台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

まちあわせは士林夜市

 2011/9/23 台北

 店の呼び声、歩く人の話し声が、誘導員の警笛にまざりあって、喧騒のなかに生々として聞こえている。行きかう人の体臭が、体をぶつけるたびに汗のにおいと交じり合う。揚げもののぴちぴち跳ねる音と、炭焼き肉の香ばしい煙が、フルーツの甘い誘惑と相まって、好奇心をずぶずぶと引きずり込んでいく。

 東京から3時間で異国に変わった。私は台北士林夜市にいる。友人と食べ歩きをしている。友人はfacebookで知り合った台湾人だ。今日の士林夜市で初めて出会った。

 私がfacebookを始めたのは今から2カ月前の7月。台湾を初めて旅行し、帰国してすぐにアカウントを作った。初めての台湾旅行にはあまり思い入れがなかった。学生のころに旅行した東南アジアほど強烈なインパクトを感じることがなかったからだ。タイ日本を足して二で割れば台湾という国ができるんじゃないか、そんな印象でしかなかった。自分にとって台湾は日本にいちばん近い外国だった。

 今から2週間ほどに前に、ふとした気まぐれから、台湾に行くかもしれないということを、何の前触れもなくfacebookに投稿してみた。投稿はたちまち台湾の友人からのおびただしいコメントで埋め尽くされた。友人といってもまだ会ったことのない人たちばかりである。コメントには、歓迎するだの、案内するだの、着いたら連絡しろだのといった寛大な言葉が、規則なく上にも下に連なっている。私は台湾に行くことを真剣に考え始めた。

 2カ月ぶりの台湾は以前と何も変わっていなかった。ねっとり絡みつくような猛烈な湿度は9月になっても健在で、残暑が厳しい日本と比べても何ら遜色はなかった。このような段階で、早くも再び台湾の地を踏むことになるとは思いもしなかったので、到着してすぐ、以前お世話になったお茶屋さんを訪ねてみたら もう来たの!? と驚かれたのと同時に大笑いされた。

 友人とは士林夜市の近く剣潭駅で落ち合った。友人はさらに友人を連れて5人になっていた。私は約束の時間を30分も遅刻していた。待たせてしまったことをひどく申し訳なく思った。

 棒に突き刺した猪血の米を食べながら、臭豆腐の店に入った。臭豆腐を食べることは始めてだった。口に入れると思ったほど臭みはなく、むしろその匂いこそがうまみなんだと知った。後で友人はここの臭豆腐は美味しくないとこぼした。そのあと日本で見るものとは少し違う外見のテンプラと、パンのような甘いお菓子を食べた。友人は交代でお金を出しあって私に食べさせる。財布からお金を出そうとする私の手はその度に制止された。まだ二十歳そこそこの若い学生が、年上の社会人の男に、よってたかっておごろうとしてくる。私はなんだか泣けてきた。

 マンゴーかき氷は今や台湾の夏の風物詩になった。山のように盛られた白い雪の氷のうえには、まっ黄色のシロップが垂らされていて、そのすぐしたには、お皿からはみ出すくらいのマンゴーが新鮮な形をそのままに氷をかぶっていた。

 いくら私が外国人だからといっても年下の友人にいつまでもお金を出してもらうわけにはいかなかった。かき氷がテーブルに置かれると、私は誰よりも先におばさんに1000元札紙幣を手渡した。みんな格好がつかなそうな顔をして静かになってしまった。気分を悪くさせたかもしれなかった。ここは素直におごってもらうべきだったのかと後悔した。日本から持ってきたチョコレートのお菓子はちょうど5個あった。多めに持ってきていて少し安心した。

 友人には今でもfacebookで会うことができる。大学を卒業して今は私と同じ社会人になった。言葉はあまり通じないけれど、お互いの感情はあの日からつながっている。これからもそのままでありたいと思った。

