台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

この夜を越えたら

 まだ観光らしいことをほとんどしていないのに、台湾についたそばから風邪をひいてしまったことを思うと、今回の旅は苦難に満ちたものになりそうだという予感に包まれ、私はひどく落ち込んだ。

 雨は降りはじめるものの肝心のバスがまだ来ないので、近くのコンビニでペットボトルの水を買いがてら何気に雨宿りでもしようと自動扉の前に立った。ガラスの向こうに薄茶の犬が一匹寝そべっている。

 扉が開き足を一歩踏み入れたとき犬と目が合った。犬はそれまで床に落としていた首をもたげるや否や、こちらに向かってすごい剣幕で吠えだした。私は豹変した犬の容姿と力のこもった殺気にたじろぎ、その場から逃げるようにして離れた。

 ふたたび停留所に戻った。雨は止んでいた。

 バスに乗り座席につくとゲホゲホゲホとたてつづけに咳が出た。頭上から両肩に風が冷たく落ちていた。喉の通りが一段と狭まったことを咽頭の鈍重な感触から認識した。

 私は、今も、そしてこれからも会うであろう友人のことを考えた。風邪をうつすことだけはどうしても避けなければならない。もしもそんなことがあったとするならば、私はいったい何をしに台湾に来たのか。

 バスの中は緑色と不連続に反射する赤色の光ばかりで、きっと出口の見えないトンネルを進んでいるような、そんな闇が幾度も胸の内側で想起され、私はいっそう暗く閉ざされた気持ちになった。

 途中でタバコをくわえたオジサンが乗った。オジサンは運転席の前に立ち尽くしたきり、そのままの姿勢でバスに揺られて続けていた。同じくゆらゆら揺れながら、意識の抜けた頭で私はその様子をただぼんやりと眺めていた。しばらくして、オジサンはふらふらした足取りで博愛席に座った。タバコからは煙は出ていなかった。

 バスを降りて新竹城隍廟に戻った。22時近くの屋台は夕方のときと打って変わって人の数はずいぶんと減り、店じまいを終えた屋台もいくつかあった。

 飛行機の便が朝早くて疲れてしまったのか、それともあまり芳しくない体調の問題からか、台湾に来た最初の晩であったものの、腹は減らなかった。

 それでも、まったく食べないというわけにもいかないので、少しの晩飯を買ってホテルの部屋で食べられるだけ食べておくことにした。晩飯というより夜食にちかいものだった。

 小さな紙カップのビーフンの手さげ袋を持って「この夜を越えさえすれば、この夜さえ過ぎてしまえば、明日になったら、」と頭の中で繰り返しながら、街灯がまばらに照らす遅い夜の道を帰りの方角に向かって歩いた。

***新竹南寮漁港から城隍廟へ***


南寮バス

この夜を越えたら



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旅は静かに減速する

 新竹東門城から斜めに延びる中正路に入った。信号待ちの人に新竹南寮漁港往きのバス停の場所を聞いて新竹駅にほど近い太平洋SOGOまで歩く。念のためだからとバスを待つ人にも港に往くことを確かめてその列の最後にならんだ。

 どこの都市でもそうであるように街の中心部から離れるに従いバスを降りる人が増え車内は閑散としてきた。夕暮れも終わり窓の外はだいぶ暗くなった。

 30分ほどして南寮の停留所に到着した。バスから降りたところでちょうど散歩をする夫婦が通りかかったのでここでも港までの往き方を尋ねた。
 
 風が吹く方角に、風上に向かって、ほとんど一直線に延びる道を歩いた。

 波止場にはいくつか船が停泊していた。海のずっと向こうからは湿りけを含んだ潮風がゆっくりと運ばれてくる。夜のとばりも落ちついた頃であるのに空気はまだ熱がこめられ額に汗がにじんだ。それから、港の匂いはどこでも同じなんだな、と思った。

 近くで黒いタイワン犬がひとりでトコトコと散歩している姿があった。よく見ると他にも同じような犬がいて、それぞれがおもいおもいの格好で歩いたり寝ころがったりしている。鎖につながれてないだけ台湾の犬は自由だな、と思った。東京ではもうこの風景を見ることはできない。

