台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

風車はゴンゴンまわってた

 日陰のやけにみじかくなった停留所で、アスファルトのてらてらとした照り返しに頭をシロクロさせながら、無限につづく巨大な待ち時間と、ただやみくもに通り過ぎていく車の数々を、なんの関連もなく眺めていた。

 今までどんだけ無計画で無頓着だったんだろう。しかしまあよくもここまでやってこれたもんだな、とわがバカさ加減に改めて感心するとともに、のらりくらりと、なんとなく乗りきってきた無邪気な時代の思い出が、まるで走馬灯のように駆けめぐっていく、というような図を、やはり空っぽの頭のなかで無意味に思い浮かべてみたりしていた。

 「ブンちゃん、すまなかった。僕の負けだよ」振り返ってみるものの、ブンちゃんはまだ諦めきれていないのか、停留所にかかった時刻表とスマートフォンの画面とを交互ににらみあって、なんとかこの危機を切り抜けようと孤軍奮闘しているふうだった。

 「もういいんだ。ちゃんと調べてこなかった僕がわるいんだ。時間を無駄にしてしまったね。プーハオイースーだ。帰りのバスが来たら台中に戻ってビールでも飲もう。そうすればきっと今日のことは忘れられるよ」

 そのとき、ふと、なんの前触れもなく妙な胸さわぎが起こったんだ。見上げると、こっち側の道路のずっと向こうの方から、ふいに一台のバスが、まぎれもないバスが、黄色い粉塵をまきちらして猛スピードで走ってくるのが見えた。

 「お!?あれはなんだ?」

 陽光の白い反射にその輪郭を弱めながらも、フロントの電光掲示板に、あきらかに高美湿地とかかれたネオンが赤々とゆれていた。

 「おいおい、ブンちゃん!あれはなんだ?通り過ぎていくぞ!」そう叫ぶか叫ばないかのうちに、ブンちゃんは両手をブンブンおおきく振りまわして道路にとびだしていった。

 バスは停留所から10数メートルほど過ぎたあたりで停まったようだった。どうして今バスが来るのか。なんで高美湿地に行くのか。いろんな疑惑がひっきりなしに脳内を駆けまわったけれど、そんな理由なんてこの際もうどうでもよかったんだ。パタンとひらいた扉のステップを、僕らはとにかくいっきに駆けのぼっていた。

 バスのなかは僕たち以外に乗客はなかった。すこし道を進んだところで、小学生たちがいく人か乗り込んできた。あとでわかったんだけど、実はこのバス、正規運行のバスではなくて、小学生を送るためになにやら特別な手続きを経てほぼ臨時的に走っていたそうである。そのバスがたまたま僕らの目の前を通り過ぎた、という寸法だ。

 今までの空白を取り戻すかのように、バスはぐんぐん走った。やがて車窓の建物たちはきえ、田園がひろがりはじめた。車内は底抜けにあかるい台湾のポップソングが大音量でながれていた。

 高美湿地の駐車場に降りると、絵の具のように青い空が広がり、すこし離れたところで白い風車がゴンゴンと音をたててまわっていた。

***いまから、高美湿地へ***

風車はゴンゴンないていた1

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空っぽの後悔記念

 ガキン、ゴンゴン、ギンッ...バスが勝手にうごくから前の背もたれとか手すりの棒とか半径50cmのいろんなモノが僕の頭にゴンゴンぶつかってきたんだ。

 「僕の頭はコンクリだから痛くも痒くもないんだもんね」

 「あのねえ、たしかに頭コンクリという台湾の言葉ありますよ。でもねえ、それは頭が硬いから強い、という意味でなくて、考え方が固いとか、柔軟性がないとか、場合によってはバカという意味もあるんですからね」

 ブンちゃんはスマートフォンから顔を上げると語学の先生のようにたしなめる口調でいった。スマートフォンの画面には地図が映って東海大学とかいた敷地がでていた。そして窓の外にはいたってアカデミックな感じのキリリとした立派な門が通り過ぎていった。そういえば僕の実家のちかくにも同じ名前の大学があったな。

 自分もズボンのポケットからスマートフォンを取り出して昼飯のときインストールしておいた台湾公車通というバスアプリを起動していま走っているバス停の位置を確かめた。

 えーと、さっき台中火車站をでたばかりだから、東海大学は、と。うむむ。このあたりか。とすると清水まで残りのバス停は5か所だな。いや10か所。あれれ20、およよ30、、、おいおいまだあるのかい。そんなにバス停を置くなよ、これじゃあ一体いつになったら着くんだい。

 いつの間にかバスに乗ってくる人よりも降りていく人のほうがおおくなって、気がついたら車内は空っぽの弁当箱みたいになっていた。

 「ブンちゃん助けて!僕たち遭難したぞ!」

 「あと30分くらいで着くでしょうよ。バスは電車ではありませんから乗る人や降りる人がいない限りバス停を通り過ぎるだけです」

 そういやそうだ。いままでずっと電車ばかり乗って気がつかなかったけれど、乗降客がいない限り停まらない、というバスの基本的な作法をすっかり忘れてしまっていた。

 僕らが降りるのは終点の清水火車站じゃなくて、そのいくつか手前の華南銀行だった。よし華南銀行の表示がでたら誰よりもはやく目の前の下車鈴を押すんだ。と心に決めたとき、喉のずっと奥からムズムズと蟲みたいなものがうごめいた感じがあって、もうどこか行って消えちゃったはずだったのに、あの嫌味な咳の大群がじわじわとのどチンコをはい上がってきたんだ。ゲホゲホ、ゲッホゲホ、ホゲホゲ~。