 その思いから、私は今でもfacebookを続けている。


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雨の最終駅

 2012年6月25日 南投

 雨が降り出したので私と友人は車埕站と書かれた古い駅舎の屋根の下に身を移した。

 車埕の村は一時間足らずの滞在であったが、折り返しの列車が到着するまでのあいだ、スマートフォンに撮り貯めた写真を眺めながら、今まで過ごした村の様子を思い返していた。

 車埕は集集線終着駅であることから、はじめ寂れた田舎を想像していたが、村は清掃が行き届いており、都会のようなしゃれたカフェや土産物屋が賑わう小さな観光地になっていた。

 友人は土産物を見たいと言って歩いていった。私は一人池の手すりに肘をのせながら水面を眺めた。するとカルガモの親子が後ろに小さな波を作りながら、こっちに向かってゆったりと泳いでくるのが見えた。濃い緑色の池の背景には、緑々と茂った木が広く囲んでいて、目を細めて見ると、どこまでが池で、どこからが木であるのか分からなくなった。カルガモの親子はいつの間にかどこかに行ってしまった。

 友人と合流してしばらく歩くと、子猫がニャあといって民家の囲いの上にちょこんと座ってこっちを見ている。白い毛をした子猫は、まだあどけない好奇の目で、見慣れぬ珍客の歩く方向にあわせて顔をゆっくりと回している。無垢でつやのよい毛並みは、近所の人に可愛がられている平和な日常を想像させた。小さな前足でピンク色のバケツをトントンたたいて遊んでいるところに、奥からもう一匹の子猫が現れて二匹でじゃれあいはじめた。

 この最終駅にたどり着くまでのあいだ、気のむくままに下車乗車を繰り返していながらも、列車の発着の時刻には常に正直に向き合っていた私たちは、昼食を与えられるべき機会を逃してしまっていた。どこかで簡単に食事をしようということになり、途中にあった一軒の小さな店に入った。昼のピークを過ぎた店内はガラガラで、テーブルに新聞を広げてテレビを見ていたおじさんは、はじめ客かと思っていたら、お店の人だった。奥からおばさんがメニューを持って目の前のテーブルにおいた。私たちは排骨飯弁当をそれぞれ一つずつ注文した。

 丼には揚げたばかりの豚肉がはみ出して、脇に添えられた味付け漬物が、器の中にいっそうの賑やかな食欲を作り出した。カップの味噌汁に箸をぬらしてワカメを流し込むと、やっとありつけた食事のボリュームに、とても感激した気持ちになった。

 私たちの会話の中に日本語を見出したのか、隣のテーブルでテレビを見ていた角刈りのおじさんがにほんじんか!とはっきりした言葉で話しかけてきた。聞けばここにもよく日本人が訪れるとのことだった。いくつかの世間話をした後、友人の勧めで三人で記念撮影をして別れた。

 スマートフォンの写真はいつしか車埕駅に到着したところまで時間を戻していた。

 カラフルな列車のすぐ背後には、レンズに収まりきれないほど急な山が、緑色ののように迫っている。写真だけ切り出して見ると、この場所がいったいどんな状態なのか、見当もつかないものに思えた。まさかジャングルの中に列車は走らない。

 私たちは列車が再び到着するのを待っていた。

 木造の駅舎の中は、待合所になっていて、当時の資料などが置いてあった。屋根に降りつける雨の音は、閑散とした室内によく響いて、木の天井の湿った匂いを、当時の空気の中に満たしていた。

 しばらくすると、レールの遠くのほうから金属の音が聞こえてくるような気がして、次第にはっきりした音になって、やがてガタゴトいう大きな音に変わった。

 一時間ほど前に写真におさめたものと違わない列車が、速度を落としながら、鈍い轟音といっしょにゆっくりとホームに停まった。

 私たちは傘を開かないまま列車に走った。


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池上便當

 2012年7月11日 台東

 台東から花蓮に向かう列車の中で私は一人弁当を食べていた。旅情を誘うとはこういうことを言うのだろうか。窓の外にはのんびりした景色が緑の光を反射して、近いところは速く、遠いほうはゆっくりと流れていた。