 近くに漁産直銷中心という市場のような建物があった。中に入ると店ごとにいろいろな色をした魚や貝たちが氷とともに陳列され、水槽には海老がぴちぴちと泳ぎまわっていた。

 途中で階段があったので2階に上がった。テーブルが置かれているスペースがある。テーブルにはメニューがあり冷蔵庫にはビンビールが冷えていた。どうやらレストランのようで、店先にならんでいる魚介をその場で調理して新鮮なうちに食べることができるらしい。

 閉店の時間が迫っているのか、自分たち以外の客はほとんど見かけなかった。朝の開店が早いだけに夜の閉店も早いということだろうか。今日は金曜日。時間は既に20時30分を過ぎていた。

 特に腹が減っているわけでもなかったので何も食べず外に出た。建物の前には2、3店ほど小さな屋台が店を開いていたので喉の渇きをいやすためスムージーのような細かい氷の入ったフルーツジュースを飲んだ。

 薄暗い公園のわき道を歩いてバスを降りた道路に戻る。野菜売りのおばさんに新竹市街方面往きのバス停の場所を教えてもらう。セブンイレブン前の停留所の時刻表には、バスが20分後に来ると書いてあった。

 スマートフォンをONにしたときに、青く光る画面の上に透明な水玉がはじけた。雨が降り出したようだ。

 空を見上げると、喉の奥にかすかにざわめくものがあった。小さく咳き込むと同時に重く鈍い違和感を覚えた。どうやら風邪の前兆のようだ。その異変は具体化され、やがて実体化されることを確信した。それから、台湾一日目にしてこれからの旅がひどく重々しくなるものに思えて、なんだか寂しくなった。

***新竹南寮漁港***

新竹南寮漁港



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記憶のかいてん

 新竹に行こうと決めたのは、けっこう前に行ったことがあったけれどそれほど行ってないかもしれないからまあこのへんでちょっと行ってみようかなあ、といった、いつもの無頓着思考にもとづく気まぐれ理由からだった。

 6年ぶりの新竹は前に来たときと比べてあまり変わっていないように思った。とはいっても何年も前の記憶なんてきっと大部分がうわ書きされ消失しているはずで、そんなフワフワな過去の記憶と現在とを比較しているようじゃ、僕はこれからもずっと無頓着な気泡コンクリ頭的思考のままで生きていくんだろうな。

 こんな無責任きわまりない僕の旅を手助けするためにわざわざ台北から駆けつけてくれたブンちゃんの後について、僕は赤い新竹城隍廟の門をくぐった。

 せまい通路の両側には、肉まんじゅうや魚だんごスープ、それに牡蠣オムレツやビーフンなどの屋台という屋台がすきまなくひしめき、食べる人と歩く人と店の人たちがぶつかりあい、天井に向けておびただしいほどの熱気を発射していた。

 そして頭の後ろあたりにグルグルとうごめく感触があった。このテーブルで食べていた頃の記憶が、今、この空気と一致したのである。

 食べものの匂いに混じって線香のケムリが鼻のまわりにフワンフワンとただよってきた。人のながれをさかのぼっていくと、屋台の密集がとぎれて、ふいに空がひらいた。夕空のゆるやかな照射をうけて金いろに装飾された廟がピカリとかがやいた。

 ブンちゃんの真似をして手にした5本の線香にローソクの火をうつした。廟のなかはじつに様々な神様が祭られ神様ごとに特技があるということであった。僕は間違ってヘンなことをしないように、ブンちゃんの動きを見てそれとまったく同じことをしようとした。お祈りの最中もまぶたを閉じない閉じられない。頭のなかはやっぱりからっぽだった。

 ひとしきり拜拜をした後で、新竹東門城にでた。このロータリーで帰りの道が分からなくなって迷子になったときのことを思い出した。でも、なんとなく、見え方があのときと違っているようにも思えた。新竹が変わったのか、自分が変わったのか。いずれにしても、記憶は見る者の主観にすぎない。記憶はそのときの状態で決定され、時間の経過とともに加工されていくんだ。

