台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

サンゴに生えたみどりやま

 2012/6/23 小琉球

 東港渡船頭の港から船に乗って小琉球に向かった。小琉球は屏東県に属する離島でなんだか沖縄みたいな名前である。周囲が12~13キロのサンゴ礁で隆起した小さな島であった。

 30分くらいゆらりゆられて対岸に着いた。船から降りるとコンクリートの地面から太陽の熱がまぶしいくらいに跳ね返った。友人がバイク屋さんにレンタル料金を聞いている。一台のバイクが選ばれて僕は友人の後ろにまたがった。同じ船に乗ってきた人たちもレンタバイクで走っている。ヘルメットは自分も含めて誰もかぶっていない。過剰な交通ルールはこの島に必要ないのだ。
 
 山豬溝と書かれた案内板のすぐ隣に緑におおわれた木の階段がぽっかりと口をひらいているのが目に入った。山豬溝とあっていかにも猪がでてきそうである。階段は山の奥まで続いているようで、木や草に飲み込まれていくみたいに、そこだけ黒い穴を空けてたたずんでいるのであった。

 山豬溝は島のやや西に位置し、手元のパンフレットにはサンゴ礁石灰石植群の代表的な地帯とある。まあ言ってみればサンゴ礁からできたに木など多くの植物が生えまくっているということなのである。

 階段は山の中をうねうねと曲がりくねるように続いていた。平らになっているところもあって、ときどき休憩するためのベンチが置かれている。道の両側にはむきだしになった地層が壁のように迫っていて、その壁に沿って木の根っこのようなツタのようなものがにょろにょろと這い回っている。よく見ると木が触手なようなものを伸ばしていて、自分で自分の本体を縛りつけているような部分もある。自虐的なのか成長を誤ったのかどちらともつかないようなそんなヘンな木がいたるところに生えていて、山の蒸し暑さとからまってそのときは自分の頭がヘンなったのだと思っていたけれど、あとで調べてみたらそれはガジュマルの木であることが分かった。

 水をいっぱいに吸いこんだ空気が体にべったりと集まって表面から汗といっしょに流れている。台風はこの数日で去ったばかりであった。地面はところどころでぬかるんでいて、歩道の溝のあたりには自分の進む方向に逆らうようにして雨水が流れていた。気がついたら木の隙間からこぼれ落ちる太陽の光が少なくなり、足元もだんだんと薄暗くなってきた。小さく見える空から入道雲が灰色の顔をしてうごめいているのが見えた。ぽたぽたと葉をたたくような音がしたかと思うと、次第にそれは大きな音になって、ついに山全体がバアーと低いうなり声をあげて大雨になった。

 良いことに木の葉が天然の傘になった。雨がやむまでその場でじっと耐えていると、耳の裏のほうからプーンという電子音がして、遺伝子がもつ記憶とでも言ったらいいのか、きっと生物がもつ本能のヒラメキのなかで、その音がとてつもなく不愉快きわまりないものであることを瞬間的に察知した。足をガシガシと地面にたたきつけてみたり、手をグルグルとまわしてみたりと、意味不明なたこ踊りをしてみたけれど、やっぱりそいつに食われた足や手のぶつぶつ膨らんだあたりをボリボリと爪でかきむしった。雨のなかで身動きができないことを分かっていながら執拗に追いかけまわすとはなんとも卑劣な奴である。

 それを見ていた友人がチューブ入りのムヒをくれた。日本のムヒだった。カタカナでムヒと書いてあるのだ。指にとって患部になすりつけてみたが、皮膚はすっかり汗でコーティングされているみたいな感じになっていて、白いクリームはぬるぬるすべって皮膚になかなかなじんでいかない。まとわりつく蚊を必死に追っ払いながら、大降りだった雨はやがて小雨になり、次の瞬間には木と植物の緑が太陽の光を白く跳ね返して、それは鮮烈な光景だった。晴れ上がってみるとが嘘のような本当の生きたになっていて、暑さがまたもとのように熱くぶり返してきた。

 途中の案内板には矢印で觀海平台110公尺15分鐘と示されている。きっとこの先を行けば海が見えるに違いなかった。熱さでもうろうとしながら先を進んだ。


サンゴに生えたみどりやま



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あまい豆腐に気をつけろ!

