台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

台湾的旅遊的最後的一杯

 このところたて続けに台湾行きが集中して、とりわけ今年は一週間前後の滞在日数で、1月と、そこからややトンで5月、6月、7月と来て、8月の今日で最終日となった。1月をのぞいてもこれだけ毎月のように連続すると、さすがに自分がナニジンだかわからなくなった。台湾に来ても「台湾だ、台湾だ、タイワンダー!」といった感慨すらない。

 とくに観光にこだわっていたわけでもなかったので、最近ヘンにおもしろうまいと感じる豆花を食いまくるというのをやった。あれはやっぱりトーフだ。そう言うと「当たり前だトーフだ。文句あっか!」という意見がかえってきそうだが、トーフなのに「へ?デザート?」というヘンなやつなのだ。むかし豆腐屋にいくとよく水の中に角が四つある白いカタマリが沈んでいたのをみた覚えがあるが、あのトーフそのもの色・カタチ・味なのだ。ふだんは味噌汁にいれたり、ショーユをかけたり、寒いと湯豆腐になるようなヤツなのである。それがふだんあまり縁がなさそうな小豆とか落花生とかタピオカとかイモなんかといっしょになってあまいシロップにプカプカ浮いているのをみるともうなんだかわからなくなる。しかしそう思えるのははじめのうちだけで、食っていけば食っていくほどこれがあたりまえのスイーツでありデザートだったりする。

 食いまくると言ってもそんな毎日食べていては、飽きるだけだし、栄養学的なところで身体にもなにかしらの影響がないともかぎらないから、だいたい一日に、一杯から二杯くらいあたりがまあいい分量なんじゃないかということになった。

 台北龍潭豆花高雄紅豆豆花永昌冷凍芋彰化莊豆花湯圓嘉義奮起湖豆花阿娥豆花台南水缸豆花苗栗緑豆豆花宜蘭王品豆花と、店のなまえと豆花の種類がなんだかもうごちゃまぜになってしまったが、これらがこの一週間のコンダテだった。飛行機で最初に入るところが台北ならば最後に出るのも台北なので、最後の一杯はほぼ必然的に松山空港にちかい台北で食べることにきまった。

 そもそも旅の行程が時間どおりに進められたためしはなく、それよりか計画そのものがあったのかもわからないので、気がついたときに帰国の便まで2時間をきっていた。が、それもまあ計画の範囲であるといえばあるのだった。タクシーをとばせば空港まで十数分で着けるとはきいてはいたけれど、素人なんかに台北の交通事情はわかるはずもない。かといって空港で食べて終わるというのもいかにも味気ない気がしたから、できれば地元の人が日常的にあつまりそうないわゆる近所の豆花屋といった店で食べ終わりたかった。

 台北を走る地下鉄のMRTの民権西路站という駅のちかくに莊子茶という台北に来るといつも寄るお茶屋さんがあるのでそこで荷物をあずかってもらった。さてどこに行けば豆花が食えるのかということだが、とにかく大通りをあるいていけば、いつかきっとそれらしいものにぶつかるだろうと楽観的観測にたってあるいた。繁華街のようなところに来ればきっとあるはずである。

 とはいってはみたものの、実際に探すとなるとなかなかないものである。何人かのひとに声をかけてはみたが、店番のジイさんは首をふり、通りすがりの女学生は呼びかけすら気がつかない始末。もっとも自己流の台湾語中国語の発音がキチンと通じていないといった問題もないわけではない。

 手がかりもつかめぬまま雙連站まで来てしまった。民権西路站からMRTのひと駅分といったところである。それでも結局はなんとかなるもので、ちかくの八百屋で買い物をしていたおばちゃんに尋ねると「あっちだあっちだ」とアバウトであるがココロのこもった応対をしてくれたおかげでなんとか方向だけはつかむことができた。

 やっとのことでたどり着けたのは、豆花莊というまったくもって名前そのまんまのお店で、そこでイモと落花生と氷がはいった豆花を注文した。じっくり味わっている余裕なんてものはもはやなく、容器に口をつけるとトーフをイモと落花生もろともゴクゴクと飲みこんだ。トーフのゆるい感触がのどの隙間をポコポコとうごめきながら通り抜けていった。

