座席は奇数の13番

  高雄駅の第四月台から莒光号が金属のこすれるの鈍い音をあげて走り出した。台湾国鉄の莒光号は自強号の次に速いとされる急行列車で、その日の僕は彰化駅の先にある鹿港という街に向かっていた。
 
 チケットに記された13番の座席は窓側にあった。座席が窓側になるか通路側になるかという問題は、座席番号が偶数奇数か、そして進行方向が東側西側かといった複雑な組み合わせの過程を経て決定される、ということをどこかで聞いていたんだけど、そういう難しいことはよくわからないので、僕は何も考えずにただ自分の番号が記された席に座っていればよかったのである。

 列車はいくつかの駅に停まってから、30分くらいして岡山という駅に停まった。日本の岡山と同じ名前だったので、僕は日本にもどってきたようなヘンな気分になった。高雄では比較的大きな駅らしく、それまでに停車した駅よりも多くの乗客が乗り込んできた。僕のとなりの席にも、ひとり、ザックを抱えて哲学的にやや深刻な面持ちをした真面目そうな黒縁メガネの学生君が座った。

 北上を続ける列車の、窓の景色がめまぐるしく移りかわる中で、めずらしく早起きをしたしわ寄せが、眺めている風景の輪郭を、夢とも現実ともつかない曖昧なものにしていった。薄れゆく意識の中で、僕は人の声のようなものが聞こえた感覚で我にかえった。

 となりの学生君が、か細い声で、僕に呼びかけているのであった。なんだろうと右耳に意識を集中してみたものの、学生君が話す言葉が中国語であったため、僕には何を言っているか理解できなかった。僕は中国語が分からないということを、その分からない中国語の単語を使って何とか答えたみたいで、このやり取りは終わってしまった。

 車内はきわめて退屈なものだった。彰化駅に到着するまでに、まだ2時間以上たっぷり残っている。幸いなことにスマートフォンに差し込んだ台湾SIMカードはすこぶる快適で、インターネットが使い放題なうえに、速度もまったくの快調だったので、FACEBOOKでメッセージや写真のアップロードなどが楽しくでき、時間をつぶすのに大いに役立った。

 ときおり販売員が弁当の入ったダンボールを肩に担いで通りかかるので、その度に通路から排骨のいいに匂いが流れてきた。周囲の座席からは絶えず人の話し声があって、車内は常に賑やかな雰囲気に包まれていた。

 それでも、ながい時間も座ったままでいると、やはり人間一回くらいはトイレに行きたくなるもので、僕は通路側に座る学生君にお願いして席を立ってもらい、進行方向の先の連結部分に設置されているトイレに向かった。僕は、的をはずさないように、慎重に筋肉の剛と柔の力を操り、不規則に揺れ動く床を克服して、この一連の作業を遂行した。

 席に戻り、再び学生君にお願いして奥の窓側の席に通してもらった。すると学生君はさっきと同じような調子で、僕に訴えかけてくるのであった。僕は分からないなりに学生君の話を聞いていたが、彼の指先は、さっき僕が出てきたトイレの方角をさしていた。
 
 僕は学生君がトイレは空いているか確認をしたいのだと思い、うんうん空いているよとうなずくと、学生君はザックとトイレを交互に指さしはじめた。僕はこのときになって、ようやく理解したのであった。学生君はトイレに行っている間に自分のザックを見ていて欲しいと言っているのだ。そして、最初に僕に言いたかったことも、これと同じ内容だったのだ。

 学生君はほっとしたような顔をしてトイレに向かった。僕はなんだか申し訳ないという気持ちと同時に、自分が傲慢で勝手で、とても恥ずかしい人間に思えた。学生君のお願いを無視して、学生君の席を空けて、自分だけ悠然とした態度でトイレに行ってすっきりした顔で帰ってきていたのである。

 しばらくして学生君が席に戻ってきた。座るとシェイシェ(ありがとう)と僕に言った。僕はすかさず、知っている限りのごめんなさい言葉を、台湾語も中国語も駆使して、学生君に連発したのであった。

 パイセイ(台湾語のすみません)プーハオイース(中国語のすみません)トイプチー(中国語のごめんなさい)シッレー(台湾語の失礼しました)

 学生君は何でもなかったように手を横に振って気にしなくていいよというふうに言った。学生君は員林という僕が目指す彰化駅の一つ手前の駅で降りていった。

***彰化行きの列車のなか***


座席は奇数の13番

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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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