台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

際限なき台中の証明

 「わたしも高美湿地に行きますから」

 その日の朝、ブンちゃんはこれから独り旅になる僕のために書きのこした「誰でもわかる高美湿地への行き方」的なメモ用紙を片手にだしぬけにそんなことを言いだした。

 「僕は独りでも平気なんだもんね。こわくないんだもんね。いいんだもんね」

 そうやって、けなげに自分をなぐさめつつ謙虚に生きてきたこの数日間のいちずでひたむきな想いは、ブンちゃんのたったひと声で、地上をはなれ、大気圏をこえ、はるか1万光年かなたへ飛んでしまった。

 高美湿地台中がひとつの中継地点になるのでまずは台中駅を目指すことになる。僕らは自強号という台鉄特急列車の発車時刻に合わせ、タクシーをつかまえ、最寄りの新竹駅に向かったのであった。

 日曜日の駅構内は観光歓楽レジャー的きらびやかな人びとの群れが、おし合いへし合いをくりひろげ、わけもなくただ慌ただしくひしめき合っていた。

 窓口の切符を買う順番がまわってきて、ブンちゃんは自強号のチケット2枚分を注文した。こんなときやっぱり台湾友だちがいると独りでいるときより心に余裕ができるようで、売店にならんだ駅弁が、いつも排骨飯くらいしか買ったことがなかったのに、その他にもさまざまな種類に彩られていることに気がついた。

 しかしそんな気分もつかの間、ブンちゃんは困ったような顔をして窓口からかえってきた。自強号莒光号も、台中に近づくすべての列車の座席がことごとく売り切れてしまったんだという。

 つい数日前に高美湿地にいくことを固く決意し、そいつを励みに今日まで必死に生きてきた。そんな夢や希望は、はかなくも崩れ去ってしまったのである。

 ところがブンちゃんは、さっき乗ってきたタクシーのなかで「新竹から台中に定額でいけるんだろうか。料金は高くならないだろうか。車でいくと遠いだろうか」といった数々の世知辛い問題を、僕の知らないところでひそかに調査し検討していて、したたかにもタクシー会社の名刺を頂戴していたことが判明した。やはり台湾友だちといると背後でとてつもない力がぬかりなく作用しているようで、自分のなかですでに崩壊に向かっていた駅の混乱は消失し、ブンちゃんが携帯でチャーターしたタクシーを、休日のあかるい空の下で待っていた。

 新竹から台中まで、タクシーで1,400元だった。1,400元といったら、日本円でだいたい5,000円くらいだから、東京あたりで酔っぱらって終電を逃したときの深夜タクシー料金とほとんど同額だ。二人で割り勘すればこの値段は意外と効率的で、そのうえ所要時間が1時間と少しかかる程度というから、特急列車でいくよりも素敵にはやい。

 タクシーは高速をとばし、いくつもあった台中行き表示板を通り越して、たちまちのうちに、雑多と混沌の超巨大都市、台中の領域に侵入していった。

 タクシーの運ちゃんに、台中駅まで、とあらかじめと伝えてあるので、あとはもうただ駅が向こうからやって来るのを待つだけだった。

 切れ目なく林立するビルの谷間をぬけきり、はたして、停車したタクシーの眼前に現れたのは、見たこともなければ聞いたこともない近代的で前衛的な巨大建造物だった。

 「おう、ちょっと待ってくれよ、運ちゃん。これは台中駅とはちがうぞ。ぜったいにちがうって。おいちょっと、ちがうったらちがうんだってば。僕はこうみえて台中には何度も来ている台中通なんだかんな!」

 力の限り抵抗と否定を繰りひろげつつも、しかしそれは、今まで見てきた台中駅とはスガタカタチのまったく異なる、正真正銘の台中駅なのであった。

***2017年7月 台鉄台中駅にて***

三年ぶりの台中1

三年ぶりの台中2



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  1. 台中
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もう敗けないというのなら