 列車に乗り込んだとき、私の座席には、労働者風の、ちょっと怖そうな顔をしたおじさんが、新聞紙を大きく広げて、どっしりと腰を固定していた。切符の座席番号を読み返してみたら、はやり私の座るべき場所に違いなかった。

 私は、おそるおそる、自分の切符をおじさんに見せるとお前はこの席だと、通路に面した隣の席を指差した。私はもう一度、切符に印字してある座席番号を、上の荷台に記されている座席番号に照らした。それは、窓側を表す文字、Wの座席と合致した。

 私は荷台のWの文字を指差して、小さい声でウィンドウと言った。おじさんは、はっとしたような顔つきになって、頭をかきながら申し訳なさそうに通路側の席に戻っていった。

 窓側にこだわっているつもりではなかった。ただ、自分のではない席に座ることに、どこか後ろめたい気持ちがあった。しかし、お互いが相手の席を認識した今であれば、たとえ自分の席ではないとしても、私は安心しておじさんの席に座ることもできたのだった。

 列車は台東駅から少し進んで池上という駅に停まった。ホームには何人かの弁当売りが、首から弁当を段に重ねて、それぞれの売り場所をドアが開く位置にあわせて歩いていた。窓の隙間から弁当を売る呼び声が聞こえた。

 あの弁当を買うためには、隣に座っているおじさんの前を通してもらう必要があった。間隔によっては、いったん立ち上がって通路に出てもらう必要があった。いずれにせよ、おじさんには、今開いている新聞紙を閉じて、読んでいる記事を中断してもらう必要があった。

 つい先ほど、窓側から通路側に移ってもらったばかりだったので、私には少しためらいの気持ちがあった。それでも、池上弁当は非常にうまいと聞いていたので、来る前から食べることが楽しみでもあった。今昼食をとらなければ、次はいつ昼飯にありつけるのかという不安も頭を通り過ぎた。

 朝食を抜いた私の腹は既に空っぽだった。誰かが旅の恥は掻き捨てだと言っていた。どうしようもない観光客と言われてもよかった。私は席を立った。

 おじさんは、こうなることをはじめから予測していたかのように、それまで開いていた新聞をぱたぱたと折ると、さっと席を空けて、わざわざ通路に立ってくれた。空いた座席の前を通るとき、自分で窓側の席を主張したばかりに、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 弁当箱を支える指には内側の温もりが感じられた。箱の小さい隙間からは、ごはんおかずの匂いが色々に混ざりあって、熱い蒸気といっしょに外にこぼれていた。弁当を包んでいる絵は、どこかで見たことがあるような、懐かしい感じのものだった。

 揚げた豚肉煮卵漬物、茹でた青菜が、四角の箱いっぱいに隙間なく詰め込まれていて、少しの間から、白いご飯が小さく顔を出していた。

 窓の外には緑色の田園が続いていた。しばらくして鉄橋に差しかかると、灰色の砂利の間に浅い河が広く流れていた。

 隣のおじさんは途中で降りていった。私が目指す花蓮ももうすぐだった。

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小黄色の世界

 2012年6月22日 墾丁

 の上に出た。

 昼間のピークを過ぎた6月の太陽は、皮膚だけでなく、脳の髄にまで入り込むほど、じわじわと身体を蝕んでいた。すでに干上がった汗が、シャツの内側から、こぼしたジュースのように、動く身体にぺたぺたとまとわりついた。決してタピオカミルクティーを飲みすぎたわけではかったけれど、体表から糖分が吹き出ていると考えてみても、ちっとも不思議とは思えなくなっていた。私は6月にして、経験したことのない暑さに、少し疲れてしまった。墾丁の海岸を見てから、だいぶ南の方まで移動したようだ。

