台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

台南の飛虎将軍

 締めつけられていた東京から飛びだし、台北の松山に降りたち、そのまま高鉄を走って、台南まで一気に駆けぬける。途中、台鉄の扉に滑りこみ、切符を改札に投げつけ、弁当屋の勧誘を振りきり、歩道のイヌ蹴とばし、予約していたホテルにチェックインした。羽田からここまで5時間半。すべては“逃げ”だった。

 人は人をいとも簡単に壊してしまうことができる、という現実を知った。どういう運命のめぐり合わせか、いわゆる組織的枠組の中で、とんでもない人物と関わってしまった。それを排除し決別するまでの半年もの間、喜びと怒りと哀しみと楽しみ、といった人間の基本的な感情をすべて抑え込み、ただ生きることだけに執着することで、かろうじて正気を維持してきた。

 台湾SIMを差し込んだスマホは、ウィンと鳴って、まるで生気を取り戻したかのようにぷちぷちと台湾電話局の電波をひろい交信しはじめた。
 
 部屋に荷物をほうり投げてすぐに、ホテルの受付で目的地への行き方を尋ねた。「行くのであれば今からあなたを車に乗せて行きますよ」綺麗な日本語が返ってきた。差し出された名刺には敦さんとあった。日升大飯店の支配人である。

 今から70年くらい前のこと。台南の上空で激しい戦闘があり、襲撃を受けて墜落する飛行機があった。飛行機は煙を上げながらも、機首を上げ続け、集落を避けるように畑の中に墜落した。遺体の軍靴には日本人の名前があった。もしも早い段階で飛行機を乗り捨てていれば飛行士の命は助かっていたはずだった。集落の人々は亡くなった飛行士のために小さな祠を建てた。祠はやがて建て替えられ、そして廟になった。

 台南行きに決めたのは、自分の命とひきかえに集落を守ったといわれる飛行士が祭られる飛虎将軍廟を訪れる目的があった。

 廟に入ると神像が3座置かれていた。中央が本尊で両脇の2座が分尊、いわゆる飛虎将軍の分身という話である。みようみまねで私は敦さんに続いて参詣した。台座から煙がもこもこ立ち上っている。よく見るとその煙は線香からではなく、タバコから発せられるものであった。タバコは3本供えてあった。

 どこからか流れてくる「君が代」の音色に混じって、背後から自分の名を呼ぶ声があった。こんなところに知り合いなんているわけがない。なにかの間違えと思っていたが、その声はふたたび私の名を呼んだ。確信をもって振り返ると、一瞬、思い出せないでいたが、その姿はすぐにシン君であることが分かった。

 シン君は台湾のfacebook友だちで実際に会うのは今日がはじめてであった。彼はよくお参りに来るのだと言った。とんでもない偶然もあるものなんだな。しばらくは驚きと喜びのため、次に続く言葉をつなげることができないでいた。まるでその部分だけを切り取ったように、二人分の時間と場所を結びつけるなにかの力が、なにかのきっかけで、たまたま偶然という形をとって現れたんだなと思ったりしてみた。

 シン君は、グリップに引っ掛けていたヘルメットをかぶり「短い時間しか会えなくてすみませんね。夕食を買って家に帰る途中なんだ。今度はちゃんと会う約束をしよう!」と言ってバイクをブインと飛ばした。私は敦さんの車に乗り込んだ。

***夕暮れ前の台南で***



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高台球飛翔の幻想

 台東縣鹿野高台行きのバスが、山線總站という台東市街のバスターミナルから午前の10時半に出ることがわかっていたから、朝から活気のある市場に近い飯屋ですこし遅めの朝めしを食べていた。アサリと野菜がのっかる麺で、店の愛想のいいおばちゃんともあいまって心なしか身体にやさしい味がした。

 バスターミナルにもどる途中にテイクアウトの軽食屋を見かけて、まだすこし胃袋に物足りなさを引きずっていた僕は、なんとなくパンを一つと店の看板商品らしい何がしかのお茶を買って、バスに乗り込んだ。
 
 バスは団体の観光客が集団で乗るような立派で大型なそれだったけれど、出発時間に近くなっても僕ひとりをおいて他に乗り込んで来る客は誰もいなかった。

 いちばん前の座席を選んだのは、どこで降りればいいかわからなくなったときに、すぐに運ちゃんに声をかけて確認することができるという過去の辛い経験則に基づくものであった。

 左の手すりから簡易テーブルを引っ張り、パンとお茶を置いてから、170元で買った縱谷鹿野線一日券の裏面のルートをあらためてみると、鹿野高台はルートの終点になっていた。とにかく何も考えずに乗っていればいつか確実に終点に停まるのであって、今回ばかりは降りるところを間違える、という事態にはならいことがほぼ約束された。
 
 完全にひとり貸し切り状態になった車内はたえず日本のポップソングが流れていた。以前もこんなシチュエーションがあったなと思って、パンをかじると中から勢いよく肉汁が飛びだしてきて、買ったパンはただのパンじゃなかったことにこのときはじめて気がついた。

 鹿野高台に到着したのは、もうお昼になりかかろうとしている頃だった。バスを降りてすぐ目の前が高台になっていて、いく人かの先客が斜面の先に広がる景色を眺めていた。

 ねずみ色の空の下に碁盤の目のような畑や村が広がって、その向こうに絵に描いたような山脈が続いている。日本でも見たことがあるような、どこか懐かしいような風景があった。