 もうどうでもいいもうどうなったっていい。そんないつの日の敗北感も、もうあれからずっと会っていなかったから、そんな永遠をいくら期待してもそれはきっと本当の言葉にならなくて、このまま終わりになったとしてもいつも闇の内側で生きつづけて、嘘になりきれない最後の諦めがあったから、このまま変化を待っていても誰も生かしてくれないから、どこか遠くから聞こえる声にみちびかれて、どんなものも透かす気付きが後押しになって、今、ここにいる。

 それでも、なげやりな気持ちはちっとも変わってなくて、意固地な絶望もまだどこかに残って、旅なんてどうでもいいと思っていたくせにいい感じに疲れていい感じの気分転換になれば、かなしいくらいに何も変わっていないのに、あの時とおなじままでいてくれたことを思うと、おいてけぼりをくっていた幻滅のこともひっくるめて、すべてが真実にうれしかった。

 ふいにまさかの台湾行きを決めて、なかでもとりわけ新竹に来て、内湾線に乗って、久しく遠ざかっていた、旅、というものを、もっともらしく旅の形にすることができた二日間になった。

 新竹の街はすぐに夜があふれて、木立の向こうの護城河親水公園ちかくの川岸から、誰かの歌声が、生暖かい風にまじって、汗のかわいた額をいくども通過していく。週末の危険でゆるやかな時間に、歌詞の内容もその意味さえもわからない歌声に、理由もなく耳をそばだてていた。歌は言っていた。生きることすべてを絶望する必要はない。歌は言っていた。生きてまで絶望する必要はない。

 暗黒が、とぎれとぎれの照り返しを繰り返して、過ぎていった記憶も、佇んでいる記憶も、夜の深みに、永遠のトンネルに、つぎつぎに引きずり込んでいる。どこまでが現実の夜で、どこからがそうでない夜で、目の前にひろがった隍廟夜市は、夜なのにすべての夜を消し去って、強くあかるい温もりを吐いて白くかすんでいた。普段からなのか週末だからなのか、とにかく動くものが多く目について、飯食う人と、歩く人と、バイクと、くるまが、すべて狭い路上のかたすみに、全然ちがわないところに生きていることを想った。
 
 それから、明日から孤独になることを想った。二人の友人とわかれて、独り台中に行くこと。何がしたいのか、何をやりとげるのか、目的まで見えていなくて、望んでいたのに、今はただ、敗北の企てに目をそらしている。得体の知れないきらめきが、懸命に色をかえているのに、よどんでいく姿だけを、闇のなかでただ思い描いていた。
***新竹、最後の夜に***

新竹最後の夜1

新竹最後の夜2

新竹最後の夜3



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溶けていった日々

 内湾から新竹にもどってその足で阿忠冰店にきた。最初それとは気が付かなかったけれど、入り口に立ってみてはじめてその店だと分かった。それだけ来ていないということだから記憶もほとんどなくなりかけていたわけで、あのころの、6年まえの風景がいっきによみがえってきたんである。

 入り口もおなじ、注文するところもおなじ、メニューもいたっておなじ、椅子も壁も床も、きっとすべてがあのころのままだ。

 前に食べたものとおなじかき氷を注文してみた。入り口で氷をかいて切ったマンゴーのせたらできあがり。シロップはお好みでかける。

 2階から3階に上っていく途中で3人がすわれる席がちょうど空いた。かばんを下し、マスクを外し、さっそく溶けかけた氷にスプーンを差しこんだ。生きかえるほどの冷たさに躊躇する理由なんてない。我をわすれていっきにガシガシやった。

 うまい!冷たい!うまい!冷たい!うまい!冷たい!痛い!うまい!痛い!うまい、けど痛い!あたま痛い!!!