 氷のいっき飲みによる頭痛が引くのを待って時計をみるとすでに出国の一時間前になっていた。これからひと駅ほど離れたお茶屋さんまで行って荷物をとったらすぐにタクシーをひろって空港に着いたら搭乗手続きをしなくちゃいけない。短い時間にもけっこうやることがあるもんだなとクルクルと忙しなく頭をかきまぜて走った。途中で、眠そうな犬がテーブルの上でノンキにあくびをしていたので、そこで思わず立ち止まってしまった。その気だるそうな感覚が、台北の夏の午後のやるせない空気に実によくなじんでいたからだ。

 「また来年な!」

 ぼくはまた走りはじめた。

***おそい午後、台北の路地で***

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  1. 台北
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Takao記念日

 店を出てさあこれから何をしようということになった。隆君は、ぼくが何をしたいのか、どこに行きたいのか知りたいようだった。ぼくは何をしようなんてまったく考えてこなかったし、そのうえ高雄は今日はじめて来たのだから、どこに何があるかなんて分からない。「うーん。うーん」とぼくがモゾモゾはじめると、隆君はなんだか困ったような顔になって、頬の内側あたりを「チッ」とならした。

 隆君は、どうやら物事が思いどおりにいかなかったり、もどかしいような局面にぶつかると、よく「チッ」と舌打ちをした。たとえばぼくに自分の言いたいことがなかなか伝えることができないと「チッ」。自分でもよく分からなくなってスマホなどで調べなくてはならなくなると「チッ」。はじめ怒っているのかと思っていたけれどどうやらそうでもないらしい。というのも、どうも台湾人はちょっと行き詰って考えごとをするようなときに、みんなほぼ慣習的に「チッ」とやる、ということがずっと後になって分かったからだ。

 隆君は急に思いだしたように「ズーペンがある」と言ってあるきだした。高雄駅は高雄車站と書いてあるけど、もうひとつ高雄車站と書いてある建物があって、こっちはなんだかどうも古い。なんでも1940年に建てられたもので、こっちが旧駅舎ということだった。隆君がズーペンと言ったのは、ズーペンは日本という意味だから、むかしの日本時代の建物に案内してくれたのだ。

 高雄には高雄車站のほかに高雄捷運という地下鉄もはしっていて、隆君とぼくはプラスチックでできた青いコイン型の切符を買って、それに乗った。地下の通路やホームはひろいうえに人がすくなくて快適快適と思っていたけれども、よく考えればそれは設備の規模にたいして利用客がすくないということになる。ぼくは、せっかくこんな便利なものなのに、ちゃんと利益をあげているのかいささか心配になってしまった。

 西子湾という海がちかくにありそうな駅で降りて、しばらく高雄の街並みを見物しながらあるいた。そしたらこんどは渡船頭海之冰というカキ氷屋さんがあったので、ぼくと隆君は、洗面器ほどの皿に盛られたバナナと抹茶のカキ氷をふたりして食べた。

 しかしどうにもこう落ち着かないのは、店の中の壁やテーブルの一面に、もうとにかくいろんなデカ文字チビ文字カオス絵による混合体が無慈悲に落書きされているからだった。とくに書き尽くされ過ぎてもうなすすべもないといった壁にいたっては「ワシ、こうみえて、むかし純白だったですねん」とでも言いたげに、乱舞する文字の向こうに前世の面影をかすかに残すくらいに衰退していた。隆君は「オレたちの出会いの記念に書くぞ!」と、どこから持ってきたのかいきなり青ペンをとりだした。前のひとのなまえに重ね書きすることは必然だったけれど、かろうじて自分のなまえが文字として判別できる程度に隆君とぼくは今日の日付となまえを食べ終えたテーブルのすぐちかくの壁に書き込んだ。

 店のなまえが渡船頭海之冰というだけあってちかくには船渡しならぬフェリー乗り場があった。その鼓山輪渡站に着くまで、どこかからグオングオンと地鳴りのような低い音がしているのに気がついた。それから猛獣のようなエンジン音がけたたましく響いたかと思うと、おびただしい数のオートバイのタイグンが、上からも下からも折り重なるようにしてブイブイと走ってきた。

