路頭の猫

 ...苗栗とかいてミャオリーという...ん?ミャオリーってなんだ...ミャオリー...ミャオー...ミャオミャオ...なんか猫のなきごえみたいだ...そういやむかし苗栗の地名は猫の里...じゃあなくて貓裡とかいってたっけなあ...

 とぎれとぎれだった車窓の風景の断片がしだいに一つの連続した形になって頭のなかではっきりしてきた。そのあいだ苗栗ミャオリーになっていくヘンな夢もみた。どうやら苗栗に向かうバスのなかで眠りこけてしまっていたようだ。

 覚えているかぎり、あれだけ空いていたはずの座席はいつの間にか人で埋まっていて、コンビニで買っておいたパンとペットボトルの水は手付かずのまま荷物掛けにぶら下がるビニール袋のなかで所在なさげにゆれていた。

 台北を発ったのはそういや今から2時間ちかく前だったな、とまだ起きたばかりの頭のなかで時間をもどしてみた。2時間経ったとするならば、もう苗栗に着いてもいい頃合いだ。

 しかしどういうタイミングでバスから降りたらいいんだろうか。まわりの乗客は皆しずかに座ったままでいっこうに降りる気配がない。

 もしかしたらみんな苗栗よりもっとずっと先まで行くんじゃないだろうか。そうだとしたら、またいつかみたいに自分ひとり乗り過ごしてどこか名前もしらないような土地で降ろされたあげく追加料金を払わなくちゃならないかもしれない。

 そんなとき、運転席からバスの運ちゃんの声があった。きっと次に停車する場所をよびかけているんだ。なるほどこれはいいタイミングじゃないかと僕はあわてて頭上にみえたおそらく降車を知らせるためにあるはずのボタンを押してみた。

 期待に応じて減速をはじめるバスであったけれども不安がまったくなかったというとウソになる。やっぱり念のためだからと僕はちかくに座っていた優しそうな初老のおじさんに地面に指さすポーズで「ここ、苗栗?」みたいなことを聞いてみた。おじさんは「うんうん、そうだ」みたいなことをいってくれたので、やっぱりここでいいんだと胸を張って堂々とバスのステップを降りたんである。

 走り去るバスをしばらく見送っていながら、自分ひとりだけしか降りなかった苗栗という地はなんてけったいなところなんだろう、と思った。一方で、いや待てよ。ほんとうに僕が目指してきた苗栗だったのかなあ、という疑問もあった。首をかしげつつも、いずれにしても駅がどこかちかくにありさえすればそれは確実に台北へつながっているんだ、と僕は考えた。

 そこはただっぴろい幹線道路が一本あるだけの、人びとの日常生活の匂いあふれる風景からはほどとおい、ただ車が走りすぎるだけの、どことなく郊外の雰囲気がただようさびしい場所のように思えた。自分以外に沿道を歩いている人なんてない。

 そういえば、降りるときに自分は「苗栗」って聞いていたっけかなと今さらながらに思いかえしてみたけれど、もしかしたらそんなこと聞いていなかったような気もしてきた。ということはここはどこなんだろうか。スマホでGoogle mapをひらいてみるも現在地のカーソルはあっちこっちに動きまわってどうも正しい位置に落ち着かない。

 道路をすこしいくと川のながれるちいさな橋がありそのちかくにこの付近ではいささか目立つたたずまいの自動車販売店の建物がみえた。なかで仕事しているお姉さんがいたので「ニーハオ」と店にはいって「苗栗」とかいたふせん紙をみせてみた。お姉さんはうんうんそうだ「トエトエトエヤー」といって首を縦に振った。そのあと僕は一文字たして「苗栗駅」としてみたら今度はちがうちがう「プトエプトエプトエヤー」と首を横に振った。わかったぞ。ここは苗栗だけれど街がひろがる駅周辺からはずっとずっとはなれたところだったのだ。

 お姉さんは僕が苗栗駅に行きたかったことに気が付いたのか、同じ販売店で仕事をしていた兄ちゃんに中国語で何かを話しはじめた。兄ちゃんは最初なるほどなるほどと深刻な顔で聞いていたけれど、ずぐに僕の方を向くとハッハハハと笑った。兄ちゃんはそのまま僕を駐車場まで連れていくと、停めてあった営業車の助手席のロックを解除した。

 駅に向かう車のなかで、これからはじまる一日が、不穏なもののようにも、愉快なもののようにも思えてきた。そして、めし屋や人びとが街の風景が視界のなかをいろどりながらつぎつぎに通り過ぎていくにつれて、僕は、ありがとうありがとうシエシエシエシエと、感謝してもしたりないくらい心のなかでなんども繰り返していた。

***台北から苗栗駅まで***

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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