池上便當

 2012年7月11日 台東

 台東から花蓮に向かう列車の中で私は一人弁当を食べていた。旅情を誘うとはこういうことを言うのだろうか。窓の外にはのんびりした景色が緑の光を反射して、近いところは速く、遠いほうはゆっくりと流れていた。

 列車に乗り込んだとき、私の座席には、労働者風の、ちょっと怖そうな顔をしたおじさんが、新聞紙を大きく広げて、どっしりと腰を固定していた。切符の座席番号を読み返してみたら、はやり私の座るべき場所に違いなかった。

 私は、おそるおそる、自分の切符をおじさんに見せるとお前はこの席だと、通路に面した隣の席を指差した。私はもう一度、切符に印字してある座席番号を、上の荷台に記されている座席番号に照らした。それは、窓側を表す文字、Wの座席と合致した。

 私は荷台のWの文字を指差して、小さい声でウィンドウと言った。おじさんは、はっとしたような顔つきになって、頭をかきながら申し訳なさそうに通路側の席に戻っていった。

 窓側にこだわっているつもりではなかった。ただ、自分のではない席に座ることに、どこか後ろめたい気持ちがあった。しかし、お互いが相手の席を認識した今であれば、たとえ自分の席ではないとしても、私は安心しておじさんの席に座ることもできたのだった。

 列車は台東駅から少し進んで池上という駅に停まった。ホームには何人かの弁当売りが、首から弁当を段に重ねて、それぞれの売り場所をドアが開く位置にあわせて歩いていた。窓の隙間から弁当を売る呼び声が聞こえた。

 あの弁当を買うためには、隣に座っているおじさんの前を通してもらう必要があった。間隔によっては、いったん立ち上がって通路に出てもらう必要があった。いずれにせよ、おじさんには、今開いている新聞紙を閉じて、読んでいる記事を中断してもらう必要があった。

 つい先ほど、窓側から通路側に移ってもらったばかりだったので、私には少しためらいの気持ちがあった。それでも、池上弁当は非常にうまいと聞いていたので、来る前から食べることが楽しみでもあった。今昼食をとらなければ、次はいつ昼飯にありつけるのかという不安も頭を通り過ぎた。

 朝食を抜いた私の腹は既に空っぽだった。誰かが旅の恥は掻き捨てだと言っていた。どうしようもない観光客と言われてもよかった。私は席を立った。

 おじさんは、こうなることをはじめから予測していたかのように、それまで開いていた新聞をぱたぱたと折ると、さっと席を空けて、わざわざ通路に立ってくれた。空いた座席の前を通るとき、自分で窓側の席を主張したばかりに、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 弁当箱を支える指には内側の温もりが感じられた。箱の小さい隙間からは、ごはんおかずの匂いが色々に混ざりあって、熱い蒸気といっしょに外にこぼれていた。弁当を包んでいる絵は、どこかで見たことがあるような、懐かしい感じのものだった。

 揚げた豚肉煮卵漬物、茹でた青菜が、四角の箱いっぱいに隙間なく詰め込まれていて、少しの間から、白いご飯が小さく顔を出していた。

 窓の外には緑色の田園が続いていた。しばらくして鉄橋に差しかかると、灰色の砂利の間に浅い河が広く流れていた。

 隣のおじさんは途中で降りていった。私が目指す花蓮ももうすぐだった。

池上便當

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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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