セキカンロウに月がでて

 ホテルに帰ってスマホを見ていたらテンと音が鳴ってメッセージが入ってきた。少しのあいだ仕事を抜け出せるので会いましょうといった内容で、台南民權路二段ちかくで美容院を経営している陽さんからの伝言だった。

 夜に入りたての空はまだまだ暑くて、信号待ちしているそばからオーブンのような熱風が体全体にまとわりつき、ここがもう東京でないことが極めてはっきりとした変化になって、自身の内面に今まで沈殿していた負の塊のようなものをじりじりと壊し始めていた。

 陽さんに会ったのは民權路二段に沿った串焼きの酒場だった。路上に並べられたテーブルで街の通りを眺めながら、ふだん食べているものと明らかに異なる風味の焼き鳥や炒め物などを食べて、台湾ビールで乾杯した。陽さん自身はほとんど飲まず食わずだったにもかかわらず、酒や料理を次から次へと注文していた。最後に、陽さんはこの後もまだ仕事が残っているといって、私はそれら全てをご馳走になってしまった。私はなんだか大変に恐縮した気持ちになった。

 陽さんと別れてから、ふたたび夜の台南を一人で歩いた。そもそも東京から逃げてきたつもりでいたので、もう何でもよかった。何が起こっても驚かなかったし、自分の身がどうなってもよかった。それから人と会うつもりもなかった。それなのに、唐突にこのような出会いが発現し、思いもかけなかった地元の友人からの親切を享受してしまうと、もうなにも分からなくなった。

 暗いはずの道は夜なのに明るく、いろいろな音が聞こえていた。道の傍らで焚火でもやっているのだろうか、ドラム缶のような燃やし場から炎と煙がもうもうと噴き出して、その匂いが台南の街全体に漂っているのかと思えるほど、黒いはずの夜が白くぼんやりと透けているように見えた。

 見上げる空にはいくつかの星と月がでていた。内面に滞留していた不条理で暴圧的な日々のことは既にもうどうでもよいことになっていた。台南の空の下は、自分の知らない今までの日常とはまったく異なる世界が動いており、それまでの憂鬱が、昼間の陽光を思いきり浴びた路上の熱気に乗せられて、ゆらゆらと空たかくに去っていってしまう様子を小気味よく思い浮かべていた。

 夜空の向こうから、女性の高く澄んだ歌声が聞こえてきた。浮遊した足取りで、歌声に誘われるままに歩いていくと、赤崁楼(せきかんろう)があり、庭園の広場で演奏会をやっていた。1653年にオランダ人により建てられたとされる赤崁楼は、さまざまな歴史の想いが込められた城であり、同時にそれは台南市民の憩いの場所であった。夏の月明かりが演奏会場を照らして、このままいつまでも終わらないでほしい週末の夜だった。

***月明かりの赤崁樓で***


セキカンロウに月がでた




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台湾ちんほうちゃ日記


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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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