 「さあ降りますよ」

 下車鈴はすでにブンちゃんの指で押されていた。

 「だけど、まだバスは停まってないよ。停まるまで待ってよ、まだ立つのは早いよ危ないよ」

 「座席を立ち上がって降りるという意思をはっきりと示さないとバスは停まりませんよ」

 華南銀行の時刻表に高美湿地行きのバスはなかった。でも案内図があってそれによると道路をすこし行った先の清水高中にもバス停があって、そこで高美湿地行きのバスに接続できるということだった。そうして、清水高中は歩いてすぐのところにあった。

 ちいさな日除けのついた停留所で、ブンちゃんはさっそく時刻表とにらめっこしていた。その横顔をみると、どうも事態がよろしくないような雰囲気があった。

 高美湿地行きのバスの時刻を指でなぞってみると次の発車は17時30分とある。なーんだ17時30分か。いまはまだ15時40分だから、あと2時間だな。ほう2時間か。2時間?17時30分?それはけっこうな時間なんじゃないのか!

 陽はまだ暑くて暑いし暑いったら暑い。それから、こんな知らない街の道路の前でどうやって待っていればいいんだ。途中でうんこがでたくなったらどうすんだ。

 タクシーを拾おうにも道には黄色のタクシーもなければ白のタクシーもなかった。

 ブンちゃんは、ふいにスマートフォンを持ち上げ、近くのタクシー会社を調べ、電話しはじめた。ブンちゃんはたくましい。しばらく交渉しているふうだったけど、ブンちゃんは肩をふかく落としていた。

 迎車できるタクシーはない、という電話口の対応だった。ブンちゃんは僕のガサツで身勝手な旅にとことん付き合わされたうえに、とうとうこんなところにまで引きずり込まれてしまった。ただ単に僕が無計画で無頓着だったから。なんだか悪いことをしてしまった。僕はすこし後悔した。

 知らない街の、まだ暑い陽射しのふりそそぐなかで、僕らは、いよいよ、本当に困ってしまった。

***台中の清水***

台中清水1

台中清水2


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ルート306の挑戦

 台中駅からバスで清水まで行ってそこでまたバスを乗り換える、というルートが、高美湿地への行き方としてこの昼さがりの時間帯においてとりわけ効率がよくて正しいやり方のようだった。

 そのバスの発着場はタクシーを降りた駅の側じゃなくて線路を隔てた反対側の方面にあるらしかったので、僕らは、まだ完全に完成しきったとはいえない駅の連絡通路をくぐって構内からでた。思っていたよりもけっこう歩くんだな。額の玉のような汗をぬぐいつつふと後ろを振りかえるといつかどこかでみたレンガ造りの駅があった。やっぱりここは由緒正しき台中駅だったんである。

 駅としての機能はおそらくもうほとんど新しい駅に移行してしまったはずなのに、まだこうして昔の駅舎が存続しているのをみると、なんだか少し安心したような気持ちになる。それから、たった3年間という時間でも、ずいぶんと風景をかえてしまうものだなと思うと少し寂しくなった。

 そんな古い台中駅に面して台湾大道一段というひときわにぎやかな通りが垂直に延びている。ブンちゃんはさっそく通行人に清水行きのバス乗り場の聞き込みを開始した。自分は台湾にいてわからないことがあるとなんでもすぐに人に聞くけど、もしかしたら台湾人も同じようにすぐに人に聞くのかもしれない。いつでもどこでも気軽に他人に声をかけることができる環境。フツーのことなんだけど、なんかうらやましいな。

 そうして、306番のバス停から14時20分に清水行きのバスがでることがわかった。今からあと一時間くらい間があるし、まだ昼飯を食べていなかったので、サクッと入れる店でできるだけ簡単に済ませようとブンちゃんと店探しをはじめた。

 実は台中に着いてからずっと違和感を感じていたことがあって、それは道行くおおくの人たちの言葉や顔つきが台湾人のそれとは明らかにちがっていることだ。どちらかというと東南アジア系と思われる人たちが、すさまじい確率で混ざっている感じだ。

 繁華街をぬけるとまたしてもレンガ造りの通りがあらわれた。もうとにかくたくさんの人でごった返している。宮原眼科というアイスクリーム屋さんで、もうとにかく人気すぎて、なかに入っていく気も起こらない。5年ほど前にいちど入ったきりで、僕には、もう遠い存在になってしまった。

 造りがおしゃれでなんとなくファーストフード店みたいな飯屋に、なんとかテーブルの空きがあったので、そこで排骨丼みたいなものを注文してそいつをかきこんだ。

 バス停に戻ると、清水行きのバスはほとんど時刻どおりにやって来た。

 サングラスにキャップをかぶり日焼けした厳つい兄ちゃんがハンドルをにぎっていた。筋肉の締まった二の腕を左におおきく歪曲するといっきにアクセルを踏みこんだ。そして、信号が青であるかぎりどんどん飛ばしていくぞ、という凄みがあった。

 この怖い気持ちとワクワクする感じ。こうなると、バスはもう単に移動のための手段というより、むしろエンターテイメントのそれに近いものだった。

***台中駅から清水へ***

ルート306-1

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ルート306-3




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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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