平渓線の向こうがわ

  九份にするか十分にするかで考えた。ガイドブックをめくると、なんでも九份は山の斜面に古い街並みがあって、そこから茶を飲み海を見下ろすのがお勧め、と書いてある。ほかに「非情城市」という映画の舞台になったとか、「千と千尋の神隠し」の豚がでたとか書いてあったが、映画を観ていないボクにとっては、いやに空想ファンタジー的な言語ばかりが目についてしまった。

 一方で、十分のページをひらけば、ランタン飛ばしと十分瀑布という滝がよろしい、と書いてある。いったい何がどうよろしいのか、ガイドブックからはこれ以上の回答が得られそうにないと観念したボクは、全家と呼ばれるファミリーマートで夜食として買っておいた牛肉麺のカップヌードルをずるずると流し込んだ。

 九份は台北駅から鉄道に乗り瑞芳駅で降りてバスに乗る。これでだいたい80分くらい。十分は台北駅から瑞芳駅に行くところまでは九份といっしょだが、平渓線に乗り換えるところが九份と違う、ということだった。ちなみにこっちは90分とある。

 レトルトの牛肉は思いのほか味が濃くてしこたまうまかった。この牛肉だけで麺3玉は食えるなあ、などと日本にいるときは決して食べない夜食を平らげてから、ふと、十分は九份と比べると観光客が少ない、と以前だれかが言っていたことを思い出した。かねてより観光客の集団があまり得意でないボクは、自分も観光客のひとりであるということを棚に上げ、快適にウロウロ歩けそうな街、という理由で明日の行き先を十分に決めたのであった。

 7月のはじめは台湾学生たちの夏休み入りの時期と重なって、列車の中にはザックを背負ったエネルギー満点の若者たちが色とりどりの顔をしてドシドシ乗り込んできた。ボクは、平渓線に乗り換えるために、瑞芳という駅で乗り換える必要があったので、ドア付近に貼ってあった、駅のルートを何度も見直して停車駅の段取りを頭に入れた。

 途中で席に座ることができたので、そのまま居眠りしたかったが、まるで拷問かと思うくらいの強烈凶悪な冷房のせいで、その欲求は断念せざるを得なかった。やがて、電光掲示板に目的の瑞芳の名前が表示されたので、ボクは今なら絶対に暖かいと思えるはずの真夏のホームに飛び出した。

 台北駅の切符売り場で、十分駅までの切符は瑞芳駅で買ってください、とプラスチック板の向こう側のお姉さんにきりきり説明を受けていたので、ボクはお姉さんに言われたように、ここでも有人の切符売り場の列に並んだ。その列はなかなかの混み具合で、もたもたしているうちに列車がきておいてけぼりされたあげく次の列車がくるまでの1時間ぼう然と待ちつづける図、というものが妙にリアルに想像できてしまったので、順番がまわってきたらスムーズに切符が買えるよう"我想去十分車站"というむずかしい中国語の発音を、頭の中でなんどもなんども繰り返した。

 平渓線は単線列車だった。赤や黄のカラフルな色彩に包まれた車体は、観光的かつローカル的な雰囲気をいっそう強調していて、これから行こうとする未踏の地への期待を壮大にふくらませるに十分な魅惑があった。ブルンと震えはじめるエンジン音にまぎれて、ディーゼルのはじけた匂いが鼻の奥をジリジリと刺激した。ほぼ満員になった平渓線は、たくさんの台湾人と、ちっぽけなボクを乗せて、台北駅から乗った列車よりも、ゆっくりした速さで動きはじめた。

 列車は最初に瑞芳駅からひとつめの三貂嶺という駅に停まった。乗り降りする客は少なかったが、外は雨が降っているようで、窓から見る人の頭には傘がのっていた。それから列車は大華駅を通り、しばらくして、天井のスピーカーが十分駅に到着することを知らせた。窓の外には店の雨除けが突きでていて、それは反対側の窓の外も同じだった。店という店が線路両脇のギリギリのところにまで迫り、お互いひしめきあっているのであった。

 ホームに降りたときには、雨は小降りにかわっていた。ボクは降車する人々の流れにのって、線路を横切り、もう一つあった反対側のホームに歩いた。乗ってきた列車の方角を振り返ると、にわかに虹がかかっているのが見えた。

***雨のち晴れの十分で***



平渓線の向こうがわ




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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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