台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

走れ遅刻の淡水線

 2012/7/6 台北

 遅刻すると分かっている淡水線に乗って淡水に向かっている。台北市を縦横に走るMRTは、タテとヨコだけでなく、斜め左下とか斜め右上とか、路線もたまにつぎはぎされたりして今でも複雑化を続けている、まあ言ってみれば東京の地下鉄みたいなものである。

 この日は淡水で友達と会う約束をしていたんだけど、どこでどう時間を読み間違えてしまったのか、もしくはタイワンジカンの洗礼を受けてしまったのか、MRTの大坪林駅に着いた頃には予定した時刻を1時間も遅れてしまっていた。友達とは夕方あたりに落ち合う約束をしていて、僕の飛行機の到着時間を考えても、友達の仕事の終わり時間を考えても、夕方というのは一番ふさわしい時間帯であった。

 電車はどんなに頑張っても定刻より早く着くことはできないことを知っていながら、早く走れ早く着けコノヤローとひとり頭の中で無駄に突っ走っていたけれど、その思いとは対照的に車内にはのんびりまったりの人々の顔があって、ただひたすらスマホを見つめている人、いきなり携帯で話しはじめる人、日本のマンガコミックスを読んでいる人、年配者を見るとサッと席を譲る人、みんなそれぞれ自分の好きな方向を向いているようで、お互いに気兼ねすることのない、どこか明るく自由な空気に、妙な居心地のよさを感じていた。

 中正紀念堂站という駅で新店線から淡水線に乗り換えることになっているんだけど、僕が乗っている車両は淡水線への直通運転を実施していたので、そのまま乗り続けてよいものだった。路線図で見る淡水線は、縦に走る赤色の線である。中正紀念堂の駅からどれくらいで淡水に着くのか、残りの駅を数えてみたら10以上もあったので、友達には後でめいっぱい叱ってもらうことを引き換えにして、遅刻の問題はしばらくのあいだ頭の奥に沈めておくことにした。

 車内は冷房が効いて実に気持ちがいい。台北車站というMRT路線の十字ど真ん中の駅に着くと、それまでつり革につかまっていた人、座っていた人たちがドドドッと降りていった。それと入れ違うようにして、降りていった人と同じくらいの人がまたドドドっと乗り込んできたもんだから、のんびりまったりした雰囲気はその後も変わることなく続いていった。

 そんなとき、ふと目の前の座席が空いたので腰を下ろした。緑と青を混ぜ合せたような色の、プラスチックの椅子は、ヒンヤリとしていい気持ちだ。

 電車は相変わらずの停車発車を繰り返してんだけれど、それまで意識していなかった車内アナウンスのなかに、変にはっきりと耳に入る言葉があった。僕は台湾語も中国語もリスニング力はほとんどないに等しい男なので、キホン、車内アナウンスは聞き流すほうなのであるが、ある一つの単語だけが耳について、そして気になった。それが駅名であることはなんとなく想像がつくものの、どうやらソムリエと言っているようなのである。ワインでも運んできてくれるのだろうかといろいろと期待してみたんだけど、ソムリエは一向にやってくる気配はない。ドアの上の電光掲示板にはただ雙連站と表示されているだけで、ドアが閉まったら電車は発車してしまった。

 それからすぐに民權西路站に着いた。台北から東京に帰るとき、たいていここからタクシーに乗る。羽田空港とを結んでいる松山空港へは、道路一本で到着する、簡単便利快適街道があるのだった。

 電車は地下を抜けて地上にあがった。圓山站である。台北で泊まるホテルはいつも圓山にある。ベントリーパークスイーツは、一泊がだいたい2,000元(6,000円くらい)なので、決して安いホテルにはならないけれど、ここにはどうしても泊まりたいと思う理由があった。各部屋のベランダには乾燥機付き洗濯機が置いてあり、洗剤も新しいものが毎日部屋に届けられる。これがまた便利なシロモノで、夜に洗濯物を放り込んでおけば、朝にはパリッと乾いて新品同様のものができあがる。いつも先のことを考えて行動しない僕は、はじめて台湾に来たとき着替えを持ってこなかったのであるが、この洗濯機のおかげで、安心清潔快適な5泊を、下着も含めて上と下それぞれ一着の服で過ごすことができたんである。もちろん洗濯している夜は素っ裸で、部屋中をフルチンで歩き回る。夏は涼しくて快適だ。それでも来る日も来る日も同じ服を着ているもんだから、行きつけのお茶屋さんには好奇な目で見られたし、毎朝のように顔を合せる警備のおっちゃんはいつもニコニコ顔で愛想ふりまいていたけれど、心の中ではきっと不潔なニホンジンだと思っていたに違いない。だからたとえ洗濯をしているといっても、毎日同じTシャツを着るという行為は、生半可な覚悟じゃ難しいんだなあ、きっと。

 電車はだいぶ進んで、北投站のあたりから車内の人の数がまばらになってきた。窓から見るホームは広くて、日が差し込んでいて、開放的な気分だった。太陽の光も次第に弱まり、夕方もずいぶん近づいている様子だった。

 それからの車窓には、大きな河が電車と平行に流れ、その反対側にはできたばかりのマンションが並んでいた。ここから台北の市街に通勤するとしたら、なかなか快適でオシャレな暮らしができそうである。

 電車は定刻どおりに淡水に着いたので、予定どおり友達との待ち合わせ時刻に遅刻した。大坪林駅から淡水駅まで1時間あまりの旅だったので、やっぱり1時間あまり遅刻した。
 
 約束の場所に着くまで、僕は遅刻した言い訳をああでもないこうでもないといろいろ考えていた。待ちくたびれているはずの友達はまったく気にしている様子はなく、むしろ寛容のまなざしで、時間にルーズな、この哀れなニホンジン観光客を温かい目で見つめていた。友達からお土産にと手渡された阿里山烏龍茶の紙袋に、赤くなりはじめた淡水の夕日がうっすらと反射した。


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台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
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