にちようびは高雄の曜日

2012/8/20 高雄

 友人は思い出したかのように今まで来た道を引き返した。是非見せたい場所があると言う。自分は是非行きたいと思った。

 今日は高雄で過ごす最後の日だった。夜の新幹線で台北に戻ることになっている。高雄に少しでも長く留まっていられるのであれば、それは喜んで受け入れたい提案であった。

 車が停まったのは西子灣という海が見える防波堤だった。駐車場の向こうには国立中山大学と書かれたレンガ色の門が建っている。周辺は公園のように整備されていて、歩道に囲まれるように芝生が広がっていた。芝生に生えるの椰子の木は夕日の風に合わせて揺れていた。

 散歩する老人やランニング姿の若い男女、ボール遊びをしている子供たち、石造りのベンチで会話をしている夫婦、ただずっと海を見続けるおじさん。公園に憩う人々はみな自分だけの空間を持っていて、自分たちだけの時間を、自分が一番好きな形で謳歌しているようだった。そこには、日曜日が終わる頃によくやってくるあの、自由な時間が終わってしまうことに対する、鬱々とした絶望のどん底のような空気が、これっぽっちも漂っていなかった。(あとで知ったことであるが、この日は月曜日であった。台湾にいるときはどういう作用が働くのであろうか、毎日が日曜日であると、私は無意識に思ってしまっているようだ)

 暑く青い空が次第に影の部分を含んでくると、太陽は遠くに薄れてきて、黄昏の色が顔を見せはじめた。柵の上に腕をのせて遠くの海を見た。貨物船がひとつ、沖の向こうで大きな船体をゆっくりと旋廻して、方向を定めるとだんだん小さくなって、そのうちに見えなくなった。防波堤のずっと先に見えていた灯台にポツンと明かりが灯った。灯台は黄色の点を大きくしたり小さくしたりしながら、赤みがかる背景の中にどっぷりと混ざり込んでいった。

 海からの夕日が反射して、後ろの椰子にオレンジ色の光を映していた。そのすぐ隣にはオレンジ色に染まった親子がいた。おじいさんがおばあさんとオレンジ色の服を着ていた。子供がカメラをおもちゃにオレンジ色の顔をして夕日を撮っていた。散歩したり、語り合ったり、走ったりしていた人たちが、みんなオレンジだった。辺り一面が、西子灣の公園全体が、たぶん世界の全部がオレンジ色に違いなかった。

 海の向こうからときおり風が吹いてくる。潮の匂いを含んだ、肌にべたつくような、真夏の夕暮れの生暖かい風。私はふと、ほんの少し前まで、台湾は今みたいな自由な国ではなかったことを思い出した。自由の意思のままに生きられない時代が、先の見えない闇のなかで、人々の心の中にどっしりと陰鬱な空気を覆い被せていた。そんな暗い時代が、つい20年と数年ほど前まで続いてきたことを本を読んで知った。

 自由の風に吹かれながら、海の向こうにきっと広がっているだろう世界のことを考えた。そこには島があるのか、大陸があるのか。そして、自由があるのか。

 心地よい風が頭のてっぺんから足の先までふわふわと包み込んでいる。友人は何も言わず私が海を見終えるのをゆっくりと待っていた。歩道にいる子供たちが遊んでいたボールがころころと転がりだして足もとにとまった。ボールを拾い上げる腕の時計には、新幹線の時刻が間近であることを示していた。


日曜日は高雄の曜日



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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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