台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

せんぷうきはまわりだした

 ピーコーピーコー
  ピキキキキキキキキキッ 

 あかぬけない鳥のなき声のような電気音がなりやんでから台北MRTのドアがゆっくりと閉まりはじめた。冷気のあたる銀の手すりにもたれかけて、果てしなく落ち着ききった正午すぎの車内を、もっさりしたバックパックを背負ったまま眺めていた。

 「ふへぇー、淡水信義線ってなんだ?こんな路線あったかい?」

 「ははは、新しく信義線ができて淡水線から淡水信義線に名前が変わります。台北は、いつでも、どこでも、すぐ、変わりますよ」

 台北のブンちゃんは屈託のない顔でこたえた。

 民權西路駅から3つめで台北駅に着いた。地上にでるとここぞとばかりにムアっとした熱風がふたたび僕の体をおそいはじめた。

 「あついあついあつい。これじゃあ東京とおなじゃないかよ。なんでこんなにロアガベシーんだ!」

 「今日は涼しいほうの日ですよ。ははは」

 ブンちゃんは涼しい顔して言った。

 ブンちゃんの後について、台北駅から南西方面に走る重慶南路一段漢口街一段の交差点まで来ると、近代的なビルの谷間にいっぽんの古めかしい路地があやしげな口をひろげていた。城中市場だ。

 ブンちゃんは歩調をゆるめることなく、こなれた足取りで路地を奥へ奥へと進んでいく。しばらくすると路上に赤い地に白抜きで老牌牛肉拉麵大王とかいた看板がつきでて、そのすぐ下のテーブルには人びとのカタマリができていた。
 
 店内は注文をとる店員と出入りする客がせわしなく入り混じり、扇風機のクルクル回転音に合わせて、大鍋から小鍋から間断なく吹きあがる水蒸気がいたるところで空中戦を繰りひろげていた。

 僕は立ちどまる余裕も与えられないまま、人びとのすき間に割りいるように、かろうじて空いていた奥の席までいって、重苦しい場違いな35Lバックパックを狭いテーブルの柱に立てかけた。

 「なに食べるの?」

 「お、おススメで!」

 僕はメニューが読めない。ブンちゃんに教えてもらいながら、そして難しい漢字からあれこれ空想してみるものの、結局のところ食ってみないと分からない。それでも、その店の看板メニューのようなものを食べれていれば、たいてい間違えのないことは分かっている。

 酒のつまみのような色の濃い料理が運ばれてきた。これは滷味(ルーウェイ)という煮込み料理で、黒いのは米血糕 (ミーシエガオ)といって豚の血を米を混ぜてカタめた料理なんだそうだ。

 つづけて麻辣牛肉拉麵がでてきた。僕はさっそく真っ赤な汁をレンゲにすくって胃にながした。あぶらと香辛料の八角の感じがいかにもタイワンだ。備え付けの辣油をさらに上から垂らして、米血糕といっしょに食べる。米血糕のモチモチがいい感じに辛さを中和してくれる。

 ふとい麺をすするたびに、赤茶色の汁がピチピチと僕のTシャツに新しい模様をつくっていった。扇風機の風が絶えまなく吹きつけるテーブルの向かいで、そんな僕を、ブンちゃんはいつものおおらかな眼差しで、じつに問題なく眺めていた。

***台北城中市場の老牌牛肉拉麵大王*** 


せんぷうき1



せんぷうき2




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  1. 台北
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いつもここから

 ならんだ入国ゲートの列の進みかたが他の列よりもちょっと遅かったから、もどかしくって、それでも、到着ロビーの自動扉がウインとひらかれれば、まぶたいっぱいまんべんなく光がとびこんで、鼻孔がゆるんで、ニオイが、あのニオイが、食べ物からでるような、あまい感じの気体が、ふわふわふわふわって、体の空気といれかわる。

 あの頃から、変わってない。
 「おいおい、ちっとも進歩ないんじゃあないか、まったくよう」って。
 うれしかった。変わってない。ほんとうに、嬉しかった。

 あのとき電源きってたスマートフォン。お気に入りだった台湾専用のスマホ。どこを押しても動かない。だから、クロネコヤマトの宅急便のカウンターで、Wifiをかりる。日本で使ういつものスマホに接続する。画面のアンテナが、立った。時計が、1時間もどって、タイワン時間になった。できた。また、これで、どこでも行ける。どこへでも行ける。