 パンパンにふくらんだ腹をぶら下げて、いつものようにバカみたいな顔をして歩いていると、白いトウフに黒いタピオカの豆花の店が目の前で口を開いていたので、もうお腹がいっぱいで食べられないんだけど誰かがあまいものはベツバラとか言っていたなあ、とかなんとか思いつくかぎりの言い訳をあれこれ考えてみたりして、しかもその言い訳が妙に的を得ていたものだったから、腹は減っていないんだけどそういうことであればまあしょうがないなあと観念して食べていくことにしたんである。

 あまい汁の中にぷかぷかと浮かぶ豆花は、よくプリンのようなスイーツと表現されているみたいだけれど、トウフそのものに関していうとたいていショウユときざみネギカツオブシなんかを載せて、おまけにすりおろしショウガなんかも添えて、ワカメといっしょに味噌汁とかにも入れちゃったりしているあの豆腐においあじかたちもまったく同類のシロモノなので、はじめて食べたときのオレはあまい豆腐という今まで経験したことのないただならぬ違和感に衝撃を受け、そのなんとも形容しようのない良いとも悪いとも美味いとも不味いとも判別できない煮え切らないような余韻のなかにただぼんやりとした輪郭を残すのみなのであった。

 それでも友達といっしょに何度か食べているうちにあまい豆腐にたいする耐性というか免疫というかなにやらそんなものができあがってきたようで、それどころかむしろその違和感ありありの不思議な魅力にまんまとハマってしまったのか、日本にいてもことあるごとにモヤモヤとした白くてあまい幻覚に悩まされるようになり、台湾の路上に豆花という文字が目に入ろうものならばまるでパブロフのイヌのごときよだれを垂らして、周辺いきかう台湾善良市民の前にあやしいニホンジンの醜態をさらけだす事態にまでに発展してしまったのである。

 宜蘭の街角でも王品豆花という豆花の店があったのでオレは当然のごとく入店し、大きな水槽のような鍋の前で注文を受けている姉ちゃんにあなたニホンジンですかと聞かれて、すると店のなかにいた客や外を歩いていた一般人までもが好奇の眼でこっちを見るので、ちょっと恥ずかしいような嬉しいよう安心するようなオレってもしかしたらモテるじゃないのかハッハッハ~とますますあやしいニホンジンになりかけてきたところに氷入りの豆花のお皿が運ばれてきたのでもうそれどころではなくなったのである。7月は日本にいても台湾にいても暑いものはやっぱり暑いので、店の姉ちゃんに勧められるままに氷が入った豆花を選んだのだ。

 ねずみ色をした雲の隙間から雨が降りはじめているところに、同じようにジメジメしみったれたひとりの観光客風の男が店にやって来たという図だったんだけれど、その一方で店の中は客も店員もみんなニコニコ顔でオレを見たり聞いたり話したりするもんだから、その明るく陽気な雰囲気のなかに違和感というかむしろとてつもないくらいの居心地のよさを感じて、しかしそれははじめて出会ったときの豆花の妙な味の違和感となんだか共通しているようなしていないような気がして、変に親近感がわいてくるのであった。涼しい豆花と人々の温かい心で、オレの腹はそれだけでじゅうぶんに満ち足りた気分になってしまったのである。

 勘定をして外に出るとさっきよりも風が強くなっているように思えた。この日は台湾の東北部、すなわち今いる宜蘭の一帯に猛烈な台風が上陸することになっていて、夜になると極端な大風と大雨にありとあらゆるものが破壊され吹き飛ばされてしまった日でもあった。