 「なんだなんだ?!いったいなにがおこったんだ!!!」

 ぼくは隆君の背後でうろたえながら、オートバイのタイグンに追われるような格好で、いつのまにか排気ガスのまみれるフェリーのなかに乗り込んでいた。

***西子湾からフェリーへ***

隆君のこと




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  1. 高雄
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隆君のこと

 「オレのなまえは台湾人のなまえだけど日本人にもあるなまえなんだかんな!だからオレのことTakashiって呼んでくれよな!」

 東京と高雄をつないでいるSNSの向こうがわで、隆君は、どういうわけだか誇らしそうに、そしてすこし嬉しそうに話した。

 高雄駅についてから、ぼくは約束したとおりに、あたまに886をつけて隆君の携帯番号をおした。するとすぐに「ウェイ?」という聞きなれない言葉が太くて低い声とともにかえってきた。

 文字ではなく声で隆君と会話するのは今日がはじめてだった。

 そのあとも、お互いになんとかしゃべろうとするけれども、何を言っているのか、何が言いたいのかさっぱりわからない。高雄駅で会う、という約束まではしてきたけれど、高雄駅に来てみたらまったくもってちっとも話がすすまない。

 隆君が「ちょっと待ってろ」というような意味のことを言ったとおもったら、電話がプツンときれた。それから2分も待たないうちに隆君の友だちを名乗るひとから着信があった。

 「あのー、もしもし?あのー、わたし隆の友だちなんですけどお」

 受話口から聞こえたのは、きれいな日本語を話す女のひとの声だった。その声はつづけて「あのー、わたし台湾人ですけどお、隆君が困っているようだから、たすけたいとおもいますけどお」と言った。

 隆君、ごめんよ。君じゃあなくて彼女を紹介してくれ!

 隆君は日本が好きだと言っているくせに日本語がまったく聞きとれない。ぼくも台湾が好きだと言っているくせに台湾語がまったくしゃべれない。けっこうお互いに相手のことをテキトーなくらいに無関心だった。しかしまあなんとか隆君の友だちの通訳に救われて、二人はやっとのことで駅の北口のあたりで初対面をはたすことができたのであった。

 隆君はSNSの写真でみるよりもけっこうふとってみえた。台湾飯はうまいと言うからきっといつもうまいものばかり食っているんだろうなあ、と勝手なことを想像していたら、急に腹がへりだした。

 ぼくが下腹をさすりはじめたら、隆君は「ははは、オレはうまい店知っているんだぜ」と、にわかに得意な顔になり、鼻をひくひくさせるとフヒヒヒと笑った。

 隆君!ハ、ハ、鼻毛が!とびだしているぞ!

 ぼくたちは高雄駅ちかくの牛肉チャーハン店にはいった。パラパラしたチャーハンは米つぶまわりの水がいい具合にトンで実にうまい。スープはワカメ入りの味噌汁で日本にあるものとおなじ味だ。隆君は落語家がよくやるようにぺちゃくちゃとおいしそうに食っている。だから僕も負けじとぺくちゃくちゃと食った。どうもこういうまわりを気にしなくてもいいという空気が、隆君の顔にも店の中にも街の中にもどこにでもあるような気がしたので、ぼくはいつもよりもココロおきなく食った。
 
 隆君はぼくよりすこし年下だけれどぼくより腹がでている。でもぼくのほうが食うのがはやい。腹がでていないぶん腹に入るんだぞ隆君。

 支払いの段になって、ぼくがお金をだそうとすると、隆君はズンと胸をはって止めにかかった。
 「なにしてんだよ。オレにおごらせろ!」
 「おい君!君はぼくより年下なんだからぼくにおごられていろよ!」ぼくは突っぱねた。
 「なにいってんだコラ!オレは高雄人だからオレがおごるんだ!」隆君も負けない。
 「ダメだ!日本では年上がおごるってそう決まっているんだ!」
 「なんだと!」 
 「ナロー!」

・・・・・


 夏のおわりにちかい、隆君とのはかなくもせつない高雄での一日は、ひそかにもあやしい雲行きを垣間みせながらも、いつものようにバタバタとはじまっていくのであった。

***はじめての高雄で***

隆君のことはじめ




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  1. 高雄
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かけはしわたし

