台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

バタリアンな夜

2012/8/17 高雄

ぐちゃぐちゃどろどろべちゃべちゃ。そんな果物があったら、たいてい、いやだ。

近くに果物の路上販売があったので、高雄の友人にこれ、なに?って聞いたら、ひとつ買ってくれた。

釋迦という名前。読み方はシャカ。まるで仏像の頭だった。

二日後。

ホテルの部屋のテーブルの上には、あのとき買ってもらった果物がころがっている。

中の実が熟すまで二日から三日は待つようにと教えてもらっていたのでそのまま放っておいたのである。

その日は朝から観光して、ホテルに帰り、テレビをつけながら、スマートフォンで今日の思い出を整理していたら、そのぶつぶつが目にはいった。

心なしか初めて会った日より少し黒ずんできたみたいだ。

手に取るとぶよぶよにやわらかくなっていて、少し握力をかければ簡単につぶれてしまいそうだった。

ナイフを使わなくても素手で二つに割ることができる、と聞いていた。

左右を軽く持ち上げて、真ん中あたりから、折り曲げるようにして、そっと、割った。

やわらかい感触といっしょに、白くてつぶつぶした実が、じっとりした汁といっしょに、ぶちゃあっ、とあふれ出てきた。

あわててコンビニのビニール袋をテーブルに敷き、実が上になるように、二つになったそれを開くようにして置いた。

スプーンがないことに気がついた。箸も持ち合わせていない。毎日が外食である。あたりまえだ。

安いホテルの部屋にはインスタントコーヒーは付属していない。スプーンのかけらすら見当たらない。

仕方がないので、飲みかけていたタピオカミルクティーのカップから、極太のストローを引き抜いた。

果肉の表面にストローを近づけてから、一気にそいつを吸い込んだ。


ずびずびずびぃ、すぽっ、、くちゃっ、すぽぽっぴっぴー。


息苦しさだけが後に残った。二度目は無理だと思った。

顔をそのまま近づけ、開いた果肉にかぶりついた。


ぐちゃぐちゃ、どろどろ、べちゃべちゃ。


この光景はどこかで見たことがあった。

生きた人間の脳みそに食らいつくゾンビ

背後から見た自分は、まるでB級ホラー映画に出てくるようなゾンビ。むかし夢中になったバタリアンに違いなかった。

くちの回りに食い散らかした果肉がまとわり付いている。

果肉からしたたり出でてきた汁は、顔の表面で一つの点にあつまると、ぼたっ、と床に落ちた。

果物に触れたところは、みんなすぐにべたべたになった。べたべたは、にも、ほっぺたにも、鼻のあたまにも、飛び火した。

両方の指には、拭いたティッシュのかけらが、情けなくへばりついた。

甘みの成分だけが混ぜ合わさったような、やわらかなクリーム質の果肉には、少しの香りと、さらにほんの少しのすっぱさがあって、歯で噛むというよりも、飲むという表現にちかい。

のど越しはいたって控えめで、内側の粘膜をなでるように流れて、すうっと消えていく。

何度もかき回されてどろどろに溶けた、そしてほとんどの酸味を蒸発させた、ヨーグルトのようなひろがり。

とりおり、黒光りする、スイカの種よりも大きいくらいの、あやまって飲み込んでしまうには自らの存在を強く主張している、甘い甘い種が、にゅっとあらわれて、そのたびに吐き出している。

黒の種が増えるほど、白の部分がなくなっていく。それはとてもはかない感じ。

最後に、ビニール袋の上には皮と種の残骸だけが寂しく残った。


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水の里

 2012/6/25 南投

 友人のアルバムを見てからずっといいなと思っていた風景があった。プラットホームの駅名標にはどこか素朴な懐かしさがあってその背景には木の葉っぱが緑の光をたっぷり揺らしている。近くにはきっと河があって緩やかな水の流れが風といっしょに郷愁のにおいを運んできそう。

 台湾中部を走るローカル線、二水車埕を結ぶ集集線は、終点の一つ手前の駅。電車から降りると、駅名標の白い板には、写真で見たものと同じ青い文字を貼り付けていて、ホームの上で再開した。


 水里。


 走り出す列車に向かって駆け出す女の人がいた。列車の進む先に向かって腕を大きく振り上げて高い声で何かを叫びながら走っている。乗り遅れた。車内からは仲間と思われる乗客が窓から半身をのり出して一生懸命に手を振っている。車掌さんがきっと気付いてくれるだろうと思っていた。ホームの端まで来たが、ついに鉄の扉が動くことはなかった。女の人はひとりホームに取り残されてしまった。