 スマートフォン。ずっとずっといつもマナーモードで生活してきた。マナーモード以外のモードを知らない。それが、ふつうと思って、生きてきた。でも、今日から気にすることなんてない。気にする人なんていない。マナーモードをきって音量をあげてみる。もっともっと、いっぱい。そうすれば、地下鉄でも、レストランでも、デパートでも、みんなの着信音の仲間にはいれるかな。

 行き先は民權西路。ミンケンセイロ?ミンカンセイロ?もう読み方わすれてた。いちばん上の付箋紙に、民權西路、とでっかく書いた。ペンと紙は命綱。これさえあれば、なんとかなる。なんとかなってくれる。みんなが、台湾のみんなが、なんとかしてくれる。いつも、そうだったから。

 黄色いタクシーは、台北松山空港から、民權西路への道を、まっすぐ、走った。赤い看板も、黄色い看板も、青い看板も、左右にきって、走った。むずかしい繫体字が、いくつもいくつも浮かんでいた。

 何年か前に残した100元札。まだ使えるんだろうか。ドキドキして、運転手さんに渡した。
 「ありあと」運転手さんは、日本語で言った。
 お返しの言葉は、たしかプーフェイ(不會)。
 「プーフェイ、プーフェイ」二度くりかえす。これだ、これだ。思い出した。

 燃えるような青い空と、まぶしすぎる太陽。暑いだけなら、今の東京、負けてない。ずっとまえに梅雨明けした台北の空。痛いような暑さ。ロア?ガベシー。ロアガベシー?!またひとつ、思い出した。ロアガベシー。暑すぎて、死にそうだ。

 もう、なんども来ていた民權西路。いままで、終わりはいつも民權西路だった。台北松山空港まで、道はいっぽん。時間は15分だけ。ぎりぎりまで、遊んでいられたから。いつも、いちばん最後に別れる場所。でも今日は、そんな終わりの場所から、始まった。そして、もうすぐ、なつかしい友だちがやって来る。

*** 台北の民權西路 ***

いつもここから2





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いつも待っててくれるから

 初鹿牧場を発ったバスは5分もしないうちに原生応用植物園の停留所で停まった。かなり大型の観光バスだったけど、乗っていたのは僕ひとりで、降りたのもやっぱり僕ひとりだった。

 台東の山岳地帯はむかし薬草の名産地だったと何かの本で読んだことがある。その名残なのか山線總站鹿野高台をむすぶ縱谷鹿野線バスルートの真ん中へんにけっこう立派な植物園があった、というわけだ。それでも、ひとり見学というのはさみしいもんだ。

 ゲートをくぐり雨水にぬれた板張りの通路を園の中心に向かって歩いた。ここには、原生水生薬用食用、といった幾百種類もの植物たちが集まっているというだけあって、そんな、それから果実たちが重なり合うように生い茂っていた。

 2階建てくらいの高さがある桟橋みたいなところに出た。眼下には草原が広がり、ダチョウが歩いていた。遠く、雨もやの向こうにいくつも山が見えた。それでも、視界がわるくて海までは見ることができなかった。

 途中で、薬草料理のいかにも健康そうなレストランや、ガラス造りのおしゃれなギフトショップがあったけれど、いずれにしても僕には関係のないものだった。

 次のバスで帰りたくなったから、入口にあるバスの停留所までもどった。夏休みの自由研究で来ていたのか、小さなロータリーから少し離れたところで小学校低学年くらいの男児が父ちゃんといっしょにたわいなくボール遊びをしていた。

 「まだバスが来るまで時間があるのかな。ちょっと早く来ちまった」さいきん過剰といかないまでも、少し慎重傾向にある自分の行動を思ったらなんだかさみしくなってきた。もう少し心に余裕が必要だよなあ。散歩をするかっこうで郷道に出ようとしたとき、向こうから一台のバスが猛スピードでロータリーに突入してきた。バスはぐるり扇状に一周すると、何事もなかったかのように遠心力を張りつめたままもと来た道へ抜け出てしまった。