 自分の背よりも高く生える草の道を歩いていくと、急に視界が開けて、大きな入り江の海が見渡せる丘の上に立った。足元に目を落とすと、緩やかに切り立った崖が、なだからな坂に続いて、次第に海の中に消えていた。海岸というよりも、地面がそのままの形で、海の中に入り込んでいるようだった。はるか向こうに見える山は、蒸気を含んだ空気の層で、薄く霞み、夢の中に浮かんでいるようだった。周りには、太陽の熱を遮るものはなかった。それでも、ときおり吹く生暖かい風が、噴き出る汗を乾かして、妙に心地がよかった。

 崖の上には支えるものが何一つない。その気になればいつでも崖の下に落ちていくことができるように思えた。決して険しい崖ではなかったけれど、ゆっくりと沈んでいくような地表は、勢いさえついてしまえば、当然に帰ってくることができないという現実を確信させた。生きていることと死んでいくことの境界は、気まぐれな思い次第で、明にも暗にもなりうることを、平熱を超えた頭でぼんやりと考えていた。地面のあちこちには、乾燥した黄土がむき出しになっていて、荒野にいるような、火星にいるような、少なくとも今自分がいるところが、尋常の世界ではないことを示していた。

 そんなとき、視界の片隅にある、地面から突き出ている岩の上に、ちょろちょろと動く一つの影があった。トカゲが、ぽつんと、味気のない岩に乗っかっていた。その体表、丁寧に作り込まれた鱗の、一枚一枚の断片からは、遠い過去から続いている遺伝子の記憶が掘り込まれていて、今日までずっと継続してきた生命の意志が、小さい腕の筋肉の中に、たくましく息づいていた。ふと目を逸らせば、その隙に、数十センチ先に移動した。一瞬に起こる動作の後には、死んだような静寂があって、素早く動き出したかと思えば、ぴたりと停止した。

 爬虫類のもつ冷たいような目は、まるで感情をなくしたかのようで、こちらの意思を知ってか知らずか、瞬間的に動き出し、その後にいつ途切れるともしれない静寂を残した。黄色のように美しく光る線形の模様が、細やかな皮膚に知的な彩りを与えていて、その風体からか、友人は小さな生き物に、キイロちゃんという名前をつけた。キイロちゃんは、こちらを伺う様子でもなく、しかし、ほんの少しでも気配を感じると、危険を察知したかのように、素早く前に進み、そして止まった。

 この一瞬の静寂を焼き付けようと、私は、ゆっくりと、ゆっくりとカメラを近づけた。さらにそっと、スローモーションのように、できるだけ近づこうとして、十センチ手前まで、気付かれてしまうギリギリまでくっ付いた。そろそろと腰を屈めていくあいだ、地面の土が靴でこすれないように、震える手に突飛な動作を起こさないように、体中の息をすべて殺して、カメラを慎重に、そして正確に構えた。

風が吹いた。キイロちゃんはプイと向こうに走ってしまった。

 後ろを振り返ると、草むらの中に山羊小屋があって、いく頭かの山羊が、むしゃむしゃと草を食べていた。緑色に敷かれた草原と、殺風景の黄土を、何の気なしに歩き回っていたころ、ところどころに、黒く光っている丸い物体が、ころころと転がっていたことを思い出した。山羊のだった。

 駐車場に戻ると、色の派手な大きな観光バスが止まっていて、観光客と思われる集団が、大きな声でおしゃべりしながら降りてきた。ここは 龍磐公園 という観光スポットである。

 車に乗り込むとき、私は、靴の裏を少し気にしていた。そして、観光地となってしまっても、昔の風景はそのままに、静かに生きている自然を、いつまでも、そっとしておいてほしいと考えた。

 揺れる車の中で、ほてった熱が、だんだんと平静の状態に戻ってきた。薄れていく意識の中で、草むらから、ひょこっとキイロちゃんが顔を出した。この丘に来ると、今でも、元気に走っていたキイロちゃんを思い出す。