 これは気の毒なこと考えるのが筋であると思ったけれど、そこにあるのは、のんきな顔した駅名標と、通り過ぎる風に気ままに揺られる緑の葉っぱ。悲壮感はなかった。女の人はすぐにあきらめ、携帯電話で誰かと話しはじめた。線路の向こうから列車の去る音だけがカタンコトンと静かになって聞こえていた。

 線路の上を横切り無人の改札を抜けた。駅前には坂道がゆっくりと下っていてその両側は商店街になっていた。平日の午後という時間だからかもしれない。町はひっそりとして、たまに人が歩いているだけだった。低い空には暗い曇が隙間なく広がって雨が降ってもおかしくない天気だった。

 商店街の通りを抜けると、今来た道より少しだけ大きい通りに出た。左手には濃い緑色の山が直前まで迫って、右手の先には視界が開けている。近くから水の流れる音が聞こえる。道路の下には大きな河があって、どぼどぼと、水という水が、大きな包容力の中で、たゆりたゆりと流れていた。

 見下ろす土手に魚釣りをしている人がいる。山なりに曲がった竿はその形を保ったまま獲物をまちかまえている。しばらく見ていたが竿の形に変化は訪れなかった。足元に置かれたバケツは静かなままじっと横たわっていた。

 河を挟んで向こうの岸に水車のオブジェのようなものが上半分だけ円を描いて掛かっているのが見えた。現役なのかそれともただの飾りなのか分からなかったけれど、水が入れば回っているように見えたし、まったく動かないもののようにも見えた。

 前方の道路に橋が横切っていたので、そのまま左に折れて、水車のオブジェが置いてある側の歩道に出た。今までに進んできた方向を逆流する形で歩いた。道は広かったけれど歩く人は私たちを除いてほかにいない。さっき見た水車も動いていないようだ。近くには濃い緑の山が盛り上がって、遠くには霞んだ山々が薄っすらといくつにも重なって視界を取り囲んでいた。

 再び橋の上に行き当たった。この角を左に曲がれば、はじめに河を見渡した歩道に戻ることができる。橋の真ん中には一台の軽トラックが荷台の上で屋台の準備をしていた。道路にはプラスチックの赤いイス銀色の丸いテーブルが並んで、焼きたての匂いが河の風に混じって鼻に運ばれた。臭豆腐の匂いだ。夕方に向けて準備をはじめているようだった。

 河の周りを二本の橋を渡してぐるっと往来しただけの平凡な滞在であったが、ゆっくりした時間も過ぎ去り、列車の時刻も近づいていた。次に目指すのは最終駅の車埕。さっき乗り遅れた女の人もどこかの車両に乗っているかもしれない。座席に揺られながらそんなことを思い出したりした。



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深夜の音

 2013/12/30 台中

 起きているのか眠っているのか分からないうちに目を覚ました。枕元の壁の天井の向こうから妙な音がする。始めは何の音ともまたどこから来るともはっきりした見当がつかなかったが、聞いているうちにぼんやりとではあったが耳の中にひとつの観念が浮かんできた。

 建物の裏側で鉄のようなものを叩いたりひねったりしている。何か修理でもしているのかと考えてみたが、それにしてもこの時間に何の理由があって修理をする必要があるのか。

 これはきっと壁に掛けられた道具か何かが、風に揺れるたびにぶつかって鳴る音にきまっていると、すぐ心のうちで言い聞かせたものの、さてそれなら果たして続けてぶつけてみたり、力ずくでひねってみたりするような音はどうして出るのだろうと考えるとやっぱり分からない。

 自分は分らないなりにして、もう少し眠たくなるような事に頭を没頭しようと試みた。けれども一度耳についた不可思議な音は、それが続いて自分の鼓膜に訴える限り、妙に神経にさわって、どうしても忘れる訳にはいかなかった。

 あたりはしんとして静かである。夜の3時を過ぎたホテルは死んだように静まりかえっている。泊り客はすでに部屋に引き込んで寝てしまったのか、会話をするものや、廊下を歩くものは一人もいない。窓の下から車の走る音さえ聞こえない。その中に、かんかんかんきゅるきゅるきゅる、と金属を擦り減らすような奇な響きだけが気になった。

 次の日は霧社のツアーに参加するためどこかで一泊する必要があった。場所を台中に選んだのも、ツアーの集合場所が台中駅であるといった簡単な理由からであった。

 そのホテルは駅を出てすぐの中正路の通りに面していた。年末にイベントがあるのだろう、学生の集団が大きなバックを床に並べて受付の前で行列をつくっていた。インターネットで予約を済ませていた私は、印刷したバウチャーとパスポートを受付に見せて、部屋の鍵を受け取った。9階に位置する部屋は思いのほか広く、整理された空間は、飛行機と電車の人ごみで疲れた体を伸ばすには十分すぎると思えるものだった。