 城を周る円形状の交差点からいくつもの道路が放射状にのびている。どこの都市でもそうであるように、通勤の時間は、車やバイクや人の群れがおおきくうねり、やがて自由な方向に散っていく。日没の近づいた新竹の街も、そうした光景がいくつも重なって見えた。

***新竹城隍廟から東門城へ***



記憶の回転1

記憶の回転2



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陽の傾く方向に

 台北バスステーションの新竹往きバスが到着するフロアまで来るとひとの数はぐんと減り、太陽光の届かない待ちあいベンチには金曜日の午後の疲労をほんのり含んだ週末への期待に向けたおだやかな落ち着きがあった。

 台北新竹を結ぶバスはたいてい5分おき、ないしは10分おきに発着しているらしく、僕らは、待ってました、という実感もないまま、早々と目の前に停車していたバスのステップを駆け上った。

 乗客は僕ら2人を含めた3人だけで、しかも新竹直行の高速バスとくれば、今後の乗客もおそらくないだろうという見込みもあって、僕は2人がけの座席の片方にバックパックを降ろしてただでさえひろい座席を心おきなく活用した。

 飛行機の中で聞こえが悪くなった右耳の通りをよくするために、両鼻をつまんで両鼻に圧力をかける耳抜きというものをしていくらかの聴力を取り戻したので、通路を隔てたブンちゃんとの会話もようやく形をともなうものになっていった。
 
 途中の高速道路で事故があり予定時間を過ぎた1時間と少しを費やしてバスはおそらく終点となるはずの新竹バスステーションで停車したと思われたものの、そこは何もないただっぴろい駐車場の目印になるものといえば端のほうに星築SOGOのビルを見上げることができるだけの寂しいところでしかなかったが、僕らが第一に知りたかったのは予約していたホテルへの行き方でありそれを実現するための手段だった。

 「プーハオイース。あ、あの、ここは新竹駅ですか。」

 それまで僕らと同じバスに乗っていたおそらくは地元の人らしい二十歳くらいの女子学生に、少し迷いながらもブンちゃんが尋ねる場面があった。
 
 僕には台湾人が話す言葉の意味まで理解できない。それでも、この後の行動とその結末から、概ね次のような会話が交わされていたことは僕にもなんとなく推測できた。

 「はい。ここは新竹バスステーションの新竹轉運站新竹駅の南になります。新竹駅からは、少し離れています。」
 
 女子学生はずっと昔の知り合いと話をするかのように快活にはきはきと答えた。

 「私たちは西大路658号に行きたいんです。ここから遠いですか?」

 ブンちゃんの聞きたいことは僕の知りたいことであった。だから言葉の話せるブンちゃんは僕にとってとてつもなく大きい存在だった。

 「そこへは歩いて行くのはかなり遠いです。新竹駅に行けばタクシーがあります。でも、ここから少し歩きます。タクシーを拾うのであれば、私がよく使うタクシーをここに呼びますから。」

 僕はスマホに電話をかける女子学生とブンちゃんの後に続いて歩いた。遅い午後の黄色い太陽は、僕らの頭上に、まだまだ強烈な日差しを落としていた。駐車場の一方の端まで近づくと、通りに面して警察宿舎と書いたバス停があった。

 「この場所は目印になりますから。タクシーはすぐに到着します。」

 女子学生とブンちゃんはこの後も会話を続けているようだった。しかし僕には、それ以上推測する力は持ち合わせていなかった。

 ほどなくして通りの向こう側の車線にタクシーが見えた。女子学生は手を振って、僕らがいる車線にタクシーを寄せた。僕は女子学生もいっしょに乗っていくものだと思っていたが、彼女は「それでは気をつけて!」というような一言だけを残して、まるで何もなかったかのように、ごく自然のそぶりで僕らとは反対の方向にひとり歩いていってしまった。

 冷気がよく効いたタクシーは、それから、やがて、いつものように、陽の横に傾きかけた賑やかな新竹の街並みに、すいすい溶け込んでいった。

***西日のあたる新竹轉運站で***

陽のながれる方向へ1


陽のながれる方向へ2




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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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