小黄色の世界

 2012年6月22日 墾丁

 の上に出た。

 昼間のピークを過ぎた6月の太陽は、皮膚だけでなく、脳の髄にまで入り込むほど、じわじわと身体を蝕んでいた。すでに干上がった汗が、シャツの内側から、こぼしたジュースのように、動く身体にぺたぺたとまとわりついた。決してタピオカミルクティーを飲みすぎたわけではかったけれど、体表から糖分が吹き出ていると考えてみても、ちっとも不思議とは思えなくなっていた。私は6月にして、経験したことのない暑さに、少し疲れてしまった。墾丁の海岸を見てから、だいぶ南の方まで移動したようだ。

 自分の背よりも高く生える草の道を歩いていくと、急に視界が開けて、大きな入り江の海が見渡せる丘の上に立った。足元に目を落とすと、緩やかに切り立った崖が、なだからな坂に続いて、次第に海の中に消えていた。海岸というよりも、地面がそのままの形で、海の中に入り込んでいるようだった。はるか向こうに見える山は、蒸気を含んだ空気の層で、薄く霞み、夢の中に浮かんでいるようだった。周りには、太陽の熱を遮るものはなかった。それでも、ときおり吹く生暖かい風が、噴き出る汗を乾かして、妙に心地がよかった。

 崖の上には支えるものが何一つない。その気になればいつでも崖の下に落ちていくことができるように思えた。決して険しい崖ではなかったけれど、ゆっくりと沈んでいくような地表は、勢いさえついてしまえば、当然に帰ってくることができないという現実を確信させた。生きていることと死んでいくことの境界は、気まぐれな思い次第で、明にも暗にもなりうることを、平熱を超えた頭でぼんやりと考えていた。地面のあちこちには、乾燥した黄土がむき出しになっていて、荒野にいるような、火星にいるような、少なくとも今自分がいるところが、尋常の世界ではないことを示していた。

 そんなとき、視界の片隅にある、地面から突き出ている岩の上に、ちょろちょろと動く一つの影があった。トカゲが、ぽつんと、味気のない岩に乗っかっていた。その体表、丁寧に作り込まれた鱗の、一枚一枚の断片からは、遠い過去から続いている遺伝子の記憶が掘り込まれていて、今日までずっと継続してきた生命の意志が、小さい腕の筋肉の中に、たくましく息づいていた。ふと目を逸らせば、その隙に、数十センチ先に移動した。一瞬に起こる動作の後には、死んだような静寂があって、素早く動き出したかと思えば、ぴたりと停止した。

 爬虫類のもつ冷たいような目は、まるで感情をなくしたかのようで、こちらの意思を知ってか知らずか、瞬間的に動き出し、その後にいつ途切れるともしれない静寂を残した。黄色のように美しく光る線形の模様が、細やかな皮膚に知的な彩りを与えていて、その風体からか、友人は小さな生き物に、キイロちゃんという名前をつけた。キイロちゃんは、こちらを伺う様子でもなく、しかし、ほんの少しでも気配を感じると、危険を察知したかのように、素早く前に進み、そして止まった。

 この一瞬の静寂を焼き付けようと、私は、ゆっくりと、ゆっくりとカメラを近づけた。さらにそっと、スローモーションのように、できるだけ近づこうとして、十センチ手前まで、気付かれてしまうギリギリまでくっ付いた。そろそろと腰を屈めていくあいだ、地面の土が靴でこすれないように、震える手に突飛な動作を起こさないように、体中の息をすべて殺して、カメラを慎重に、そして正確に構えた。

風が吹いた。キイロちゃんはプイと向こうに走ってしまった。

 後ろを振り返ると、草むらの中に山羊小屋があって、いく頭かの山羊が、むしゃむしゃと草を食べていた。緑色に敷かれた草原と、殺風景の黄土を、何の気なしに歩き回っていたころ、ところどころに、黒く光っている丸い物体が、ころころと転がっていたことを思い出した。山羊のだった。

 駐車場に戻ると、色の派手な大きな観光バスが止まっていて、観光客と思われる集団が、大きな声でおしゃべりしながら降りてきた。ここは 龍磐公園 という観光スポットである。

 車に乗り込むとき、私は、靴の裏を少し気にしていた。そして、観光地となってしまっても、昔の風景はそのままに、静かに生きている自然を、いつまでも、そっとしておいてほしいと考えた。

 揺れる車の中で、ほてった熱が、だんだんと平静の状態に戻ってきた。薄れていく意識の中で、草むらから、ひょこっとキイロちゃんが顔を出した。この丘に来ると、今でも、元気に走っていたキイロちゃんを思い出す。


小黄色の世界



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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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