水の里

 2012/6/25 南投

 友人のアルバムを見てからずっといいなと思っていた風景があった。プラットホームの駅名標にはどこか素朴な懐かしさがあってその背景には木の葉っぱが緑の光をたっぷり揺らしている。近くにはきっと河があって緩やかな水の流れが風といっしょに郷愁のにおいを運んできそう。

 台湾中部を走るローカル線、二水車埕を結ぶ集集線は、終点の一つ手前の駅。電車から降りると、駅名標の白い板には、写真で見たものと同じ青い文字を貼り付けていて、ホームの上で再開した。


 水里。


 走り出す列車に向かって駆け出す女の人がいた。列車の進む先に向かって腕を大きく振り上げて高い声で何かを叫びながら走っている。乗り遅れた。車内からは仲間と思われる乗客が窓から半身をのり出して一生懸命に手を振っている。車掌さんがきっと気付いてくれるだろうと思っていた。ホームの端まで来たが、ついに鉄の扉が動くことはなかった。女の人はひとりホームに取り残されてしまった。

 これは気の毒なこと考えるのが筋であると思ったけれど、そこにあるのは、のんきな顔した駅名標と、通り過ぎる風に気ままに揺られる緑の葉っぱ。悲壮感はなかった。女の人はすぐにあきらめ、携帯電話で誰かと話しはじめた。線路の向こうから列車の去る音だけがカタンコトンと静かになって聞こえていた。

 線路の上を横切り無人の改札を抜けた。駅前には坂道がゆっくりと下っていてその両側は商店街になっていた。平日の午後という時間だからかもしれない。町はひっそりとして、たまに人が歩いているだけだった。低い空には暗い曇が隙間なく広がって雨が降ってもおかしくない天気だった。

 商店街の通りを抜けると、今来た道より少しだけ大きい通りに出た。左手には濃い緑色の山が直前まで迫って、右手の先には視界が開けている。近くから水の流れる音が聞こえる。道路の下には大きな河があって、どぼどぼと、水という水が、大きな包容力の中で、たゆりたゆりと流れていた。

 見下ろす土手に魚釣りをしている人がいる。山なりに曲がった竿はその形を保ったまま獲物をまちかまえている。しばらく見ていたが竿の形に変化は訪れなかった。足元に置かれたバケツは静かなままじっと横たわっていた。

 河を挟んで向こうの岸に水車のオブジェのようなものが上半分だけ円を描いて掛かっているのが見えた。現役なのかそれともただの飾りなのか分からなかったけれど、水が入れば回っているように見えたし、まったく動かないもののようにも見えた。

 前方の道路に橋が横切っていたので、そのまま左に折れて、水車のオブジェが置いてある側の歩道に出た。今までに進んできた方向を逆流する形で歩いた。道は広かったけれど歩く人は私たちを除いてほかにいない。さっき見た水車も動いていないようだ。近くには濃い緑の山が盛り上がって、遠くには霞んだ山々が薄っすらといくつにも重なって視界を取り囲んでいた。

 再び橋の上に行き当たった。この角を左に曲がれば、はじめに河を見渡した歩道に戻ることができる。橋の真ん中には一台の軽トラックが荷台の上で屋台の準備をしていた。道路にはプラスチックの赤いイス銀色の丸いテーブルが並んで、焼きたての匂いが河の風に混じって鼻に運ばれた。臭豆腐の匂いだ。夕方に向けて準備をはじめているようだった。

 河の周りを二本の橋を渡してぐるっと往来しただけの平凡な滞在であったが、ゆっくりした時間も過ぎ去り、列車の時刻も近づいていた。次に目指すのは最終駅の車埕。さっき乗り遅れた女の人もどこかの車両に乗っているかもしれない。座席に揺られながらそんなことを思い出したりした。



水の里



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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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