2013年7月12日 台風しのび寄る宜蘭で

豆腐のようなトーフ


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走れ遅刻の淡水線

 2012/7/6 台北

 遅刻すると分かっている淡水線に乗って淡水に向かっている。台北市を縦横に走るMRTは、タテとヨコだけでなく、斜め左下とか斜め右上とか、路線もたまにつぎはぎされたりして今でも複雑化を続けている、まあ言ってみれば東京の地下鉄みたいなものである。

 この日は淡水で友達と会う約束をしていたんだけど、どこでどう時間を読み間違えてしまったのか、もしくはタイワンジカンの洗礼を受けてしまったのか、MRTの大坪林駅に着いた頃には予定した時刻を1時間も遅れてしまっていた。友達とは夕方あたりに落ち合う約束をしていて、僕の飛行機の到着時間を考えても、友達の仕事の終わり時間を考えても、夕方というのは一番ふさわしい時間帯であった。

 電車はどんなに頑張っても定刻より早く着くことはできないことを知っていながら、早く走れ早く着けコノヤローとひとり頭の中で無駄に突っ走っていたけれど、その思いとは対照的に車内にはのんびりまったりの人々の顔があって、ただひたすらスマホを見つめている人、いきなり携帯で話しはじめる人、日本のマンガコミックスを読んでいる人、年配者を見るとサッと席を譲る人、みんなそれぞれ自分の好きな方向を向いているようで、お互いに気兼ねすることのない、どこか明るく自由な空気に、妙な居心地のよさを感じていた。

 中正紀念堂站という駅で新店線から淡水線に乗り換えることになっているんだけど、僕が乗っている車両は淡水線への直通運転を実施していたので、そのまま乗り続けてよいものだった。路線図で見る淡水線は、縦に走る赤色の線である。中正紀念堂の駅からどれくらいで淡水に着くのか、残りの駅を数えてみたら10以上もあったので、友達には後でめいっぱい叱ってもらうことを引き換えにして、遅刻の問題はしばらくのあいだ頭の奥に沈めておくことにした。

 車内は冷房が効いて実に気持ちがいい。台北車站というMRT路線の十字ど真ん中の駅に着くと、それまでつり革につかまっていた人、座っていた人たちがドドドッと降りていった。それと入れ違うようにして、降りていった人と同じくらいの人がまたドドドっと乗り込んできたもんだから、のんびりまったりした雰囲気はその後も変わることなく続いていった。

 そんなとき、ふと目の前の座席が空いたので腰を下ろした。緑と青を混ぜ合せたような色の、プラスチックの椅子は、ヒンヤリとしていい気持ちだ。

 電車は相変わらずの停車発車を繰り返してんだけれど、それまで意識していなかった車内アナウンスのなかに、変にはっきりと耳に入る言葉があった。僕は台湾語も中国語もリスニング力はほとんどないに等しい男なので、キホン、車内アナウンスは聞き流すほうなのであるが、ある一つの単語だけが耳について、そして気になった。それが駅名であることはなんとなく想像がつくものの、どうやらソムリエと言っているようなのである。ワインでも運んできてくれるのだろうかといろいろと期待してみたんだけど、ソムリエは一向にやってくる気配はない。ドアの上の電光掲示板にはただ雙連站と表示されているだけで、ドアが閉まったら電車は発車してしまった。

 それからすぐに民權西路站に着いた。台北から東京に帰るとき、たいていここからタクシーに乗る。羽田空港とを結んでいる松山空港へは、道路一本で到着する、簡単便利快適街道があるのだった。