 左右のこめかみを自動扉で締めつけるような、にぶい痛みがはしった。でも、なつかしい痛み。ガリガリ君をがりがり食ってた小学生のころと重なった。

 100円玉をにぎりしめて、近所の駄菓子屋にはしってたころ、家にはないくらいのでっかい冷凍庫のガラスの取っ手をおこぞかに上にスライドする。冷たいケムリがいっきに汗まみれの顔をとりかこんだ。

 100円で一個しか買えない箱入りチョコアイスなんかじゃなくて、100円で二個買えるガリガリ君を手にしてた。量もけっこうあるから、食べきれなければ残ったもうひとつは明日にとっておけばいい。でもやっぱり明日にまで残ることはなくて、あっという間に、二本とも口のなかにしゅわしゅわって溶けてった。

 もうほとんど水になった最後の氷をながしこんだら、もう暑い気分なんかどこか遠くにきえてしまった。とたんにまた咳がゴホゴホとではじめたので、マスクのゴムひもを耳にかけた。

 ブンちゃんもハイさんも、まだやっとお皿の半分を食べきったくらいだった。

 「またそんなにはやく食べて。おなかこわすよー」

 「そんなこといったってよ。日本じゃあ、こういうのなかなか食えねえからな。かき氷の上にのっかるのは赤とか緑のシロップくらいなもんだよ。フルーツがのっかるなんて、僕のガキのころはそんなのメイヨーだったんだぜ」

 そういえば、子供のころ食ってたかき氷といえば、イチゴとかメロンとかの風味の人工的な色のシロップがかかっているものだった。かき氷のうえに果物をそのままのっけるなんてやり方は、けっこう大胆にみえて、じつはものすごく天然なことしているんだな。

 すっかり体力を回復した僕たちは、皿をかたづけて、きいろの逆光にかがやく新竹の街へ飛び出していった。

***新竹の阿忠冰店***


新竹阿忠冰店




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ふたつめの均衡

 内湾駅からふた駅目の合興駅でおりた。ここには何があるんだい?わからないままに友人に聞いてみたら、なんでも、愛がある、という話だった。

 ホームから無人の改札をぬけてすぐ目にとび込んできたのは、古いむかしの車両で、青い車両のなかは今ふうのファンシーなカフェになっていた。

 カフェを横目にしばらく歩いていくともうひとつ駅舎があらわれた。木造の建屋で白の板壁に合興車站とかいてある。きっとこっちが旧駅舎なんだろう。

 駅舎のちかくにはオブジェや小物がいたるところに配置されていて、そのどれもが間違いなくにかかわるカタチやコトバで表現されていた。

 駅の周辺はそれほど広くないようで、20分ほど歩いていたらほとんど見るところがなくなってしまった。次の列車がくるまで30分も時間があった。

 日陰のかさなる木のベンチに腰をおろして、ペットボトルの水をひとくち飲んで喉をうるおした。

 スマートフォンで合興駅を検索してみる。そのむかしこの駅を舞台に男女の尋常ならざる愛の物語があって苦難の道を経てふたりはいずれ結ばれることになる、というなんとも映画みたいなエピソードがでてきた。

 うーん。愛、なのか。

 自分にとってはもうほとんど遠いところにいってしまった言葉だった。聞いただけでなんだか足の裏がむずがゆくなってくる。そういう時代がないわけではなかったが、ある頃からひとりでいることを楽しんでいたら、いつの間にかひとりでいる時間が永くなってしまっていた。

 自由を選択しつづけた結果が愛を遠ざける結果につながったとするならば、それはきっと正しくない。おそらく世界にはいろんな種類の愛があって、それがどんな時にどんな形でどんな風に目の前にあらわれるかは、いつも気まぐれで、それから先それをどう受けとめるのかも本人の自由なのだ。どうにでもなれる、どうなったっていい、という自由なココロでいれば、いつでも、だれでも、自由なんだ。

