霧社とねこ

  フラフラした足取りでバス停からしばらく歩いていくと階段の上に白い石門が見えた。さらに石門を抜けて歩き進めると霧社山胞抗日起義紀念碑がある。あたりは木々がうっそうと生い茂り、晴天にもかかわらず、太陽の光がまばら模様になって地面にフワフワと浮かんで見えた。紀念碑の近くにはモーナ・ルダオの像があった。

 2013年おわりから2014年はじめにかけて、私は台湾南投秘境めぐり年越ツアーといういささかあやしい名前のツアー参加していた。今までひとりで自由で気ままな旅ばかりしてきたが、ツアーを利用したところ、自分では思いもよらないようなところに行く機会にめぐまれたので、こういった集団における規律と規則と規制に守られた正しい旅、というのもなかなかいいものだなと、二日酔いまだ覚めきらぬ頭で感心していた。

 前の晩、というか今日の未明、私は宿泊所となった山のなかの民宿で見ず知らずの台湾人たちの盛大な宴会に巻き込まれてしまい、カウントダウンによくある通常でない精神の高ぶりのなかで、金門高梁酒というひときわ強い酒をしこたま飲んでいたのであった。いや、飲まされたと言ったほうが正しい。

 昭和のはじめころに霧社事件という日本と台湾にとってとても悲しい事件が起こった。ひとことでいえば、強圧的な支配を進めた日本政府に対する原住民族の反乱と日本の鎮圧、ということであるが、今でもさまざまな証言や要因が複雑にからみ合い真相は分かっていない、というのが本当のようだ。指導者はモーナ・ルダオといわれる人物で、彼自身も最後に山のなかで自らの命を絶ってしまった。

 紀念碑のまわりは緑豊かな公園になっていて、整備が行き届いた敷地には、春のようなのどかな野鳥のさえずりが、私のなかのハングオーバーな幻想的な浮遊感とともに聞こえてきた。日本から着てきたダウンはここではもう必要なかった。

 公園の入口を隔てる道路の向かい側の斜面に階段が降りていた。前の人に続いて、ゆっくり降りていくと、小学校の校庭に出た。仁愛國民小学校の門は校舎の外廊下につながり、教室の前の板には生徒が描いた絵や学級新聞が張り出され、掃除用のモップなどが、規則正しく並んでいた。廊下をそのまま突き進むと、急に空が開けて、碧湖と呼ばれる山々にかこまれた湖が、白い霧のような光のなかで鮮やかな蒼い水をたたえているのが見えた。

 廊下を抜けて坂を上っていく途中、キンモクセイの強い香りが風にのって流れてきた。その香りに順応していくかのように、私の呼吸から、少しずつ酒の毒気が抜けてきていることが心地よかった。

 さらに坂を上っていくと、どこかに懐かしい感じがする日本風の建築様式の民家が並んでいる場所に出た。そのうちの一軒の屋根の上に、猫が集まっていた。私はひとり抜け出して、暖かそうに日向ぼっこしている猫たちを眺めた。

 瓦の上でのんきに寝転んでいる猫たちを見て、ああ、日本にいるのと全く同じだな、と私は思った。霧社に来て何よりも印象深かったのは、日本語を話すお年寄りの方が多いということだった。まるで日本人のようだと言うと、彼らは口をそろえて自分は日本人だ、と答えた。台湾にいれば決してめずらしいことではないが、今回の旅は、とりわけ多くの日本人に出会えたような心持がした。

 猫たちは、太陽のぬくもりをいっぱい吸い込んだ石の瓦に身を寄り添うようにして、しばらく同じ方向を見つめていた。
***南投~猫のいる建物***



ムシャと猫


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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
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