 ポツリポツリと雨が降りだしてきた。ザックから折り畳み傘をとりだし開いたついでに後ろを振り返ると、金色で福鹿山と書いた石碑が立ち、さらにその後ろには、飲食店のような土産物屋のような建物があったけれど、どちらにしても自分には用がないものだった。僕はそれまでバスが上ってきた坂道を戻るようにして下った。

 途中、ゆるやかに傾斜する芝生の一帯があった。ところどころ土肌の露出した運動場のような広がりは、ただ広いだけで、そのなかを歩いている人は誰もいなかった。雨露で湿った広大な芝生を横切り、その芝生を囲うように走るアスファルトの道路に出ると、ここにも土産物屋があった。軒先に、電球にしては人の顔ほども大きい電球の形をした色とりどりのちょうちんがぶら下がっていて、よく見るとそれは気球をデフォルメしたものらしいことがわかった。

 鹿野高台はとりわけ熱気球で有名なところで、毎年夏になるとおびただしい数の気球が集まる地であると知ったのは、日本に帰ってだいぶ経ってからのことであった。熱気球は6月から2か月の間だけという話だから、僕がいたのはちょうど閉幕したばかりの頃ということになる。

***台東鹿野の高台で***


鹿野高台





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きょうも道草くってます

 またやっちまった、と気がついた頃には、さっきまで乗ってきたバスは、下り坂のずっとずっと先のカーブの影に徐々に飲み込まれつつあるのであった。

 なんてことか。目的地の一つ手前で降りてしまった。このときの現実を見失ってしまったかのような不安な気持ちは、一瞬で具体的な不快な感情にかわり、またいつもそうであるかのように、たちまちのうちにあきらめの心持に落ち着いていくのであった。

 停留所の表示板を見上げると、次のバスは今から1時間と少し後でふたたびやってくることが分かった。停留所のすぐ近くに少し小高い緑の芝生地帯があって、ほぼ等身大といっていい姿カタチをした、牛のオブジェみたいなものが突っ立っていた。その白と黒のまだら模様の背中には、緑や青のペンキで初鹿牧場歡迎と案内板のように書かれてある。

 ここでバスを待っていても仕方がない。小雨が染みこんだ歩道に沿って、その牧場というところの中心に向かって歩いてみることにした。

 雨が降っているせいか、観光客と呼べるような人はほとんどいない。もっともこんな雨の日に牧場に好き好んでやって来るような人はいるわけがない。それでも今は夏休みのためか、たまに傘をさした親子連れが歩く姿があった。

 途中で、赤や青などの原色にペインティングされた牛が現れたりする。歩道から外れたところに牧場のような草原地帯が広がっていて、ここにも白と黒のいたってまともな牛から、原色きらきらモウやめてくれよと言わんばかりの牛までが、ところどころに転がっている。うーむと頷くしかない。
 
 さてこれからどうしたものかと考えていたところで雨脚が強くなってきた。道のちょうど突き当たりに、小さな土産物屋があり、その軒先に木のベンチがあるのが見えた。そこでしばらくやり過ごすことにした。
 
 ベンチに座り、ガイドブックで今いる場所を調べる。はじめから来る予定がなかったところだから、今から調べるのである。雨はザアザアと降っている。庇から跳ね返る雨のしぶきが、手もとのガイドブックのページにいくつか色の濃い部分をつくっていた。

 そんなとき、背後から、正確には土産物屋の入口の奥から、心地のいい音楽が流れていることに気がついた。歌詞の内容はわからなかったが、民族音楽のようである。少年少女が歌うその旋律は楽しく元気で躍動感があり、それなのにどこか哀愁を含んだメロディーが全体を包みこんでいるような、力強さと湿り気の入り混じったふしぎな音色をもっていた。

 店に入ってすぐのレジのところに太った兄ちゃんがいたので、今流れている音楽は何かと尋ねてみると、兄ちゃんはレジカウンターの下から、泰武國小古謠傳唱 歌開始的地方という題のCDを取り出した。兄ちゃんはそのCDについて何か説明をしてくれているようだったが、言葉が分からない私に対しては焼け石に水だったようでなんかだ申し訳ない気持ちになった。440元の値札があって、当時でだいたい1,300円くらいだった。ザックから財布を取り出し額面どおりの金額を渡したら、兄ちゃんはニッと笑って40元を戻してきた。
 
 店を出た頃は、大粒だった雨はふたたび霧状の小雨に変わっていた。土産物屋の近くにフードコートらしき建屋があり、広い店内の白い大きなテーブルには、ぽつりぽつりと散らばるように、何人かの客が食べたり飲んだりしていた。

 初鹿鮮乳という名の飲み物が、入口のカウンター上のメニューボードに、ひときわ大きく描かれていた。しぼりたての新鮮な牛乳が飲める、ということらしい。客たちはみんな、メニューにある簡易プラスチックの牛乳カップを持っていた。

 中学生くらいの頃まで頻繁に飲んでいた牛乳を、持て余した時間のなか久しぶりに口にしてみると、こうやって道草を食ってみるのも案外いいものだな、と過ぎ去った懐かしい日を思い出して思った。同時に、スマホの時刻から、あと10分後にやってくる来るバスのことも思い出した。それから、あと10分、あと10分と、頭のなかで何度も何度も反芻した。

***台東~雨の牧場で***


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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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