 一人で逢甲夜市に行って食事をしたあと、散歩がてらに近所の商店街でイカ焼きビールを買ってホテルに戻った。明日の順路を確認しつつ、新聞台というニュース番組を見て過ごした。同じニュースが何回か繰り返され夜もだいぶ更けてきた。そろそろ寝ようと思い布団に包まると、壁の向こうの天井あたりから音が聞こえ始めた。

 意図しているのかしていないのか、ある時はかんかんかんと続けて、またある時はきゅるきゅるきゅると質を変えて、その後しばらくの静寂がやってくる。

 無機質でありながらも、こちらの心境を察しているかのように、暗闇の中に現れたり消えたり、意識の力で繰り返されるそれは、まさに狂気と言われる部類に属するべき、内面に異常執拗さをもって、自分の精神を不吉な想像の中に追い詰めていった。

 温暖な気候の台湾といえども、底冷えするような冬の湿度は、軽い布団を突き抜けて腕や足を手始めに、肉体のすべての毛穴に侵入してくる。あまりに寒いのでネルシャツの上からトレーナーを羽織ってみたものの、密着するだけの衣類ではその寒さから逃れることができなかった。意識が遠のき眠りに落ちかける段になると、例の冷たい音で我に返る。

 クローゼットの扉の向こうに予備の掛け布団があるかとも考えたが、ないこともあると考えて、もしないことが分かった場合はそれ以上にどうにもならないので、なかなか動き出す気持ちになれなかった。心臓を押しつぶすような息苦しさが鳥肌のつぶつぶに現れて、ますます全身が戦慄に包まれていく感覚に落ちた。

 もしかしたら身体が動かないかもしれなかった。いや、動かそうとすれば動くかもしれなかった。それでも動かそうという気分にはなれなかった。本当に動かなかった場合に自分にどう説明してよいか分からなかった。ただ動かないままに横たえていることしかできなかった。

 時間は刻々と過ぎていった。いつ止むともしれない音に、常に監視されているような気分で、夜が明けることばかりを考え続けた。

 気がつくとベッドの上から朝日がこぼれているのが見えた。いつの間にか眠ったようだ。不思議なもので、明るくなると昨晩の音はなんでもないことのように思えた。

 朝食を食べに部屋を出た。部屋のすぐ隣は階段の踊り場になっていた。昨晩の音が聞こえた方向だ。来たときは気にも留めていなかったが、ホテル側の赤いカーペットとは明らかに世間を異にした打放しのコンクリートが薄汚れたままに剥きだしになっていた。

 こちらと隔離されたような空気は冷たく殺風景で、そのぽっかりと空いた暗がりの奥には、陰鬱な雰囲気を十分な貫禄をもって漂わせていた。昨晩の音の原因を追求しようとも考えたが、一般の者が立ち入ってよい場所と思えなかったし、何よりも済んだことでもあったので、その考えは止めにした。それ以上にして、あまり気分のいい場所ではないことだけは、生きている者の直感として、確たる信念のもとに保証した。

 早めにチェックアウトを済ませた私は、持て余した時間を埋めるようにして、受付に荷物だけを預けて公園に向かって歩いた。公園の名前は台中公園といった。日本の時代からあるという。

 朝の光を受けた風景はひどく白んで見えて、反射するまぶしさが寝不足の身体をさらに重たくした。


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ほろ酔いマンボウ

 2013/8/21 台東

 撮りためた写真を整理しようと通りに面した一軒の居酒屋に入った。ひとりで入る居酒屋は自分だけの世界に正面から向き合える正直な時間である。たとえ周りに人がいようが気心の知れた仲間がいない点において居酒屋はいつも私のとって孤独の場所であった。

 中山路の歩道の看板に明かりが灯り、そのなかに海鮮料理の文字が浮かぶ店があった。ここにしようと思った。

 ビールを注文して、デジタルカメラの履歴を新しいものから古いものへと眺めていった。写真の整理といっても、同じような写りの中から出来の悪いものを削除するだけの作業であったが、無駄に増えた記録は選別するだけでも十分に面倒な作業だった。

 瓶ビールとコップが運ばれてきたので、メニューに書いてある曼波魚とはどういう魚かと、店のおばさんに聞いてみたらマンボウという答えだった。マンボウと。そう日本語で聞こえた。

 マンボウといえば台東の北の方、花蓮の特産であると聞いたことがある。垂直に切り立った断崖は、その急こう配を保ったまま、一気に海に落ち込んで、そのまま深海となる。マンボウの生息は水面から深海にまで及ぶ。そのためこの辺りでは多くの水揚げが行われる。ところがマンボウの鮮度はすぐに落ちてしまう。そのため美味しいマンボウは近場でしか食えない。だから台東も同じように水揚げができるに違いないと思った。