 電車は地下を抜けて地上にあがった。圓山站である。台北で泊まるホテルはいつも圓山にある。ベントリーパークスイーツは、一泊がだいたい2,000元(6,000円くらい)なので、決して安いホテルにはならないけれど、ここにはどうしても泊まりたいと思う理由があった。各部屋のベランダには乾燥機付き洗濯機が置いてあり、洗剤も新しいものが毎日部屋に届けられる。これがまた便利なシロモノで、夜に洗濯物を放り込んでおけば、朝にはパリッと乾いて新品同様のものができあがる。いつも先のことを考えて行動しない僕は、はじめて台湾に来たとき着替えを持ってこなかったのであるが、この洗濯機のおかげで、安心清潔快適な5泊を、下着も含めて上と下それぞれ一着の服で過ごすことができたんである。もちろん洗濯している夜は素っ裸で、部屋中をフルチンで歩き回る。夏は涼しくて快適だ。それでも来る日も来る日も同じ服を着ているもんだから、行きつけのお茶屋さんには好奇な目で見られたし、毎朝のように顔を合せる警備のおっちゃんはいつもニコニコ顔で愛想ふりまいていたけれど、心の中ではきっと不潔なニホンジンだと思っていたに違いない。だからたとえ洗濯をしているといっても、毎日同じTシャツを着るという行為は、生半可な覚悟じゃ難しいんだなあ、きっと。

 電車はだいぶ進んで、北投站のあたりから車内の人の数がまばらになってきた。窓から見るホームは広くて、日が差し込んでいて、開放的な気分だった。太陽の光も次第に弱まり、夕方もずいぶん近づいている様子だった。

 それからの車窓には、大きな河が電車と平行に流れ、その反対側にはできたばかりのマンションが並んでいた。ここから台北の市街に通勤するとしたら、なかなか快適でオシャレな暮らしができそうである。

 電車は定刻どおりに淡水に着いたので、予定どおり友達との待ち合わせ時刻に遅刻した。大坪林駅から淡水駅まで1時間あまりの旅だったので、やっぱり1時間あまり遅刻した。
 
 約束の場所に着くまで、僕は遅刻した言い訳をああでもないこうでもないといろいろ考えていた。待ちくたびれているはずの友達はまったく気にしている様子はなく、むしろ寛容のまなざしで、時間にルーズな、この哀れなニホンジン観光客を温かい目で見つめていた。友達からお土産にと手渡された阿里山烏龍茶の紙袋に、赤くなりはじめた淡水の夕日がうっすらと反射した。


走れ遅刻の淡水線



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青い海の再訪記

 2013/7/15 花蓮

 花蓮で知り合ったばかりの姉ちゃんが、僕に、自分が運転するバイクの後ろのシートに乗るよう言っている。僕の知っている限りの、バイク二人乗りの図というのは、両腕をわっかにして運転手の胴体に抱きつく体勢というイメージがある。身体に密着するような姿勢を、僕が、この姉ちゃんに対して行ってもいいのだろうか。。。

 そういえば!と、ここで僕はちょっと変なことを思い出した。台湾人は日本人男性に対してスケベという強烈な印象を持っているという。何かの本で読んだことがあった。

 そんな懸念もあったので、僕はどうしたもんかとその場でモジモジしていたんだけれど、乗れと言われて乗らないわけにもいかないので、スケベだと思われないように気をつけながら、姉ちゃんからなるべく離れるようにして、シート後ろのスレスレの位置に、尻を突き出すような格好でまたがった。

 ここで姉ちゃんの身体にガッツリとしがみきでもしたら、やっぱり日本人男スケベ説は本当のことだった、なんてことになってしまうんだろうか。置き場のない両手をぶら下げていろんなことを想像していると、尻の後ろの方でなにやら金属質のような感触があった。振り返ると荷物を括り付けるリアキャリアだった。

 もしかしたら、この金属の出っ張りに手のひらを固定しておけば、少なくともバイクから振り落とされるリスクは減るだろうし、何よりも手のあやしい動きも封じられるので、日本人男スケベ説は発現することなしに済ませられるかもしれない。ホッと胸を撫で下ろしたところで、バイクはビーといって加速した。

