台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

かき氷は夏のいろ

2011/9/25 新竹

 目の前に引き寄せるはずみで盛り上がった白い氷がぽろりと壊れた。指に触れる皿の水滴は目が覚めるように冷たい。蒸し返すような湿度でもうろうとしていた頭が少しだけ正気に戻る。

 マンゴーの色はたまごの黄身のように、それは真がつくほどの黄色で、白い氷は雪のようにふわりと空気を含んで、黄色に染まりながら何層もの縞の模様をつくった。白と黄色が入り混じる真ん中あたりに、プラスチックのスプーンをさし込むと、サクッと、黄色いシロップがとろり絡んで糸を引いた。

 マンゴーかき氷は、今や台湾の夏の風物詩のような存在である。台湾を紹介するガイドブックを開くと、あっちにもこっちにも、似たような写真が量産され、集客に期待をよせる観光アイテムとして、もはや典型の極致となった。

 粒状に磨かれた氷の上に黄色い果肉をのせると、冷たい氷に、氷ほど冷たくない果肉が、黄色いシロップと溶け合って、氷のなかに食い込んでいく。もぎたてからでる瑞々しい香りのなかで、太陽をいっぱいに含んだ高い糖度が、すっぱい繊維にうまい具合に絡まって、イイ感じにできあがっている。果肉は口の中でゆっくりと分解されていく感触で、意識したころには、形はなく、消えている。

 スプーンは2つ用意されていたが、友人は食べなかった。昨日食べたと言った。お皿の山盛りはぜんぶ自分のものになった。

 いつでも好きなときに食べられるという地元民の特権は、とてつもなく大きな余裕であり、一介の季節旅行者にすぎない私にとっては、どれだけがんばっても到達できない隔たりとなって、その現実の前に羨望の光を輝かせていた。

 友人に出会ったのは今日が初めてだった。日本で8年間働いた経験があるため日本語は達者である。日本語を流暢に話す台湾人を見ると日本人に見えて仕方がない。ここぞとばかりに勇んで食べ続ける悲しい旅行者を、友人はおおらかな貫禄のまなざしで見守っていた。

 新竹の旅は高雄を出発した高鐡を下車するところから始まった。初めて見る街にうろたえながら、どうにか市バスに乗り込み、新竹駅の近くに宿をとった。新竹はITの最先端企業が密集するサイエンスな都市としてその名を有名にしている。そのようにハイテクでビジネスな都会でありながらも、街中の至るところには、人々の日常の生活が昔と変わらない姿で続いている。

 玻璃工藝博物館(はりこうげいはくぶつかん)というガラスの歴史博物館を見物し、城隍廟(じょうこうびょう)の人々の熱気に生きる力を感じ、周辺の屋台の誘惑に負けて、米粉(ビーフン)貢丸(コンワン)を食べた。マンゴーかき氷の店に入ったころには、西の空が夕日の色に染まり始めていた。

 氷の山が崩れ落ちると、皿の底には水になりかけた氷だけが残された。べちゃりとして、雨のぬかるみのようにたたずんで、どこかにやりきれない気持ちを沈ませている。スプーンですくうと、水面だけがゆらゆらと揺れて、浮かび上がったほんの少しの氷が、とても切ないものに見えた。

 最後の一滴までを平らげてから、それまで渡しそびれていた日本のお土産を手渡した。白地黄色の柄の包装紙の中には、吉野堂の名菓ひよ子サブレーが入っている。一階に続く階段を下りて店を出た。暮れはじめた新竹の空には、いい風が吹いている。


かき氷は夏のいろ



ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

  1. 新竹
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

ドラゴンになったサボテン

2012/6/25 南投

 横並びの座席の真ん中から、左に流れる緑の景色を見ている。足もとに置いたザックの隙間からバナナの匂いがこぼれた。親指を少し大きくしたくらいの小さなバナナだった。表面には茶色の斑点がある。房から一本もぎ取るとプーンと甘い匂いが広がった。さっきまで旅をした集集古街で買った小さなお土産だった。

