風吹く港

 2013年7月13日 宜蘭

 部屋に入るとすぐに呼び鈴が鳴った。ドアを開けると受付の兄ちゃんが立っていて私にメモを渡した。


   私、取る、漁港、魚、

      一起、来、暇、12:30、いいね?

           我、あなた、運、車。


 知っている限りの日本語を列挙しただけのような、規則のない羅列には、ただぼんやりとした印象しか残らなかったが、その分かったような分からなかったような筆跡からは、人に何かを伝えたいというひたむきな思いがはっきりとにじみ出ていた。私は単語の隙間に言葉をつないで本来得られるはずの文を想像した。


 このあと12時30分に、魚を仕入れに車で漁港に向かうので、もし暇があれば、君もいっしょに行かないか?


 昨晩の激しい颱風で私は十分な睡眠をとることができなかった。怪物の咆哮のような轟音が、窓に叩きつける雨水といっしょに、あらゆるものを壊しながら一晩中にわたって響いていた。朝起きるとテレビは断線し、窓側の床は足の踏み場もないほどの水たまりとなっていた。公園の木々は大小関わらずなぎ倒され、道路の上には自然のものと人工のものが分別なく散乱していた。この日は私にとって、台湾の颱風の猛烈さを目の当たりにした初めての日になった。

 颱風が去った反動からか、その日は一日中外出をしていたようで、ホテルに着いた頃には深夜の12時を過ぎていた。シャワーを浴びてすぐに休みたい気持ちがあったし、もしかしたら誘う目的が別にあって私を罠に陥れるのではないかという不安もないわけではなかった。それでも物静かな兄ちゃんの目には、ただ人に親切にしたいという純粋な気持ちが浮かんで見てた。それまでよどんでいた疲れと不安が、次第に肥大化する好奇心と冒険心に打ち負かされていた。

 車の中でとりとめのない会話を交わした。兄ちゃんは台中出身だった。台中は都会でつまらないところだ。宜蘭には美しい自然がたくさんある。人の心と空気が綺麗な宜蘭が大好きだった。仕事場は必然と宜蘭を選んだ。ただし食事に至っては宜蘭の料理は辛さが足りない。料理は台中に限ると漏らした。

 橋の上から漁港が見渡せた。颱風の残り風が強く身体を揺らしている。一晩中にわたって繰り返された暴虐がまるで嘘だったかのように港は静かに浮かんでいた。所々の明かりが人々が生活を継続していることを示していた。橋の中央分離帯に止めた車から離れて、歩道脇に突き出ているコンクリートに腰をかけた。そこで一枚だけ写真を撮った。

 兄ちゃんとは初対面だった。ホテルの受付で初めて会ったとき、事務的に3日分の宿代を支払った。部屋の鍵は事務的に受け取った。朝食は事務的に用意されていた。今はもう事務はない。あるのは自分の愛する宜蘭の景色を、一人の友人に見てもらいたかったという、兄ちゃんの静かな気持ちだけだった。

 
 お互いに口を閉ざしたまま、ときおり吹くなま暖かい風にそれぞれの思いを揺らした。仲間のこと。仕事のこと。これからのこと。。このままでいいのかという疑問が、先の見えない不安となって、人生の終わりまで永遠と横たわっているかのように思えた。困難は颱風のように繰り返しやってくる。風はいずれ静まる。ときおり取り返しのつかない傷を残すことがある。経てば過去の記憶になる。記憶はいつか忘れられる。忘れたい記憶は風に飛んでしまえばいい。そんな記憶が風化してしまうまで風に吹かれていようと思った。


風吹く港



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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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