 バイクは無慈悲にも加速、減速、右折、左折を繰り返し、そのたびに、僕の上半身はおきあがりこぼしのようにゆらんゆらんと上下左右に運動した。それでもニンゲンの適応力というのはおそろしいもので、暴れバイクの気まぐれ重力移動に体がバランスを失うと、両手のひら一点にからだ中の全ての意識が集約されて、尻をうまいぐあいに座席と一体化させるテクニックが身についてくる。最後のほうになると、手のひらに込めるべき力の量を、1から5までの5段階に無意識のうちに調整できるようになっていて、握力の無駄な消費を抑えてエコで快適なドライブができるまでに至った。

 大きな交差点で信号待ちをしながら、熱くなった手のひらを休憩させていると、頭のすぐ上を戦闘機が通り過ぎて、ごうごうという音といっしょに気持ちのいい大風を吹きつけていった。花蓮の街を風を切って駆け巡るという体験は、普段の生活ではなかなか味わえないものがあった。新鮮わくわくするような、そしてどこか懐かしい空気を、僕はからだいっぱいに受けとめていた。

 バイクは美崙工業団地を走り抜け、花蓮師範学院を通り過ぎた。車の数が少なくなるにつれて、空はだんだんと大きく見えるようになってきた。大きな石造りの案内板には七星潭風景區と書かれている。海岸は遠くから緩やかなカーブを描いて、湾には青い青い海が広がった。海も青かったけど、それ以上に空が青かった。

 同じ場所は昨年にも訪れている。その日はくもりだったので空は今日みたいに青くなかった。それでも海は青かった。民宿から自転車を借りてひとりで走り出した。南濱公園を抜けて、花蓮港の風に涼み、建設現場みたいなところで迷子になった。寄り道ばかりしていたので花蓮の中心街から七星潭に到着するまで1時間以上かかったと思う。途中に日本時代のものと思われる神社の鳥居があって、そこで日本語を話すおじいさんに会った。おじいさんは今も元気でいるだろうか。

 目の前いっぱいに広がる青い海に、だんだんと夕暮れの顔が近づいていた。既に肉粽(にくちまき)の消化を終えた僕の胃袋にも、腹ペコの時間が近づいていた。


青い空と青い海



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友達のともだちは哈花族

 2013/7/15 花蓮

そうか、花蓮に行くんだね!花蓮には私の友人がいるんだ。君さえよければ彼に案内するように伝えておいてあげよう。

 宜蘭のホテルの受付で仲良しになった兄ちゃんに、これからどこ行くのと聞かれたもんだから、花蓮に行くと答えてみると、花蓮の友人を紹介してあげると言うのだ。

 旅行の計画を立てるのが大の苦手な僕は、当然のように花蓮に行って何をするかなんて決めていない。もしかしたら、何もしないでホテルと食い物屋を往復するだけの日々も叙情があっていいなあ、と空想しているくらいの体たらくだった。

 いつもそんな感じの行き当たりばったり適当イイカゲンこの際どうにでもなれコノヤロー的な旅行なもんだから、兄ちゃんのココロ温まる提案を断る理由なんて見つかるはずがない。ふたつ返事ですんなりOKした。

 宜蘭駅で自強号という台湾鐵道の特急に乗ってから、1時間と10分くらい窓の外をぼんやり眺めていると花蓮駅に着いた。タクシーで向かうのは馨憶精緻民宿という泊まるのは初めてではないけれど、漢字が難しすぎていまだに読み方が分からない名前のホテルだった。それでも日本人のおじさんが経営しているというので、リホウ(こんにちは)とチンホウチャ(とても美味しい)くらいしか台湾言葉をしらない自分にとっては、日本語が伝わるぶんとてもありがたいホテルなのである。

 一年ぶりに見るホテルは一年前と同じで綺麗に整頓されてとても感じがいい。おじさんも僕のことを覚えていてくれた。1泊の料金はシングルで1,100元(日本円でたぶん3,300円くらい)だから財布にも優しい。花蓮で長期に滞在するならいつもここだと思っている。