 木陰に入りかかる小高い丘のところまで来て立ちどまり、じっとりと汗のにじみでている額を手の甲で押しぬぐいながら、となりで日傘をおろす友人の視線の先に眼をうつした。疎林からまばらに射しこむ午前の陽をうけて、ひとりの銅像が、右手に頭をかかえて考えごとをするかのように座っている。台座には嘉南大圳設計者八田與一氏像とあった。

 「ここだよ。やと来たね」

・・・・・


 私が台湾に来るすこし前に、友人とこんなやりとりがあった。

 「台湾来たら、こっち来たら、台湾のどこ行きたい?」

 「んー。そうだなあ、そうなんだよなあ。暑いんだから無理してどこかに行かなくってもいいよ。それよりも。んー、そうだなあ、冷気開放しているお店で、まいにちマンゴーかき氷みたいな冷たいもんを食べてられたらもうそれでいいなあ」私はうやむやとあいまいな返事をしていた。

 友人は「つれて行きたいとこがある」と言って、車をだした。高速を走って二時間あまり。私たちは烏山頭水庫と屋根に大きな五つの文字をならべたゲートをくぐった。

 歩いている人は私たちをのぞいてほとんど誰もいないようだった。堰堤からみえる湖はおおきな弧を描くように遠くまでゆるやかにカーブしている。歩道には影になるものがひとつもない。そればかりか、地面からゆらゆらと熱の空気がのぼっているのすらみえる。正午までまだたっぷりと時間があったが、ぎらぎらと照りつけてくる陽射しは眼に痛いほどで、もうこれは無理とあきらめて友人と私は途中で車に引きかえした。

 烏山頭水庫はダムで、そして広い。観光としての要所要所はそこそこの距離をおいて点在し、とくにこんな暑い夏の日は、車で移動していくことが正しいやり方のように思える。

 車を降りてすこし歩いたところで、ゴオゴオと激しい音がきこえている。みると送水口から水が勢いよくしぶきをあげて噴き出している。またすぐ近くでは噴水かと思われる水を噴き出す柱が立っていた。平圧塔というダム設備のひとつで送水管内の水圧を安定させる装置ということだ。

 そうした具体的なことがどうして私に分かったのかというと、友人が、おそらく自宅のPCから印刷してきたと思われるA4判の紙に、烏山頭水庫の案内図とそれらの解説が日本語で丁寧にまとめられていたからであった。それは、言ってみれば友人の手づくりの小さな旅のしおりであり、まったくもってそのおかげだった。

 ちょうど樹木にかくれるところに車一台分ほどの空き地があり、車はそこでとまった。八田與一紀念館はほどよく冷えていて、足を入れたとたん生き返るようだった。小学校六年生がつくった一枚の掛けじくの前で足がとまった。

ふるさとに
みんなで築いた
かけはしは
心の中で
ずっときえずに

 それは五句体でまとめられた短歌のようだった。さらに掛けじくには、湖のほとりにひとり右手に頭をかかえて考えごとをする人が、その歌の背景として、発色のよい青と緑の絵の具で、しっかりと描かれていた。

 友人が運転する車は手づくりの案内図にあわせて停車していった。天をまつり豊作を祈る天壇や、ダム工事や落盤などの事故で亡くなった人々を慰霊する殉工碑。そのひとつひとつに想いがあるというふうに。

・・・・・

 大正のおわりから昭和のはじめにかけ、八田與一は当時不毛の地といわれた台湾の嘉南平野に、ダムや灌漑設備の建設を指導した金沢出身の技師であった。潤いに満ちた土地は豊かになり、やがて台湾でいちばんの大きな穀倉地帯になる。

 丘をながれるやさしい風が、手元のしおりにかかれた解説文をぱたぱたと上下にはためかせた。私は、小学生が描いた掛けじくのなかの八田さんと、そこで歌われていた一句を思い出していた。


