台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

深夜の音

 2013/12/30 台中

 起きているのか眠っているのか分からないうちに目を覚ました。枕元の壁の天井の向こうから妙な音がする。始めは何の音ともまたどこから来るともはっきりした見当がつかなかったが、聞いているうちにぼんやりとではあったが耳の中にひとつの観念が浮かんできた。

 建物の裏側で鉄のようなものを叩いたりひねったりしている。何か修理でもしているのかと考えてみたが、それにしてもこの時間に何の理由があって修理をする必要があるのか。

 これはきっと壁に掛けられた道具か何かが、風に揺れるたびにぶつかって鳴る音にきまっていると、すぐ心のうちで言い聞かせたものの、さてそれなら果たして続けてぶつけてみたり、力ずくでひねってみたりするような音はどうして出るのだろうと考えるとやっぱり分からない。

 自分は分らないなりにして、もう少し眠たくなるような事に頭を没頭しようと試みた。けれども一度耳についた不可思議な音は、それが続いて自分の鼓膜に訴える限り、妙に神経にさわって、どうしても忘れる訳にはいかなかった。

 あたりはしんとして静かである。夜の3時を過ぎたホテルは死んだように静まりかえっている。泊り客はすでに部屋に引き込んで寝てしまったのか、会話をするものや、廊下を歩くものは一人もいない。窓の下から車の走る音さえ聞こえない。その中に、かんかんかんきゅるきゅるきゅる、と金属を擦り減らすような奇な響きだけが気になった。

 次の日は霧社のツアーに参加するためどこかで一泊する必要があった。場所を台中に選んだのも、ツアーの集合場所が台中駅であるといった簡単な理由からであった。

 そのホテルは駅を出てすぐの中正路の通りに面していた。年末にイベントがあるのだろう、学生の集団が大きなバックを床に並べて受付の前で行列をつくっていた。インターネットで予約を済ませていた私は、印刷したバウチャーとパスポートを受付に見せて、部屋の鍵を受け取った。9階に位置する部屋は思いのほか広く、整理された空間は、飛行機と電車の人ごみで疲れた体を伸ばすには十分すぎると思えるものだった。

 一人で逢甲夜市に行って食事をしたあと、散歩がてらに近所の商店街でイカ焼きビールを買ってホテルに戻った。明日の順路を確認しつつ、新聞台というニュース番組を見て過ごした。同じニュースが何回か繰り返され夜もだいぶ更けてきた。そろそろ寝ようと思い布団に包まると、壁の向こうの天井あたりから音が聞こえ始めた。

 意図しているのかしていないのか、ある時はかんかんかんと続けて、またある時はきゅるきゅるきゅると質を変えて、その後しばらくの静寂がやってくる。

 無機質でありながらも、こちらの心境を察しているかのように、暗闇の中に現れたり消えたり、意識の力で繰り返されるそれは、まさに狂気と言われる部類に属するべき、内面に異常執拗さをもって、自分の精神を不吉な想像の中に追い詰めていった。

 温暖な気候の台湾といえども、底冷えするような冬の湿度は、軽い布団を突き抜けて腕や足を手始めに、肉体のすべての毛穴に侵入してくる。あまりに寒いのでネルシャツの上からトレーナーを羽織ってみたものの、密着するだけの衣類ではその寒さから逃れることができなかった。意識が遠のき眠りに落ちかける段になると、例の冷たい音で我に返る。

 クローゼットの扉の向こうに予備の掛け布団があるかとも考えたが、ないこともあると考えて、もしないことが分かった場合はそれ以上にどうにもならないので、なかなか動き出す気持ちになれなかった。心臓を押しつぶすような息苦しさが鳥肌のつぶつぶに現れて、ますます全身が戦慄に包まれていく感覚に落ちた。

 もしかしたら身体が動かないかもしれなかった。いや、動かそうとすれば動くかもしれなかった。それでも動かそうという気分にはなれなかった。本当に動かなかった場合に自分にどう説明してよいか分からなかった。ただ動かないままに横たえていることしかできなかった。

 時間は刻々と過ぎていった。いつ止むともしれない音に、常に監視されているような気分で、夜が明けることばかりを考え続けた。

 気がつくとベッドの上から朝日がこぼれているのが見えた。いつの間にか眠ったようだ。不思議なもので、明るくなると昨晩の音はなんでもないことのように思えた。

 朝食を食べに部屋を出た。部屋のすぐ隣は階段の踊り場になっていた。昨晩の音が聞こえた方向だ。来たときは気にも留めていなかったが、ホテル側の赤いカーペットとは明らかに世間を異にした打放しのコンクリートが薄汚れたままに剥きだしになっていた。

 こちらと隔離されたような空気は冷たく殺風景で、そのぽっかりと空いた暗がりの奥には、陰鬱な雰囲気を十分な貫禄をもって漂わせていた。昨晩の音の原因を追求しようとも考えたが、一般の者が立ち入ってよい場所と思えなかったし、何よりも済んだことでもあったので、その考えは止めにした。それ以上にして、あまり気分のいい場所ではないことだけは、生きている者の直感として、確たる信念のもとに保証した。

 早めにチェックアウトを済ませた私は、持て余した時間を埋めるようにして、受付に荷物だけを預けて公園に向かって歩いた。公園の名前は台中公園といった。日本の時代からあるという。

 朝の光を受けた風景はひどく白んで見えて、反射するまぶしさが寝不足の身体をさらに重たくした。


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台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
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