 友人からFacebookのメッセージがあったので階段を降りて表に出ると、防塵マスクに、日除けの長袖ジーンズ姿のライダーが目に入った。ヘルメットを外して現れたのは女の人だった。宜蘭の兄ちゃんが紹介すると言った友人は、なんと女性だったのである。

 台湾語も中国語もからっきしダメな僕は、用意してきたペンと付箋ではじめて会う姉ちゃんと筆談した。姉ちゃんは台北出身で今は花蓮に住んでいる。修学旅行で花蓮に遊びに来てからというもの、花蓮が好きで好きでしょうがなくなってしまった。台北は人が多いし空気が悪い。つまらないところだ。だから花蓮に住んで花蓮で会社をはじめるんだと教えてくれた。僕は哈花族なの?と冗談ぽく聞いてみた。哈日族(ハーリーズー)という言葉がある。これは日本大好きニンゲンという意味だ。僕は花蓮大好きニンゲンとかけて哈花族としゃれっぽく聞いてみたのである。姉ちゃんはニヤリと笑って對啊!(Yes!)と言った。

 ホテル周辺の街並みはこじんまりと整理されていて、宿屋をはじめ、民家や、洗濯屋さん、薬局食堂なんかがこじんまりと集まっていた。姉ちゃんの勧めで、僕らは近くの廟口紅茶という軽食屋さんで腹ごしらえすることにした。注文したのは肉粽(にくちまき)と豆乳だ。肉粽は、その名前のとおり米のなかから大きな肉の塊がゴロっと出てきて、これだけで夕飯になってしまうんじゃないかっていうくらいの食べ応えだった。

 飲みかけの豆乳を携えさあ出発だ!と勇んでみたところで、ふっと疑問がわきおこった。姉ちゃんが乗ってきたのは50ccの原付バイクを大きくしたような、やっぱり外見は原付なバイクであったし、僕は国際免許証を申請していなければ、台湾の交通事情にも精通していない。僕が後部座席に乗ることは必須だった。でも相手は女性だ。どうしたものかと思案している暇もなく、姉ちゃんは後ろを振り返り、座席の空いたスペースを指さして乗った乗ったとためらう様子もなく指示してきたのである。


哈花族



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赤帽おじさん忘れ物を伝えに来る

2014/1/2 日月潭

 船が着いたのは伊達邵という集落だった。船は日月潭のいくつかの港を結んでいるらしい。タクシーの運ちゃんはやっぱり待っていて、僕らが見えると手を振って合図をした。運ちゃんは一軒のお店に入り僕らも後ろに続いた。土地の民芸品などを扱っているお店で、原住民の衣装や置物、お茶などが所狭しに並んでいる。奥のカウンターにおばあちゃんがひとり座っていた。年輪の描かれた木のきりかぶの椅子に腰を下ろすと、目の前の小さな湯呑みにお茶が注がれた。透き通った茶色のお茶から静かな香りが立ち上った。すると突然、おばあちゃんが僕に日本語で話しかけてきた。

  日本から来たの。じゃあこれをあげるから持って帰って家族で食べなさい。身体にいいんだよ。 

 後ろの冷蔵庫から何かを取り出して僕に見せた。聞くと天然素材の健康的な食べ物らしい。突然のことでもあったし、僕はそもそも保存できる冷蔵庫なんて持ち歩いていなかったので、いいよとお断りをしたら、今度は酒を飲んでいけと言う。ラベルには小米酒と書かれている。原住民の酒である。別の湯飲みに注がれた小米酒をチビリチビリと舐めた。とろっと甘くて乳酸菌のような酸味がある。おばあちゃんはサオ族と言った。子供の時代に日本の教育を受けて育った。

 1時間後に運ちゃんと待ち合わせる約束をして皆と別れた。路地には食堂や露店、土産物屋が軒を連ねている。そのうちの一つに店先で肉を焼いているお店があった。鉄板に放り込まれたぶた肉、ねぎ、ニンニク、唐辛子から蒸気が飛んで、こっちにまでいいに匂いが近づいてくる。僕はぶた肉の鉄板焼きと、ついでに鉄板の上に吊るされている鶏肉炙りを注文した。どこかベンチに座ってゆっくり食べようと思った。