 列車はゆっくりと速度を落として集集駅で停車した。改札を抜けて振り返ると駅舎の全容が見える。手入れの行き届いた木造の建築は、かつて日本にあった昔の風景そのものだった。ふぞろい模様のかわら屋根の下には [集] [集] [車] [埕] と黒で筆書きされた四角い板が並んでいる。駅前の広場を抜けると、番号札の付いた自転車が並んでいた。レンタサイクルだった。二人乗りや四人乗りの自転車もあり、なかには屋根つきのものまであった。その日は平日であったためか、近くでこれらの観光用の自転車に乗っている人を見ることはなかった。

 道路を渡ってしばらく歩くと集集古街と記された門が建つ通りに出た。町並みはどこか黄色くすすけた風情をしていて、ほこり色のバイクが白い煙を吐きながらトロトロと目の前を走っていった。門の近くには青い軽トラックが一台停まっており、うさんくさそうなオジサンが、鋭い眼光でこちらをじっと見つめていた。トラックの荷台には、果物であろうか。丸くて赤い、ときどき緑のヒレのようなものを突起した奇妙な植物が、山盛りに積まれていた。
 
 見たこともない風体の果物に興味の心を奪われた私たちは、ドキドキしながら、うさんくさそうなトラックに近づいていった。


  おい、兄ちゃん、買っていけよ。うまいぞ。ヒヒヒ。


  食べられるように切ってやろうか。ヒヒヒ。
  

 オジサンは吸いかけのタバコを灰皿に押し付けると、包丁差しからナイフを引き抜いた。ナイフの腹は本来の面影を残さないくらい細くなっていて、黒光りする鋭利な反射の中に、磨き続けた職人の技術の集約を見た気がした。

 表面の皮が取り除かれると、果物はナイフの動きに合わせてサクサクと切り裂かれていった。作業は熟練の手のうちで瞬く間に終了した。静脈の浮き出る黒くてゴツゴツした手から、四つに分割されたうちの一つを受け取ると、ポケットにあった50元玉と引き換えた。

 紫色に近いような赤の中には、黒い種がつぶつぶのと食い込んでいて、切りあとからにじみ出た汁が、表面に怪しい光を反射している。シャリシャリした果肉のあいだから、ちょっとすっぱい水があふれ出して、舌の奥に媚び過ぎない甘さを残した。素朴のような味わいはフルーツというよりはむしろ野菜に近い。派手に見えた色ほど味に華やかさはなく、すっきりとした口当たりはインパクトが小さい代わりに、日常的に食べ続けていくことができる健康的な食品であることを印象付けた。名前をドラゴンフルーツという。サボテンの果実である。外皮が龍のウロコに似ていることから一般的な呼称として定着しつつある。

 白かったTシャツの、腹のあたりの出っ張り部分には、と、赤を少し薄くした点が無数にできていた。新しい模様が入ったTシャツを着て、集集古街を散歩した。次の列車が到着するまでの暇つぶしだった。
 
 途中、入り口にバナナを並べた小さなお店があった。赤い敷物の台の上には、小さいもの、大きいもの、緑色のもの、黄色いもの、いろいろな種類のバナナが置かれている。小さくて黄色いものは長い期間をおかないでも、もしかしたら今日のうちに食べ切れる分量に思えた。バナナは秤に乗せられ、ビニール袋にくるまれた。台湾でよく見かける透明の地に赤いストライプのあるビニール袋だった。

 駅舎に戻りベンチに腰掛ける。ビニール袋からバナナを取り出して、房から一本をもぎ取った。甘かった。親指を少し大きくしたくらいの小さなバナナだった。表面には茶色の斑点がある。天井のスピーカーから列車の到着を告げる放送が聞こえたので、残りのバナナをザックに放り込み、ホームに向かった。