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夏のはじまり

 2012年6月22日 墾丁

 車の窓にはが続いている。その反対側にはが広がった。青い海だった。

 その日は墾丁に連れて行くと、友人が車を出してくれた。墾丁といえば、台湾で有数のリゾート地だと聞いていたので、私は朝から楽しみだった。高雄から墾丁まで二時間あまりのドライブだ。

 高速の途中で、このあたりの名産という小ぶりのバナナをいただいた。手のひらにすっぽりと収まる大きさの、日本では見たことのない形状からは、小さいながらもバナナの芳醇な香りを発していた。皮をむくと、濃く甘い香りが、車内に香水のように広がった。しっとりした酸味の中で、密度の高い糖分が、味の角をやわらかくしていた。

 台風が過ぎたばかりの海は、岸の近くで、茶色い水を作っていた。茶色の潮水は、岸に近づいたり離れたりして、波にあわせて、どんよりと浮かんでいた。

 ごつごつした岩が、次第に、黄色砂浜に変わっていった。写真の中の南国の風景が、そのまま切り取られたように、目の前に展開された。すっかり眠気が覚めた私は、ピポピポピポと、音が消せないスマートフォンで、続けざまに写真を撮った。その様子があまりにもこっけいだったのか、前の席から友人の笑う声が聞こえた。ピントがずれていたのか、撮った写真は、ぼやけているものばかりだった。

 砂浜は月のように半円を描いていた。黄色くて白い砂だった。海は遠くまで青く広がっている。近くに数台分の駐車場があった。空いた一つに車を入れた。はしゃぐ気持ちを抑えながら、隣の車にぶつけないように、ゆっくりとドアを開けた。途端に眼鏡が曇り、全身は夏の蒸気に包まれた。

 砂浜にはのビーチパラソルが、所狭しに開いていて、水着の男女が夏の空を全身に浴びている。カラフルな色々が、これから隆起する本格な夏の訪れを予感していた。

 今ではすっかり影をひそめてしまった好奇心だったが、久しぶりに見る砂浜に、いつか見た夏の思い出が、波が押し寄せているあたりまで、無意識のうちに私を近づけていった。

 シューズを脱ぎ、靴下をポケットに押し込むと、太陽の光をまんべんなく吸い込んだ砂の上に裸足をおいた。溜め込まれた熱が、足の裏の全体に広がって、日ごろの革靴で陰気になった足を、浄化してくれるような爽快な気持ちになった。足の裏で、砂をずりずりこすりながら、寄せた波に足をつけた。潮水がしみわたる。そのまま波が引いていく。ぼろぼろと砂が崩れていく感触が、足の裏に心地よく残った。

 ッザアーと砂と潮水を巻き込みながら、次に待ち構えているが、戻ってきた波を全身に飲み込んでいる。この位置にいれば大丈夫だろうと、私は同じ場所で天然の足裏マッサージを楽しみながら、浜辺でボール遊びをしている子供たちをぼんやりと眺めていた。高く上がったボールは、太陽の光を反射して、ゆっくりと砂浜に落ちた。

 いていた水の音が、し出す音に変わったころ、ドーンという音がして、私のズボンは、たちまちに、膝のあたりまでびしょ濡れになった。カーキ色のズボンには、新しい色が作られて、膝から下は濃い茶色のような色になった。波は膝の上まで駆け上がってきていた。

 ズボンを膝の上までたくしあげて、岸に向かってとぼとぼと歩いた。膝のあたりが妙に冷たくて、その部分だけ重たく感じた。友人は笑っていた。はしゃぎすぎた自分がなんだか大人げなく思えた。

 車に戻り、足の砂を払った。ズボンに染みた潮水は、次第に広がっていて、今では下着の近くまで侵食している。シートに座ると、足に残っていた白い砂が、黒い絨毯の上にぽろぽろとこぼれ落ちた。私は少し申し訳ない気持ちになった。


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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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