台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

おもてなし夜市ホロリ紀行

2012/1/7 基隆

 友人の家はバスを降りてすぐのところにあった。歩道に面した1階は美容室として整理されている。サンダルのようなスリッパを渡されて2階に続く階段を上った。建物はその外観から想像するよりもはるかに奥行きがある。タイルの床はひんやりとした質感があって、暑い日に裸足で歩けばさぞかし気持ちがいいんだろう。でも部屋の中で着るダウンジャケットとの組み合わせがちょっと微妙だ。台湾は温暖とはいえ1月は寒いのである。暖房設備のない台湾では冬は家の中で上着をはおるのが一般的だ。

 私のジーンズは一日降り続いた雨でずっしりと重く湿っていた。それに気が付いた友人は、私にスウェットパンツを穿くように勧めてくれた。私はもともと長居するつもりはなかったので、これくらい大丈夫だとお断りした。それでも風邪を引くからと言って聞かない。乾燥機が回転しているあいだ、私は友人の弟さんの、太ももが妙にフィットするスウェットパンツで過ごすことになった。

 案内されたテーブルの上には青野菜の炒め物や、大根の入った卵焼き、表面をカリカリに揚げた、薬膳のスープなどが、色とりどりに並んでいる。こと台湾に関しては、屋台やお店の料理しか目にする機会のない自分にとって、肩を張らない家庭料理の自然な組み合わせは、ずいぶんとあたたかいものに思えた。私は友人の家族と円になって座った。家族にとって私は突然の訪問者である。さらに友人と会うのも今日が初めてである。ほとんど見ず知らずの相手と言ってもいいくらいの関係で、ここまでのおもてなしを受けてしまってよいものなのか。そんなことを考えながら、でも家族そろって食事をするのはいいもんだなあと、なんだか懐かしい気分になった。

 食事が終わると、友人は夜市に連れて行くと言った。私を夜市を案内したいという好意からだった。近くのバス停に行き、友人の母親に見送られながら、基隆廟口夜市に向かった。

 雨が降る路上には屋台がひしめき、露天には多く人であふれていた。傘どうしがぶつかるたびに背中に冷たい水が流れた。道の途中でグァバという果物を食べた。うすい緑色の切り身を竹串に刺して酸梅粉という砂糖をつける。ゴリゴリした食感で、梅の甘酸っぱい風味と混じって果汁が口の中に広がる。それほどフルーツ然という感じはしないものの、噛むほどに妙な魅力があり、次々と口に入った。

 通りに揚げ物を売る屋台があった。素材を選んでその場で揚げてもらう方式である。友人の説明を聞きながら、私はたくさんあるうちのいくつかを選んだ。まだ湯気たちのぼる熱い袋を持ったまま、三兄弟というお店に入った。カウンター上のボードには豆花と書いてある。友人は揚げ物の紙袋を破いてテーブルに広げた。外から持ち込んだ食べ物を、店の中で食べてよいのものなのだろうか。店員はその様子を知ってか知らずか、注文を聞き終わると何も言わずに調理場のほうに行ってしまった。非常に寛容である。

 今までいっしょにいたはずの友人の妹さんが見えない。家族へのお土産でも買いに行っているのだろうか。よそのお店で買ってきた揚げ物を食べながら、これほど豊富な種類の揚げ物が日本でも気軽に買うことができたら、どれだけ楽しいだろうかと考えた。居酒屋文化が発達した日本であれば、今ごろはきっと、ヤキトリと並ぶツマミとして最高峰に君臨しているに違いない。私は友人の家で夕飯をご馳走になったことを忘れて、また食べた。

 ようやくして妹さんは戻ってきた。手には大きな袋を持っている。三人揃ったところで豆花が運ばれてきた。タピオカがぷかぷかと浮かんで、その他に小豆などが入っている。白いものは豆腐だった。ふだん醤油とネギと鰹節で食べている豆腐が、甘い汁のなかを泳いでいる。豆花について、この頃の私は「甘くて奇妙な豆腐」といった程度の印象でしかなかったが、台湾旅行を重ねていくにつれて、最初の印象が次第に誘惑の炎となり、私の心を虜にする狂気のスイーツに変貌するのであった。

 友人は私を駅まで送ると言った。基隆駅までは歩いていける距離だからと、傘を広げて三人で歩いた。夜市の電灯が、雨に濡れたいろんなものに跳ね返って、周りの景色がきらきらと輝いて見えた。

 駅構内の電子掲示板には30分後の台北行き電車が表示されている。三人は改札前の待合のベンチに腰掛けた。夜も遅いこともあって、二人には家に帰るように言った。それでも電車が来るまで待っているという。待っている間に、勉強のことや、将来の夢になどについて語り合った。姉妹はそろって大学生である。二人とも進路を決める大切な時期にさしかかっている。そんなとき、目の前でおじさんがひっくり返って頭の帽子が転げた。二人はすぐに飛んでいっておじさんの身体を起こして帽子をかぶせた。おじさんは大丈夫だった。フラフラした足取りであったため、おそらく酒に酔っていたんだろう。

 電車は発車時刻の10分前になるとホームに入ってきた。乗客が一通り降車すると改札前は再び静かになった。発車までに時間はあったが、私はすぐに乗ることを選んだ。そのとき、妹さんはそれまで自分の手に持ち続けていた袋を私の手に渡した。悠遊カードで改札内に入ると、私は振り返り手を振った。改札の向こうに立つ二人は、私が電車の中に消えるまで見送っていた。

 袋のなかの包み紙にはパイナップルの絵が描かれている。台湾名菓パイナップルケーキだった。一日の出来事を思い出したら頭がいっぱいになった。初めて出会ってから、友人からいろいろなものをいただいてしまった。ヒトがもたらす感動というものなんだろうか。言葉で言い表すことのできない、得体の知れない何かが、じわじわと胸を締め付けた。走り出す電車のなかで、泣きたくなる気持ちを抑えることができなかった。


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台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
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