もう敗けないというのなら

 もうどうでもいいもうどうなったっていい。そんないつの日の敗北感も、もうあれからずっと会っていなかったから、そんな永遠をいくら期待してもそれはきっと本当の言葉にならなくて、このまま終わりになったとしてもいつも闇の内側で生きつづけて、嘘になりきれない最後の諦めがあったから、このまま変化を待っていても誰も生かしてくれないから、どこか遠くから聞こえる声にみちびかれて、どんなものも透かす気付きが後押しになって、今、ここにいる。

 それでも、なげやりな気持ちはちっとも変わってなくて、意固地な絶望もまだどこかに残って、旅なんてどうでもいいと思っていたくせにいい感じに疲れていい感じの気分転換になれば、かなしいくらいに何も変わっていないのに、あの時とおなじままでいてくれたことを思うと、おいてけぼりをくっていた幻滅のこともひっくるめて、すべてが真実にうれしかった。

 ふいにまさかの台湾行きを決めて、なかでもとりわけ新竹に来て、内湾線に乗って、久しく遠ざかっていた、旅、というものを、もっともらしく旅の形にすることができた二日間になった。

 新竹の街はすぐに夜があふれて、木立の向こうの護城河親水公園ちかくの川岸から、誰かの歌声が、生暖かい風にまじって、汗のかわいた額をいくども通過していく。週末の危険でゆるやかな時間に、歌詞の内容もその意味さえもわからない歌声に、理由もなく耳をそばだてていた。歌は言っていた。生きることすべてを絶望する必要はない。歌は言っていた。生きてまで絶望する必要はない。

 暗黒が、とぎれとぎれの照り返しを繰り返して、過ぎていった記憶も、佇んでいる記憶も、夜の深みに、永遠のトンネルに、つぎつぎに引きずり込んでいる。どこまでが現実の夜で、どこからがそうでない夜で、目の前にひろがった隍廟夜市は、夜なのにすべての夜を消し去って、強くあかるい温もりを吐いて白くかすんでいた。普段からなのか週末だからなのか、とにかく動くものが多く目について、飯食う人と、歩く人と、バイクと、くるまが、すべて狭い路上のかたすみに、全然ちがわないところに生きていることを想った。
 
 それから、明日から孤独になることを想った。二人の友人とわかれて、独り台中に行くこと。何がしたいのか、何をやりとげるのか、目的まで見えていなくて、望んでいたのに、今はただ、敗北の企てに目をそらしている。得体の知れないきらめきが、懸命に色をかえているのに、よどんでいく姿だけを、闇のなかでただ思い描いていた。
***新竹、最後の夜に***

新竹最後の夜1

新竹最後の夜2

新竹最後の夜3



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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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