愛河に風が吹いたとき

 「夏は枝豆だな」 
 リブヲは東京にいるときと寸分ちがわない顔で言った。

 「まあ定番だけどな」
 おれたちはフライパンで炒めた黑胡椒炒毛豆という台湾版枝豆をねっしんに口に運んだ。

 リブヲは高雄人であるが普段は仕事で東京に住んでいるので、おれたちは暇さえあればお互いの中間地点にあたる五反田あたりでよく酒を飲んだ。今日リブヲは高雄に里帰りし、おれは高雄に観光で来たに過ぎない。だからいつも東京あたりでやっていることと同じことを場所だけ変えて高雄愛河あたりでやっているだけのことだった。

 「おれは枝豆というものは茹でたらさっと冷やして塩かけて食うのが好きなんだけどな」
 「まあそれはそれでうまいが、こっちもうまいよ」
 「まあそうだな、でも指が油でべたつくから食べるときは箸をつかわなきゃならん」
 「まあそれはあるな」
 「それにしても毛豆って名前のセンスねえよな。とてもじゃないがうまそうに思えん」
 「どうしてそうなる?」
 「いやあ、だってよ、なんこう豆粒からニョキニョキ毛が生えたようで虫みたいじゃないか」
 「それ何の虫だよ。でもその通りなんだから仕方がないだろ」
 「まあそう言われたらその通りだな。かわの表面に実際に毛が生えているからな」
 「見たまんまだ」
 「そうか」
 「そうだ」

 愛河のほとりにある東京酒場という如何にも日本風な名前の居酒屋で、東京と比べてすこし値段が安いくらいのつまみを食べて、ビールで乾杯した。ビールの銘柄は台灣啤酒といった。ハチミツ色の炭酸はこの暑い気候に合わせた結果なのか苦味はすくなくスッキリした味わいだ。店内は日本の歌謡曲がながれている。その出口も入口も解放しきった店内は風がよく通りまことに気持ちがいい。台湾風に味付けされた色の濃い料理は二人のコップのビールをじゃんじゃんと空にした。

 酒が入ったことによる酔いのちょっとした心地よさも手伝って、おれたち二人は愛河を散歩することにした。皮膚の表面10㎜あたりのところを覆っているアルコール膜の火照りが、河岸から吹きつける風といい感じに融合している。流れに沿って並行する歩道は、何組かのカップルたちが手をつなぎあって歩いていた。

 「やっぱり高雄はいいなあ」
 「まあ、高雄はリブヲの実家だしな。それよりもロマンチックじゃあないか君」
 「おい、男二人でそんなこと思うのかよ」
 「今ここにいる君が男じゃなくて女だったらどれだけ気分よかっただろうなあ」
 「このやろ、それはこっちのセリフだ」

 絶え間なく揺れている水面は、高雄の街の光を気まぐれのようにくっつけたり離したりして、それをいくつもの方向にキラキラと反射させていた。

 「知らないだろうけどおれが子供のころの愛河はずいぶん汚くて臭かったんだ」
 「へえそうだったのか。じゃあ今は綺麗になったから泳げるってことな」
 「そうは言っても泳ぐ人なんて誰もいねえよ」
 「それでもこんな日に飛び込んだらさぞかし気持ちいいだろうな」
 「じゃあやってみろよ」
 「酔いの勢いで言っただけだ。本気にすんなよな」

 河を横断する橋の真ん中あたりにまで差し掛かかったころ、欄干からはるか下を流れる河を見下ろした。

 風だ。風だった。やっぱり風がちがう。

 自分が知っている東京の界隈と高雄愛河で明らかにちがう点があるとすれば、この吹きつけてくる風であり空気だった。台湾南部のカラッとしていくぶん湿り気を帯びた空気は、真夜中の時刻になりつつあるとはいえ、開放的であり、十分な暖かみを持っていた。そして、昔の思い出といっしょに故郷の風を胸いっぱいに浴びているリブヲは、心なしか、いつもよりもなんだか高雄人らしく見えた。

***高雄の愛河にて***

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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