 「あああああ!」一瞬の出来事に僕はあぜんぼーぜん立ち尽くすしかなかった。しかしそんな間もなく横目に上半身裸の男がすごい勢いで駆けていく姿があった。さっきまでボールで遊んでいた父ちゃんが、シャツを脱いで、そいつをグルグルと振り回し「うおおおおおい!」と叫びながら、バスを追っかけ始めていたんである。

 父ちゃんの必死の叫びがバスの運ちゃんまで届いたのか、バスは停留所のはるか先の、郷道を100mほど進んだあたりでピタリと停車した。僕は命の恩人となった父ちゃんと小学生の後に続いて急いでステップを駆け上がった。

 運ちゃんは意外にもたくましい風貌したおばちゃんで、僕のバス一日券をチェックするまでもなく、「あいよー!」と首を縦に振るとアクセルを踏みこんだ。バスはさっき乗って来た観光バスよりもずっと小型で、もはやマイクロバスと言っても過言でなかった。にもかかわらず、今度の車内はうって変わってほとんど満員の状態だった。

 小学生はかろうじてひとり分あった先頭の席に座った。僕は「立って行こう!」と決めて、それなら少しでも居心地のよさそうな場所へと、父ちゃんに続いて車内後方に移動した。最後部に、まだひとつだけ席が空いていた。

 父ちゃんはクルリ振り返ると「これお前のイス!」と言って僕の袖を引っ張った。「ちょっとちょっと。そしたら父ちゃんの席がないじゃあないか!僕ははじめから不要なんだ。プヤオプヤオ」僕は座らなくてもいいんだと言ったつもりだったけど、ぐんぐん速度を上げていくバスの中で何度もよろめき、それを父ちゃんが見逃すはずがなかった。

 けっきょく僕は「ドウシャ、ドウシャ(多謝、多謝)」と頭を下げて座るしかなかった。乗客でいっぱいになったバスは台東市街へずんずん近づいている。

***台東の原生應用植物園***


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  1. 台東
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ピーマン

 墾丁から高雄にもどってきた。今日は朝はやくから台北から高雄に来て、そこから墾丁まで行ってきたもんだから、ただただ新幹線と車で自動運送されただけの空気体だったにもかかわらず、なんかもう疲れてしまった。

 高雄墾丁の往復5時間あまりをずっと運転しっぱなしだったコテイちゃんは、僕らとちがって疲れた顔ひとつ見せないまま、青年夜市の駐車場に車を停めた。

 「青年夜市だと!それじゃあきっと中年夜市とかもあってそれから少年夜市もあるんじゃん?」久々の地面の前に僕は思わず口にした。「ははは、無(ボー)ですよ。」コテイちゃんは正しい顔で言った。「ここは高雄市鳳山区ですよ。地元の高雄人ばかりですよ。」なるほど、そう言われてみれば、聞こえてくる言葉にクルクル舌巻き中国語とか、まして日本語なんてものは聞こえてこない。

 みんなが話しているのは、なんか強弱をゆるくした感じの、それでもって多種多様な音がフクザツに混じった言葉だった。コテイちゃんの説明によれば、これは台語(たいぎー)といって高雄人が普段つかっている言葉なんだそうだ。

 おびただしく張り巡らされたテントの下は、ゲームや衣料品、アクセサリーにおもちゃ、スマホグッズの店がびっしり入って、そしてやはりと言うべきか、食いもの飲みもの屋台の集団が、欲望のケムリをいたるところで拡散していた。

 僕らは基本的に晩飯を食べた後ということになっていたけれど、ペルオ君も僕もまだ臭豆腐鍋というものを食べたことがないことがバレてしまったようで、コテイちゃんに案内されるまま路上のテーブルを囲んだ。

 ぐつぐつと沸騰する麻辣臭豆腐鍋の中は、豚肉と内臓、そしてキャベツと唐辛子、それから臭い豆腐が入って、もうとにかく熱い。辛い。臭い。滝になって落ちる汗をゴリ押しして、僕らは「熱い。辛い。臭い。けどうまい!」と交互に叫びつつ臭豆腐鍋とタタカったんである。

 パンパンになった腹をさすりながら少し歩くと、テーブルに串モノを並べた屋台があった。ボールに好きな串を入れたらその場でさっと素揚げしてくれるんだそうだ。何を食べますかとコテイちゃんが聞くので、僕らはこれくらいならいけるだろうとピーマンを選んだ。