 むっちりとして、マシュマロのように白い身。ねぎといっしょに炒められ、オリーブオイルに絡んでとろみがついている。つまんでみると、ぷりぷりして弾力がある。イカ白身魚の真ん中のような感じで、あっさりとして塩味がきいている。味自体に癖はないが、そのぶん、ねぎのピリ辛がとろけたあんとからんで、マンボウの淡いうまみがしっかりと生きている。

 酒がすすむうちにだんだんと愉快な気分になっていた。写真の整理なんてどうでもよくなっていて、残しておこうと思っていた写真まで勢いあまって削除してしまう始末。テーブルの空き瓶が転げ、箸がすべり落ちる。そして酒はますますうまい。あほ面してビールをしこたま飲んでいると、お店のおばちゃんが日本人かと聞くのでそうだと答えたら、近くにいた人たちもこっちを見て笑った。いつもの台湾語でちんほうちゃと言ったら笑い声がいっそう大きくなった。

 お店のおじさんがサービスだよと言って、食べやすくカットした黄色いスイカを出してくれた。黄色いスイカは写真でしか見たことがない。本物を見たのはこれが初めてかもしれなかった。シュワッと甘い汁が口のなかに広がるとあぶらアルコールをいっしょに流しながらすうっと喉の奥に消えた。ついにカメラの写真は整理されないままでいた。


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ふさわしい朝食

 2012/5/30 宜蘭

 朝食は蛋餅(レンビャン)に限る。あとは豆漿(ダウレン)があればいい。

 宜蘭に来ている。昨日はものすごい豪雨にあたってしまい、バスから降りたとたんに服とスーツケースがびしょ濡れになった。すぐにコンビニのひさしの下に逃げ込んだが、勢いよく殴りつける水しぶきはすべて防ぎきることができず、地面から跳ねかえる飛沫とともに全身を湿らせた。ポケットのなかの携帯が震えだしたので、雨の左手で居場所を伝えると、友人がすぐに目の前に現れた。

 今日も朝から鉛色の雲がどんより浮かんでいた。

 交通部公路總局臺北區監理所宜蘭監理站の近くにその朝食屋はあった。小さいながらも地元の人でにぎわう店内には、勤め人や学生たちが立ち上がったり座ったり、慣れた手つきで料理を選ぶと、空いているテーブルに座って、食べ終わるとすぐにそれぞれの行くべき先に向かっていった。外にはバイクに跨ったまま注文をする人もいて、毎日繰り返される慌ただしい時間の中に、日常的に営まれている朝食の文化というものを垣間見る気がした。

 好きな食べ物を自分で組み合わせるやり方は、よそから来た私にとって何がどういう状態であるのが一般的なのか要領を得ないので、他の人のお皿の内容から見当をつけるしか方法がないように思われたが、友人は台湾でよく食べられている朝食をいくつか選んで、初めての私のためにセットしてくれた。

 蛋餅とは小麦粉を加えた卵焼きで、ねぎが少し加わる。モチのように歯ごたえある炭水化物は、新鮮な卵に絡まって、特性のソースによくなじむ。ぎゅっと噛むと、そのまま一日のエネルギーに変換されていくよう。豆漿のほんのりとした甘味が喉をとおる。豆漿とは日本で言う豆乳である。熱々ではなくて、熱々よりすこしだけぬるい温度で、ゆっくり浸透し、身体に吸い込まれていく。

 朝食といえば、小学生くらいのころ、目玉焼きと味噌汁とご飯がよく食卓に並んでいた。焼き魚の日もあった。納豆が供されることもあった。海苔が添えられる日もあった。前の夜の残り物だったり、パンだった時期もあった。食べないと大きくなれないと言われながらも、眠い眼をこすって口の中に無理やり押し込んでいた。

 あれから年が増し、親元を離れ、多くの人がそうであるように、東京で一人で暮らしている。仕事が中心の生活になると、かつての朝食は形を変え、手で調理するものから簡易な既製品になった。カロリーメイト、ヨーグルト、バナナ。ついにはそれすらもなくなった。

 朝食を食べる機会がめっきり減ってしまった。そもそも朝食を食べる習慣があったことすらも覚えていない。いつも早めの昼食をとり、遅い夕食で一日が終わる。日によっては酒を飲む。そんな食生活に身体がなじんでしまった。

 日本をはなれて、こうして朝食という生きる活動の一部に再会してみると、蛋餅と豆漿というあまり深いなじみはない料理ではあるけれど、懐かしい昔の記憶が思い出されてくる。腹が膨れると力が沸いてくる気分だ。

  
 友人には仕事が待っている。私は旅を続ける。朝食が終わり台北行きのバスターミナルで友人と別れた。


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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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