 むき出しになった足のほんの一点にチーンとした感覚があった。みると足首にゴマ粒のような黒い点があって、条件反射的に右手がその箇所をピシャリと叩いていた。手のひらに血が赤黒くとびちった。叩いたところがかゆくなった。となりに座っていた友人に荷物をたくして、すこし歩くことにした。

 旧駅舎の前のすこし広場になったところから、なにやら赤い色の掲示板らしきものがみえた。近づいてみると、ハートの形をした無数の赤い錠前が金網の目を埋め尽くすようにガッチリと括り付けられていた。

 離さない。離れない。錠前。ハートの錠前。愛の形。錠前。自由。錠前。自由。錠...

 なんだか、わからない。自分が何をカンがえているのかも、わからなくなってきた。

 合興駅にはおおくの人が遊びにきていて、散歩をしたり、写真を撮ったり、歌をうたったり、おおくの人たちがそれぞれの休暇をいろんな格好で楽しんでいた。

***合興の愛情駅で***


合興の愛情駅1


合興の愛情駅2-1


合興の愛情駅3-1



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ゆるい空、ながれるもの

 南投集集線新北平渓線ときて、今日は新竹内湾線にのって内湾にきている。これらの路線はなんでも台湾三大ローカル線といわれているだけあって、車窓の風景や駅舎のたたずまいや列車の待ち時間といったそんないろいろなものが、ゆったりとした空気につつまれているようだった。

 そのどれもに共通していえるのが、暑い、ということだった。なにせ僕は7月や8月といったいちばん暑い時期に集中して台湾にきているので、そうなると単なる自分勝手であるから、結局のところ暑いなんて文句はいえないのであった。

 空はうすい雲がかかっているものの、そのうすくなったところから、真上の太陽がここぞとばかりに焼けくそ熱線を照射してきている。おまけに皮膚にまとわりつくような粘着湿度が上下左右にただよっているので、風が吹いても暑い。

 汗まみれの自分とは対照に、ブンちゃんとハイさんはいつもとかわらない顔で、汗をふきとるような気配は一向にない。やはり日本人に比べると、台湾人はそれほど汗をかかないようだ。
 
 あぢいあぢいと、暑さからくる無気力無抵抗なヘロヘロ液を脳髄に大量分泌しながら、にぎやかな老街を離れて、内湾吊橋を歩いた。橋の下をのぞくとたいして深くない川がながれ、ズボンをめくった子供たちがバシャバシャと水遊びをしている姿がみえた。

 橋のたもとの茂みをぬけると山の斜面に沿うように民家や民家兼珈琲屋といった建物がぽつぽつ建っていた。

 「さくらぎはなみち!」

 ブンちゃんがみる方向には「櫻木花道」と、それから「内湾珈琲」とかいた看板がつきででいた。

 「スラムダンクですよ。知ってますね?」

 そういえばそれはたしか昔はやった漫画じゃあないか。しかし僕はじっさいに読んだことはなかった。

 「それはおもしろいのかい?」

 「台湾人は皆知ってますよ。日本人のあなたが知らないのはおかしいでしょう」

 ブンちゃんは少し困ったふうに笑った。

 なるほど、これは、日本に帰ったら要チェックや。

 僕らはもうひとつあった吊橋でない大きい橋を歩いて、内湾老街にもどった。喉がかわいていたので、僕は駅ちかくの緑色の檸檬が並んだジューススタンドで愛玉という黄色いゼリー飲料を買って飲んだ。

 愛玉は身体の熱を冷ます効果があると聞いたことがあった。甘酸っぱい冷たい液が喉をながれて、一旦みぞおちの内側あたりで徐々に吸収されていく感触を頭の中で実感していると、どうやらそれは本当のことであるような気がした。

 帰りの復路の列車がけたたましい警笛とともにホームにはいったので、僕らは人びとの群れに混じって、せまい改札をぬけた。

***内湾老街の内湾吊橋から***


内湾吊橋2



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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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