か け は し は


 「つれて行きたいところがある」と友人は言っていた。「ほんとうは、わたしは、ここに来たかったんです」いま、私は、はっきりと応えたい。

 「行こ」友人の日傘がふたたび開いた。

 ふたつの灯篭が並ぶ石畳の小道の先に八田さんは座っている。そのあたりはいつも静かで、ときおり「チチチチチ」というカワセミの鳴き声がどこからともなくきこえてくる。

***台南の烏山頭ダム***


夏の日のうた




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  1. 台南
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南方すれちがい文庫

 ヒマヒマヒマヒマで、体じゅうの末端がへなへなとマヒしそうなくらいにおそろしくヒマだったので、とりあえず宿泊先の高雄からひとりで行って戻ってこられる程度で、夕暮れどきの神聖な酒のみほろ酔い黄金時間を侵食させないことを条件に、高雄駅から屏東線に乗って潮州駅まで行ったらあとは折り返して適当に寄り道して帰る、といういたってシンプルな日帰り観光ルートを、このうすら気泡コンクリ頭でやはり突貫工事的にかんがえた。

 そんなわけで、潮州駅を発って最初に竹田駅に下車したのは、なんといっても潮州駅のとなり駅だったことと、日没までにまだゆうに時間があったことと、そしてなによりも「いちおう歴史のある駅なんだからまあなんでもいいからとりあえず行ってみろよ」という台湾友からのおおらかで寛大な意見に端を発するのものであった。

 ホームからのびる長い階段を下り改札を抜けたところで作業服姿のオジサンに「出口はこっちよ」と声をかけられた。掘りかえされた地面の上の板渡しをミシミシ音をたてて進んでいったら、木造の小さな校舎裏のようなところにでて、その小さな入口を抜けるとやはり小さな正面があって站車田竹とかいてあった。じゃなかった竹田車站だった。

 駅前に案内板が立っているのを横目に認めながらも、日陰をもとめて、近くの樹木だまりみたいな場所に向かった。そこはよくある駅前公園で、古めかしい木造の便所が建っていた。それはなかなか懐かしくて趣のある建造物だったから、せっかくなのでここで用を足しておこうと一歩足を踏み入れたところで間違いに気がついた。それは昔の浴場を当時のままに保存しているといった歴史ある風呂跡だった。こうした昔の思い出が竹田驛園にいくつか残されているようだ。

 駅に背中を向けて石造りの道を歩いていくと車の走る道路にぶつかる。そこで最初に目につくのが泰美親子図書館というこの辺りではひときわ近代的にみえる建物だった。しかし大きい建物といったらそれくらいで、あとはちょっとしたビンロウ屋があるのと、道路のわきの南国の木々がずっと先まで茂っているくらいだった。

 さっき駅前でみかけた案内板に戻ってから、こんどはその近くにある李秀雲紀念館へ歩いた。館内は昔の農村の写真や古い農耕具なんかが展示されて、あとは何本かの竹が掛け軸とともに小奇麗に装飾されていた。当時を知らない僕にとっては、当時の素朴な空気を味わえるところだった。
 
 外にでたら雨が降っていた。そろそろ次の列車が来てもいい頃だったこともあって、僕はもと来た木造の駅を抜けてホームに駆け上がった。雨をさえぎる屋根からちょうどはみださないあたりで、列車がくるまでのあいだFACEBOOKをながめている。さっき投稿した竹田車站の写真に友だちからのコメントがついていた。「ここは日本語図書館があるよ」と。コメントはさらにつづいて「池上一郎という日本人が竹田に本を贈ったから池上一郎博士文庫になった」「日本語の図書館としては最南端にある日本語図書館だ」というふうに、なんだか興味深い文章が展開されていた。

 そんなどこか懐かしい空気をふくんだいかにも日本と台湾のココロアタタマルエピソードをこんなどたん場で発見しておきながらも、乗りこんだ車両の扉は閉まりはじめ、いまからちょうど30分前、竹田駅に下車したときとまったく寸分のくるいもなく、列車は高雄に向けて機械的にうごきだした。

 今回のすれちがいもまた、結局のところ、このコンクリ頭が描くシナリオとしては、もっとも理想にちかいカタチでの旅の1ページにちがいなかった。

***屏東線の竹田駅***


南方のすれちがい文庫




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  1. 屏東
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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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