台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

さまよえる前進

 遠くにゆるやかにうねる山々や、みどり豊かな田園の風景を走る車のなかで、ハンドルを握る張さんへの疑問が、ほとんど無思考な頭の隅にぐったりとくっついたまま離れないでいた。その疑問というのは、張さんには何か別のところに本当の目的があるのではないか、といった疑惑や懐疑に近いものであった。
 
 張さんは私が泊まっているビジネスホテルに勤務している。もちろんホテルに観光ガイドというサービスも、またそれを目的に宿泊する客もいない。しかしこうして、一介の通りすがりのひとり旅行者に過ぎない私を、自分の車に乗せて、宜蘭の観光地、とりわけ風光明媚でいわゆる隠れた観光地といったようなところに案内している、という展開になっている。
 
 純粋に旅行客を楽しませてやりたいというただの親切心からきているものなのか、後になって宿泊費とは別に高額なサービス料をせしめようとしているのか、また何やらただならぬ自身の趣味嗜好の餌食に引きずり込もうとしているのか、どちらなのかも分からなかった。

 車は、ここが勝手知ったる土地であるかのように、さらに森の奥へ、かろやかに、そしてこきざみにずんずんと進んで行った。
 
 お互い言葉が通じないことが分かっているせいか、どちらからも声は上がらなかった。私は、ときおり窓の外を眺めては、ガイドブックの地図に目を落としたりしていた。

 道はいつの間にかアスファルトから砂利の道に変わっていた。両脇に背の高い尖った草が壁のように迫っているなかを、カーブを描くように道なりに進んでいくと、いきなり空がぽっかりと口をあけて、ひときわ広い車だまりの場所にでた。車は一台もなく、張さんは駐車スペースの真ん中あたりに車を停めた。

 そこは、まだ少し朝露にけむる湖が広がっていた。

 夏の朝の清々とした空の下に、ジグザクのような機械的な形状をした赤い橋が架かっているのが見えた。ときおり天空のそれと呼応するようにして、水面をころがるように小さな風のかたまりが走っている。森の茂みの向こうからは、野鳥の高い澄んだ声が聞こえてくる。

 湖を囲む歩道の至るところで倒木が立ちふさがっていた。一昨日の台風の置き土産だ。湖面の近くの岸からゴボゴボとものすごい濁音をあげて、たくさんの泡を含んだ水が木の歩道の一部を持ち上げるように噴き出しているところがあった。「しゃおしん(小心)」と私の先を歩く張さんから気をつけるようにと声がかけられた。

 湖のほとりはちょっとした広場になっていて、瓦屋根の下に望龍亭と書いた木札を垂らした小さな円形状の休憩所があった。私は張さんに促されるようにしてベンチに腰かけた。

 張さんはどこから買ってきたのか、ビニール袋のなかから二人分のサンドイッチと豆乳を取り出して、その一人分を私の座っているベンチの近くに置いた。そして片言の英語で「ここは宜蘭のなかで私のお気に入りの場所なんだ」と言った。FACEBOOKのチェックイン機能で位置情報をサーチすると、宜蘭望龍碑の地名が検出された。それは員山鄉の枕山村にある。スマートフォンの表示画面を張さんに向けると、張さんは静かに頷いた。張さんの表情の真ん中には、屈託のない笑顔があった。

 水辺のあたりに、少し茶色がかった体毛のガチョウが何羽かあつまって、グワッグワッとくちばしで羽づくろいをしているのが見えた。
 
***宜蘭~清々しい早朝の湖で***

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旅の蓄積

  宜蘭のホテルで知り合った受付の兄ちゃんは張さんと言った。この世の終わりを思わせるほどの昨晩の怒り狂った台風のおかげで部屋の床いちめんに大きな水溜りができてしまったことや、朝起きて部屋のテレビが映らなくなったことなんかを言ったりしているうちに次第に会話をするようになった。張さんはカウンター上のテレビを見上げて「こうなったらよう、もうお手上げなんだよう」と欧米人がよくやるように両手を逆ハの字に広げて、ザァーザァーと砂嵐を散らすだけの画面を空しく見つめていた。
 
 私は今夜も一泊するつもりでいたので、明日から着る衣類を洗濯しようと、張さんにコインランドリーの場所を聞いてホテルを出た。

 外は曇っていて上空にはまだら模様をした雲の濃淡がくっきりと残っていたが、凶悪だった昨晩の台風は、その後台北に上陸し、明け方には北の方角に抜けていったようで、道路はヌルイ湿り気のある風の残骸がただ静かに流れているだけだった。

 コインランドリーは目印にするにはひときわ分かりやすい宜蘭縣中山公園の通りのすぐ近くにあったので、張さんが即席で書いてくれた地図を確認するまでもなく簡単に見つけることができた。

 洗濯物の分量から乾燥するまでに早くても1時間半はかかりそうだったのでそれまでのあいだ近くを散歩することにした。

 公園の入口に人の姿はなく、中山公園と朱色で掘り抜かれた石碑が、くたびれたようにひっそりと佇んでいた。

 昨晩の台風で園内はかなり荒らされていて、あたりいちめんに木の枝や植物、そしていったいどうしたらここまでトンでこられるのか電気鍋がドロまみれになって転がっていたので、しばらく思考が停止してしまった。近づいてみると赤い体面にTATUNGの印がある。大同電鍋と言う台湾製のいわゆる万能鍋で、台湾では一家に一台かならず置いてあると言われている。そうすると台湾飯の大半はこの装置から作られているということになるんだなあと思考が停止している頭で考えた。
 
 そこらじゅうのありとあらゆる“モノ”たちがじゅうたんのように堆積した歩道をボリボリと歩いていると、一台の軽トラックが歩道に乗り上げるようにして停車していた。荷台には風でなぎ倒された木が半分ほど載せられていて、タオルのハチマキに麦藁帽子をかぶった作業服姿のオジサンが、トラックの荷台にもたれかかるようにして一服していた。

 台湾では台風で観光バスが横転することもめずらしくないと聞いていたが、実際に幹の真ん中からバキリとへし折られた木を目の当たりにすると、バスが倒れることも、電気釜がトンでくることもめずらしいことではないんだなあとひとり感心した。

 私は比較的夏場に台湾に来ることが多いため、台風に出くわす機会もそのぶん多くなる。今回も松山空港に降り立つや否や、台風の襲来と鉢合わせになってしまった。しょっぱなから旅の足止めを食らうかたちになったわけであるが、この後の旅程のことを考えたりして深刻にならない自分がなんだかヘンにおかしかった。

 短パンのポケットに入れてあるスマホからメッセージを受信する音楽が鳴った。東京ではスマホをいつもマナーモードにしているくせに、台湾にいるとどういうわけか音を鳴らしても平気で、それが地下鉄の車内であっても、店の中であっても気にしなくなれる自分もなんだかおかしかった。

 メッセージは宜蘭に住む友人からで「今日もしも暇なら一緒にタイヤル族の村に行ってそこで飯でも食べないか」という内容だった。暇どころか元来より目的も予定も希望もない無気力無思考自堕落な旅なので、友人からの誘いは願ってもないものだった。こういった突発的であるけれども小さな事象の積み重ねが、予定外の台風に翻弄されながらも、結局のところ最後にはいい旅だったなあ、という思い出を蓄積する結果になってしまうんだな、とまたひとり静かにうなずいた。

 空を見上げると遠くの雲の切れ目からくっきりと青い空が急速にその範囲を広げ、同時にそれはこれから始まるビックリ箱のようでいて、そしていたってフツーないつもの旅の幕開けを予感していた。

***嵐の去った宜蘭で***


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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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