ふさわしい朝食

 2012/5/30 宜蘭

 朝食は蛋餅(レンビャン)に限る。あとは豆漿(ダウレン)があればいい。

 宜蘭に来ている。昨日はものすごい豪雨にあたってしまい、バスから降りたとたんに服とスーツケースがびしょ濡れになった。すぐにコンビニのひさしの下に逃げ込んだが、勢いよく殴りつける水しぶきはすべて防ぎきることができず、地面から跳ねかえる飛沫とともに全身を湿らせた。ポケットのなかの携帯が震えだしたので、雨の左手で居場所を伝えると、友人がすぐに目の前に現れた。

 今日も朝から鉛色の雲がどんより浮かんでいた。

 交通部公路總局臺北區監理所宜蘭監理站の近くにその朝食屋はあった。小さいながらも地元の人でにぎわう店内には、勤め人や学生たちが立ち上がったり座ったり、慣れた手つきで料理を選ぶと、空いているテーブルに座って、食べ終わるとすぐにそれぞれの行くべき先に向かっていった。外にはバイクに跨ったまま注文をする人もいて、毎日繰り返される慌ただしい時間の中に、日常的に営まれている朝食の文化というものを垣間見る気がした。

 好きな食べ物を自分で組み合わせるやり方は、よそから来た私にとって何がどういう状態であるのが一般的なのか要領を得ないので、他の人のお皿の内容から見当をつけるしか方法がないように思われたが、友人は台湾でよく食べられている朝食をいくつか選んで、初めての私のためにセットしてくれた。

 蛋餅とは小麦粉を加えた卵焼きで、ねぎが少し加わる。モチのように歯ごたえある炭水化物は、新鮮な卵に絡まって、特性のソースによくなじむ。ぎゅっと噛むと、そのまま一日のエネルギーに変換されていくよう。豆漿のほんのりとした甘味が喉をとおる。豆漿とは日本で言う豆乳である。熱々ではなくて、熱々よりすこしだけぬるい温度で、ゆっくり浸透し、身体に吸い込まれていく。

 朝食といえば、小学生くらいのころ、目玉焼きと味噌汁とご飯がよく食卓に並んでいた。焼き魚の日もあった。納豆が供されることもあった。海苔が添えられる日もあった。前の夜の残り物だったり、パンだった時期もあった。食べないと大きくなれないと言われながらも、眠い眼をこすって口の中に無理やり押し込んでいた。

 あれから年が増し、親元を離れ、多くの人がそうであるように、東京で一人で暮らしている。仕事が中心の生活になると、かつての朝食は形を変え、手で調理するものから簡易な既製品になった。カロリーメイト、ヨーグルト、バナナ。ついにはそれすらもなくなった。

 朝食を食べる機会がめっきり減ってしまった。そもそも朝食を食べる習慣があったことすらも覚えていない。いつも早めの昼食をとり、遅い夕食で一日が終わる。日によっては酒を飲む。そんな食生活に身体がなじんでしまった。

 日本をはなれて、こうして朝食という生きる活動の一部に再会してみると、蛋餅と豆漿というあまり深いなじみはない料理ではあるけれど、懐かしい昔の記憶が思い出されてくる。腹が膨れると力が沸いてくる気分だ。

  
 友人には仕事が待っている。私は旅を続ける。朝食が終わり台北行きのバスターミナルで友人と別れた。


ふさわしい朝食



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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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