ドラゴンになったサボテン



ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

  1. 南投
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

にちようびは高雄の曜日

2012/8/20 高雄

 友人は思い出したかのように今まで来た道を引き返した。是非見せたい場所があると言う。自分は是非行きたいと思った。

 今日は高雄で過ごす最後の日だった。夜の新幹線で台北に戻ることになっている。高雄に少しでも長く留まっていられるのであれば、それは喜んで受け入れたい提案であった。

 車が停まったのは西子灣という海が見える防波堤だった。駐車場の向こうには国立中山大学と書かれたレンガ色の門が建っている。周辺は公園のように整備されていて、歩道に囲まれるように芝生が広がっていた。芝生に生えるの椰子の木は夕日の風に合わせて揺れていた。

 散歩する老人やランニング姿の若い男女、ボール遊びをしている子供たち、石造りのベンチで会話をしている夫婦、ただずっと海を見続けるおじさん。公園に憩う人々はみな自分だけの空間を持っていて、自分たちだけの時間を、自分が一番好きな形で謳歌しているようだった。そこには、日曜日が終わる頃によくやってくるあの、自由な時間が終わってしまうことに対する、鬱々とした絶望のどん底のような空気が、これっぽっちも漂っていなかった。(あとで知ったことであるが、この日は月曜日であった。台湾にいるときはどういう作用が働くのであろうか、毎日が日曜日であると、私は無意識に思ってしまっているようだ)

 暑く青い空が次第に影の部分を含んでくると、太陽は遠くに薄れてきて、黄昏の色が顔を見せはじめた。柵の上に腕をのせて遠くの海を見た。貨物船がひとつ、沖の向こうで大きな船体をゆっくりと旋廻して、方向を定めるとだんだん小さくなって、そのうちに見えなくなった。防波堤のずっと先に見えていた灯台にポツンと明かりが灯った。灯台は黄色の点を大きくしたり小さくしたりしながら、赤みがかる背景の中にどっぷりと混ざり込んでいった。

 海からの夕日が反射して、後ろの椰子にオレンジ色の光を映していた。そのすぐ隣にはオレンジ色に染まった親子がいた。おじいさんがおばあさんとオレンジ色の服を着ていた。子供がカメラをおもちゃにオレンジ色の顔をして夕日を撮っていた。散歩したり、語り合ったり、走ったりしていた人たちが、みんなオレンジだった。辺り一面が、西子灣の公園全体が、たぶん世界の全部がオレンジ色に違いなかった。

 海の向こうからときおり風が吹いてくる。潮の匂いを含んだ、肌にべたつくような、真夏の夕暮れの生暖かい風。私はふと、ほんの少し前まで、台湾は今みたいな自由な国ではなかったことを思い出した。自由の意思のままに生きられない時代が、先の見えない闇のなかで、人々の心の中にどっしりと陰鬱な空気を覆い被せていた。そんな暗い時代が、つい20年と数年ほど前まで続いてきたことを本を読んで知った。

 自由の風に吹かれながら、海の向こうにきっと広がっているだろう世界のことを考えた。そこには島があるのか、大陸があるのか。そして、自由があるのか。

 心地よい風が頭のてっぺんから足の先までふわふわと包み込んでいる。友人は何も言わず私が海を見終えるのをゆっくりと待っていた。歩道にいる子供たちが遊んでいたボールがころころと転がりだして足もとにとまった。ボールを拾い上げる腕の時計には、新幹線の時刻が間近であることを示していた。


日曜日は高雄の曜日



ブログランキング・にほんブログ村へ
台湾ちんほうちゃ日記

  1. 高雄
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

いろんな場所にいきました。

台北 (10)
基隆 (2)
新北 (4)
新竹 (13)
苗栗 (3)
台中 (7)
彰化 (4)
鹿港 (2)
南投 (5)
日月潭 (3)
嘉義 (4)
台南 (10)
高雄 (11)
屏東 (4)
墾丁 (4)
小琉球 (2)
宜蘭 (10)
花蓮 (10)
太魯閣 (2)
台東 (11)
台湾日記 (1)

ぶろぐ村です。

facebookもやっています。

Twitterはじめました。

メッセージはこちらから☆

mvcos.infini@gmail.com

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR