真夜中の想定外

 感覚と意識がモウロウとしている中で目が覚めた。耳元ではかん高い機械のような音が離れたり近づいたりしている。1月の真冬のこの時期にヤツが活動をしていることはまったくの想定外であったが、台湾では想定外がよく起きることもよく分かっていたので、オレは半ばあきらめにも似た投げやりの気持ちで、カーテンの隙間からさす街の薄青い光に照らされた天井の染みをぼんやりと眺めていた。

 一度眠りかけた上体をゆっくり起こし、オレは自分から半径50センチ四方の空間へ神経を集中した。部屋の中は窓の下の国道を走る深夜のバイク音だけが聞こえていた。ヤツはオレの圏外にいることは確かだった。枕元にある部屋の全照明のスイッチを倒すと、唐突な明かりに瞳孔が一瞬ひるんだが、視界は急速に部屋の輝度になじんでいった。

 ベントリーパークスイーツは、MRT淡水線の圓山駅から歩いて5分の場所にあった。その日オレは夕方の飛行機で台北に着陸し、友人たちと飲み歩きをして、ほろ酔い気分でホテルに帰ってきた。明日は朝早くから基隆に行かなくてはならない。オレははじめて会う友だちと約束をしていたのであった。

 オレはシーツを除けてベットを立ち、ザックから帰りの飛行機のeチケットが入ったA4サイズのクリアファイルを取り出した。これで宙からヤツをたたき落とす作戦だった。幸いにして、ベッドやシーツや部屋の壁は純白に近い白であったため、白い背景の前にヤツの軌道を捉えることができれば、たとえ小さい体であったとしても、そのコントラストの明確さでヤツを仕留めるのには十分の見込みがあった。
 
 やがて崩れかけた白いシーツの前を変則的に滑空する黒い点を見た。オレは唯一のチャンスとばかりにその浮遊物に渾身の一撃を叩き込んだ。振り降ろすクリアファイルの端のあたりで、プチッという、かすかな手ごたえがあった。息絶えていく様子を見届けようと、オレはヤツが墜落したと思われる箇所を見渡してみたが、床に敷かれているのはやや黒味がかったえんじ色の絨毯だったので、ヤツを探すことはいささか時間の無駄遣いのように思われた。あれだけの打撃を受けえいれば通常でいられるはずはなく、絨毯の上で伸びているに違いないオレは確信していた。

 再びベッドに転がり、さっき陥った眠りの感覚を思い起こすようにして、オレは残留している意識のかたまりを、閉じるまぶたの中で徐々に拡散させていった。頭の中の映像が、次第に一人歩きを始めていくとき、再び、けたたましい機械音が耳元で飛び回るのを聞いた。それは、さっきと同じように大きくなったり小さくなったりを繰り返した。

 はじめて一人で切符を買い、はじめて台湾鉄道に乗り、はじめての町で降りる、という一連の試練を、オレは明日の朝から控えていた。この困難きわめる業務を遂行するためには、常に想定外の事が起こる可能性を念頭に置いて行動しなければならない、と考えていたので、心に余裕を持たせるためにも、早く起きること、そのために早く寝ること、をひそかに計画していたのであった。このいたいけなオレの気持ちを、まるであざ笑うかのように振舞い続けるヤツの心無さに対する怒りが、メキメキと闘志に変わり始めてきていた。

 オレはベッドから起き上がらないで確実にヤツを倒す方法を考えた。ヤツを叩くには、ヤツに手が届く範囲にいることがまず大前提である。オレは首から下の皮膚という皮膚のすべてをシーツに包んで、顔の表面だけ外に出した。顔を囮にしてヤツをおびき寄せる作戦である。ヤツの狙いはこの顔の一点に絞られている。ヤツが顔に舞い降りた瞬間、シーツを頭にかぶせ、オレの顔もろとも闇の中に引きずり込むのである。

 ヤツはオレの思惑通り、顔の近くまできた。そして唐突に羽の動きを止めた。ヤツはオレの顔のどこかに吸い付いている。オレは息を止めたまま、シーツを握った手を一気に顔全体まで引き上げ、自分自身のすべてをシーツの下に押し込んだ。体温が熱くこもる息苦しい暗闇の中で、ヤツの悲鳴がウンウンと聞こえている。オレはミイラになったように徐々にシーツを身体に密着させていき、ヤツが存在しているはずの空間という空間の隙間を限りなく少なくしていった。

 朝は真面目にそして定刻通りにやってきた、オレは寝不足のはずの頭が妙に冴え冴えしているのを不思議に思った。窓の下は、既に多くの車とバイクがあたり一面にエンジン音を鳴り響かせていて、今日も活動を開始しようとするタイワンエネルギーに満ちあふれて見えた。

***台北のホテルにて***



闇の中の想定外


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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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