をたてて運ばれてきた。

熱いままの一つを口に放り込む。

表面はかりかりと歯に心地よく響いて、ふくよかな弾力の中からうまみを凝縮した漬け汁がぷしゃあと飛び出すと、口の中を芳醇な香りで満たした。

豊かな香りの中でかりかりぷしゃあを繰り返し、傍の野菜の漬物でこりこりと口の中を中和する。

世界中のありとあらゆるうまみ成分を抽出してかき集めたら、きっとこのような味になるに違いがなかった。

偏見の向こうには楽園がある。

臭いという先入観が幻影を作り、幻影は放出される臭いで現実になる。現実は独り歩きして苦手という固定観念を生み出す。

固定観念は真のうまみへの到達を妨げる負の産物だ。

体質的に合わないのは仕方がないとしても、実体のない固定観念によって、楽園への招待状を放棄する人たちがいる。

しかし、偏見という、固定観念が作り上げた偽りの防壁を打ち破ることができれば、楽園は容易にやってくる。




   ちんほうちゃ!




台湾語で  とてもおいしい! という意味である。

私はこの言葉以外に、今の自分の気持ちを表現する手段を持ち合わせていなかった。

愛嬌おじさんは、にこにこした顔をもっとにこにこさせて、親指を突きあげた。




   讚!




 讚! はFACEBOOKでいうところの いいね! に該当する。

お店は市の中心から遠く、周りには大きな道路があるだけで、ガイドブックに載っていない。店舗がないため名詞もなければ地図もない。

しかし、本物はどこに隠れているか分からない。

今まで食べたどの臭豆腐よりもうまい、自分の中で一番の、それも最上級の臭豆腐を、遠い街の郊外で知ることになった。

愛嬌おじさんは 讚!だけではもの足りないのか、 讚! 讚! 讚! と三回やってくれた。これも愛嬌である。




  ちょうどうふ!いーが!




皿の上の料理を食べきらないうちから私は二皿目を注文していた。


奇跡の臭豆腐



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バスの運ちゃんと

2013年8月21日 台東

ホテルに帰るため台東の新駅から台東市街に向かうバスに乗り込んだ。

バスの中は私の他に乗客はいなかった。

23元の切符を買うと運ちゃんのすぐ後ろの座席に座った。

定刻になったのか、エンジン音が鳴り、バスはぶるんと震えた。

とうとう、私以外に乗客はやって来なかった。

バスは市街に向けて走り出す。

伽藍堂のような車内には、気の抜けたスピーカーから台湾の演歌が流れている。

旅の疲れが一度にでたのか、睡魔が襲ってきた。

日本であれば、うたた寝したい気分だった。

でも、ここは台東。私にとっては慣れない土地なのであった。

ホテル付近と思い当たる場所があれば、すぐさま降車ブザーを押して、運ちゃんに降りることをアピールしなければならない。

発音が聞き取れない中国語のアナウンス。まだ見ぬ異国の地名を表示する電光掲示板。

朝見た外の景色の記憶しか頼るものがなかった。

まどろみに逆らうように、目だけを爛々と輝かせて、窓の外を食い入るよう見つめ続けた。

既に日の落ちた黒い街は、朝の面影を微塵も残していなかった。

期待している景色は一向にやって来ない。

疲れと不安と空腹が、次第に高まってきた。



もしかしたらもう通り過ぎてしまったとか。いや、まだまだ時間がかかるものだ。この先を少し行けば、、、ここではないようだ。次かもしれない。きっとそうだ、もう少し行ってみよう。。。



心の中で終わりのない自問自答をただひたすら繰り返していた。

窓の外に顔を張り付けてたまま、いつまでたっても降車ベルを押せないでいた。

そんな私を不憫に思ったのか、バスの運ちゃんは私に言った。



   ニーチュイナーリー?(どこに行くの?)



中国語で答えを返すことができなかった私は、鞄の中からホテルでもらった地図を取り出し、運ちゃんに渡した。

運ちゃんは運転席のうす明かりの中で軽く頷くと、大きな車体を狭い路地にぐんぐん走らせた。再び夜の街が流れ出す。



    ここでいいか。



運ちゃんの指差す先には自分が泊まっているホテルが見えた。

バスはホテルの入り口の前まで来ていたのだ。

自分が今まで乗っていたのは、果たして、市バスだったのだろうか。

狐につままれたように、私はその場にただただ立ち尽くしていた。



台東バスの運ちゃん



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冷熱冰を求めて

2013年8月17日 屏東

高雄から台鐵に乗って30分を過ぎるころ駅に到着した。

列車の冷房で冷え切った体を潮州の熱風が容赦なく溶かしにかかる。

ここは台湾南部の屏東市。目的はかき氷だった。

なんでもここのかき氷は、氷の具が熱いという話だった。熱いというのは例えで、食べる頃は氷に溶けて温かい。

駅の売店のお姉さんにかき氷が食べられるお店の場所を尋ねたら簡単な地図を書いてくれた。

お礼を言い地図に記してある道を進んだ。

8月正午の屏東である。日陰をつくれない低い建物がまばらに続いている。

犬が死にそうな顔してよだれを垂らしている。人通りは少ない。

そして目的地には一向に着かない。

着かないどころか目印に教えてもらったケンタッキーフライドチキンがいつまで経っても現れない。

まして見渡す限りの田舎の民家である。そんなハイカラな商業施設があるほうが不自然だ。

私はまったく違う方向に歩いていた。

ぐるぐると周り回った後、ようやく元来た駅に戻り、今度は駅を通過して先とは反対の方面に向かって歩いた。

汗はとうに枯れている。ペットボトルの水も底をついた。

民家の軒先で、兄ちゃんと家族とおもしき人が会話しているのが見えた。

これ以上灼熱の太陽に耐える自信はなかった。そのうえ方向が正しいかどうかも分からなかった。

思い切って尋ねてみることにした。

言葉の分からない私はガイドブックのかき氷の写真を指さした。

兄ちゃんは  おおっ  とすぐに事の状況を理解し、向こうだと方角を示した指を、そのまま隣にあったバイクの後ろ座席に移した。



            乗りなっ



甘いシロップに溶け崩れる氷の下から、作りたての白玉、湯圓、紅豆、小豆、芋が次々に現れてくる。

もちもち歯ごたえの隙間から半溶けの氷水が丸い甘みをのせて喉を滴り落ちる。

不釣り合いに見えるこの組み合わせが、絶妙なバランスを以て一つの食べ物を完成していた。

今までに経験したことのない違和感が、斬新さが、爽快感が、水分を出し切った身体の全体にしみ渡っていくのを感じた。

くたびれた身体に生きる元気をくれたかき氷の温もりは、見知らぬ外国人をバイクで助けてくれた、あの気のいい兄ちゃんの笑顔と重なったんだよなあ。



冷熱氷



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南廻線の車窓から

2012年7月9日 屏東

高雄台東を結ぶ台鐵、屏東線~南廻線の車窓には、大自然が作り出す珠玉の絵画が広がっている。

私の隣に座る窓側の少年が、スマートフォンのカメラを構える私に気が付いたのか。

閉めていた日除けのカーテンを全開にしたのだ。

少年とは顔を合わせることなく、会話をすることもない。

そんな無言の交流が最後まで続いていた。

大きな窓ガラスに映る台湾の自然はとても美しかった。

それよりも、日本と台湾の、国を超えた心の交流に、何にも代え難い絆の美しさを覚えたんだなあ。


南廻線の車窓から



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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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