 ビニール袋のなかの熱が手のひらにじんと伝わってくる。船着場の近くにひさしのついた丁度よいベンチが見えたので、そちらに向かって歩いていると、後ろから声をかける人がある。振り返ると赤い帽子をかぶったおじさんが僕に何か言っているようだ。途中、どこかでゴミを捨ててしまって注意されているのかと思ったけれど、僕はゴミを捨てた覚えはない。うっかり赤信号を渡ってしまったのかとも考えてみたけれど、このあたりに信号機はない。僕はまともに台湾の言葉を勉強してこなかったので、何を言っているのか分からないのである。心当たりがないもんだから、自分は何も知らないと首を振って、やりとりを打ち切ってしまった。

 ベンチから眺める湖に正月のやわらかい太陽が反射して、寝そべった犬が気持ちよさそうにひなたぼっこをしている。飼い主は缶ビールを飲みながら仲間と笑いあっている。のんびりした埠頭のお昼の風景に、身も心もゆらゆらと同化しようとしはじめたとき、呼ばれる声で目を覚ました。声の主はさっきの赤い帽子のおじさんだった。おじさんは言葉が通じないもどかしさにやり場のない寂しさを漂わせながら、しかしその目には僕に何かを訴えたいという必死の気持ちが読み取れた。話している内容は相変わらず分からなかったけれど、おじさんの指は僕の持っている食べ物の袋と、僕がさっき来た方向を示していた。

 おじさんについていくと、そこは果たして、ぶた肉の鉄板焼き鶏肉炙りを買ったお店だった。店先のカウンターには持ち主のない袋がぽつんと置かれていて、僕は今になってやっと事の次第を理解したのである。注文したはずの鉄板焼きを持ち帰ってくるのを忘れていたのだ。今手にしているのは鶏肉炙りの袋それだけであった。赤い帽子のおじさんはホッとしたような顔つきになって、ニンマリ笑うと自分の持ち場に帰っていった。お店のおばちゃんは笑いながら鉄板焼きが入った袋を僕に渡した。

 あのとき、僕が行ってしまった後で、おばちゃんは注文を受けたはずの品がカウンターの上に忘れられていることに気がついた。しかし注文の多いお昼の時間である。料理から手を離すことはできない。困ったおばちゃんは、たまたま近くにいたおじさんに声をかけた。 「黒縁のメガネをかけて、くすんだ色のトレーナーを着た、腹がぽっこり出ている男を探してきておくれ」 と。

 おじさんはそれらしい男を見つけたものの、キョトン顔の男には何を言っても通じない。あげくに首を振られてしまったものだから、おじさんはがっかりと肩を落として、もう一度お店に戻り、細かい部分までを注意深く確認した。確信を得たおじさんは、今度こそと、再び僕を探し出して説明を試みたのである。僕は、申し訳ないと思う気持ちと、ありがたいと思う気持ちが入り混じって、しばらくのあいだ、胸の中にモヤモヤしたものがつかえたままだった。

 ベンチに戻り袋から箱を取り出してふたを開けた。ぶた肉ねぎニンニク唐辛子の鉄板焼きは、それぞれがほどよい塩味を染み込ませていて、肉には噛みごたえがあっていい感じに辛味が効いている。これはビールだ。パーツのひとつひとつが、完全にビールと結合する味を構成していた。僕はすぐにふたを閉じ箸を戻して袋にしまった。7-11はさっきのお店の通りで見ていた。台湾ビールの缶には二種類あって、そのうちの大きいほうを選んだ。三度目に腰を下ろしたベンチの上で、プルタブを開ける音がぷちんと鳴った。犬がしっぽを振ってこっちを見ている。


Sun Lake Moon Lake Ⅱ



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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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