 ピーマンはいつも日本で食べるものより厚みがあってデカイ。ペルオ君と僕とで交互にピーマンをかじってみて驚いた。僕らが知っているはずのピーマンとはあきらかに違っているのだ。

 「うめーぞ、これ!」

 「なんだこれ、うめー!」

 おそらく日本の数倍おおきいピーマンは、その存在感も去ることながら、甘味も水分もみっちりもっちり充実して、やわらかい質感は、もうピーマンのそれじゃなかった。

 果たして日本の居酒屋あたりでこのようなピーマンを普段から食えていたのであれば、日本の社会や文化、ましてや経済などはいったいどうなっていたんだろうか、などと二人してむなしくもはかない意見をぶつけあった夏のはじめの夜だった。

***高雄の青年夜市***

ピーマン




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  1. 高雄
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泰雅酔酔録

 天送埤を出た車は10分も経たないうちに田媽媽泰雅風味館という看板の料理店の駐車場に停まった。ここがミツル君の言っていたお父さんの友達が経営しているお店なんだな。

 中に入るもののお客さんは一人もいない。すると奥から日に焼けたいかにも腕っ節の強そうなおとっつあんが現れた。おとっつあんは僕らを入口ちかくのテーブルに座らせるとガッハッハと威勢よく笑いミツル君のお父さんに何か言った。

 ミツル君の翻訳によると今日はお店が休みで食べ物はないということだった。それでもまあお茶でもという話の流れなのか、店内に陳列されていた刺葱蚕捲の袋がさっそうと封切られた。

 その袋の表面には「新鮮なたまごと小麦粉揉は合ってなります、食感は柔らかくて脆くて厚くて充実しています。見るだけでよだれが出てくる」と日本語の説明がしてあった。

 蚕捲というロール状の玉子菓子をザクっと噛んでみたらクッキーの破片がポロポロと舌に落ちて唾液を吸い取り始めた。それに呼応する形で、なるほど、唾液腺からよだれがあふれ出てくる。クッキーと葱の組み合わせがまたよい。

 続いてパック入りの茶色いゆで卵と黄色い透きとおった漬物みたいなものが出てきた。「ゆで卵はお茶で味付した茶香燻製蛋で、黄色いのは青木瓜というパパイヤの漬物なんだよ」と、ミツル君はすかさず説明を入れる。

 それからおとっつぁんの奥さんと思われる人が、なんと、料理がのった皿やら鍋やらを次から次へとテーブルに運んでくるではないか。それはお店で注文する料理というよりは、家庭料理、といった風情で、どこか心地のいい温もりがあった。

 おとっつあんはビールケースをドスンと足元に置くと、ビンの栓を勢いよく抜いた。「おう、ニホンジン!カンパイだ!ガッハッハ!」突如おとっつあんの口から日本語が出た。

 「ノメノメ!コンニチハ!ガッハッハ!」そう言って、僕の目の前に置かれたコップにガバガバと台湾ビールが注がれた。さらにミツル君のお父さんのコップにも注いで、おとっつぁんのコップにもなみなみと注がれた。

 ビールは体積が減るそばから断続的に補充された。泡がこぼれそうになるので、僕はシエシエシエシエと言っては口を受け皿がわりに吸い取るが、すぐにまた次の泡がこぼれそうなほどに満たされる。

 おとっつあんは台湾原住民の泰雅族(タイヤル族)と言った。その飲みっぷりは僕なんかから見たら戦闘民族そのもので、やがて酔いがまわりはじめると、はるか宜蘭の奥までやって来た旅行者特有の観察眼はたわいなく崩壊し、カメラは宙に舞い、空きビンが倒れた。

 いつの間にか難しい漢字のラベルの貼られた無色透明なけっこうヤバそうな酒も並んであって、そんな酒や料理たちが目の前で脈略なく近くになったり遠くになったり、何もかもが笑っているみたいに見えてきたようだ、、、そんで、、なんだか、よっぱらってしまったようじゃあないあ、、、◎、。☆。×〇。。、××

***宜蘭泰雅村の田媽媽泰雅風味館***

泰雅酔酔録




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  1. 宜蘭
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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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