救世主クチビルゲ

 内湾駅舎の階段を下りてなだらかに傾斜する通りを人びとながれに合わせてゆっくり下っていった。内湾老街には、土産物を売る店、アイスクリーム屋台、ドリンクスタンドといった店が道の左右につらなり、絵にかいたような休日が、目の前いっぱいに、いやがおうにも熱いかがやきを照射してくるのであった。

 途中の一軒に雑貨屋然とした店があったので、ブンちゃんとハイさんと私は、ただ見物のため暑さ逃避のため寄ってみることにした。店の入口の陳列棚に、おそらくこの世にある様々な“ヘンナクチ”を収集したといったような、幾種類もの口をかたどった布製マスクが不気味にぶら下がっていて、それが妙に目についた。

 こんなけったいなマスクいったいどこの誰がつけるのか。私はすこしさげすむような心持ちで、そのまま友人の後につづいて店のなかへはいった。店内は思った通りによく冷えて気分がいい。しかし、そうした快楽も私にとって一過性のものでしかなく、ほどなくしてあのいまいましい咳の連打に心の平静は決壊したのである。背中の裏側あたりから、それまで影をひそめていた咳が火山のごとく熔解し、ゲッホゲホゲホゲッホッホと肋骨をはげしく上下したのだ。

 いたたまれなくなった私はいったん外に出ようとした。すると、先ほどのヘンなマスクがまたしても目についた。それは、不敵な笑み、というより、私を見てケタケタ笑っているように見えた。均衡が崩落し、物理学的にも生理学的にもありえない大きさをした巨大口マスクは、困惑と不条理と可笑しさを意味もなくかき混ぜにして、私に得体の知れない何かを訴えているふうに思った。

 私は苦しまぎれに「これはいったい何なんであるのか?」という頓狂な質問をブンちゃんにぶつけていた。「これは台湾人がバイクに乗るときよくつけるマスクですよ。台湾はいろいろな絵柄があって面白いですよ」ブンちゃんはその一つを手に取っていった。

 加速していく咳のなかで私の脳裏に一つの考えが浮かんでいた。絵柄が何であれ、マスクはマスクなのだ。マスクでありさえすれば、いまそれを装着することで、多少なりとも周囲への飛沫の拡散を抑えることができるのではないだろうか。

 私は100元紙幣と50元硬貨をマスクと交換した。日本円で少なくとも500円はするはずだから、単品のマスクとしてはかなり高額である。それでも、防塵性、堅牢性に関して抜群な性能を発揮してくれるに違いないという根拠のない自信のもと、私はさっそく袋をやぶり濃厚なインクの匂いが残るマスクを口に当てパチンと両耳にゴム紐をかけた。

 「よいです。似合ってますよ」ブンちゃんは落ち着いた顔でいった。「哈哈哈哈哈」ハイさんはブンちゃんの背中で笑った。

 「台湾人はごく普通にみんなつけているから問題ないですよ。それに台湾人は他人のことあまり気にする人はいませんから」ブンちゃんはそう加えた。それを聞いて、私は心強い味方を得たような気がしてきた。私はなんだか快活になり、まわりの風景があかるく楽しいものに思えてきた。

***内湾老街で***

救世主クチビルゲ

内湾老外2




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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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