かけはしわたし

 木陰に入りかかる小高い丘のところまで来て立ちどまり、じっとりと汗のにじみでている額を手の甲で押しぬぐいながら、となりで日傘をおろす友人の視線の先に眼をうつした。疎林からまばらに射しこむ午前の陽をうけて、ひとりの銅像が、右手に頭をかかえて考えごとをするかのように座っている。台座には嘉南大圳設計者八田與一氏像とあった。

 「ここだよ。やと来たね」

・・・・・


 私が台湾に来るすこし前に、友人とこんなやりとりがあった。

 「台湾来たら、こっち来たら、台湾のどこ行きたい?」

 「んー。そうだなあ、そうなんだよなあ。暑いんだから無理してどこかに行かなくってもいいよ。それよりも。んー、そうだなあ、冷気開放しているお店で、まいにちマンゴーかき氷みたいな冷たいもんを食べてられたらもうそれでいいなあ」私はうやむやとあいまいな返事をしていた。

 友人は「つれて行きたいとこがある」と言って、車をだした。高速を走って二時間あまり。私たちは烏山頭水庫と屋根に大きな五つの文字をならべたゲートをくぐった。

 歩いている人は私たちをのぞいてほとんど誰もいないようだった。堰堤からみえる湖はおおきな弧を描くように遠くまでゆるやかにカーブしている。歩道には影になるものがひとつもない。そればかりか、地面からゆらゆらと熱の空気がのぼっているのすらみえる。正午までまだたっぷりと時間があったが、ぎらぎらと照りつけてくる陽射しは眼に痛いほどで、もうこれは無理とあきらめて友人と私は途中で車に引きかえした。

 烏山頭水庫はダムで、そして広い。観光としての要所要所はそこそこの距離をおいて点在し、とくにこんな暑い夏の日は、車で移動していくことが正しいやり方のように思える。

 車を降りてすこし歩いたところで、ゴオゴオと激しい音がきこえている。みると送水口から水が勢いよくしぶきをあげて噴き出している。またすぐ近くでは噴水かと思われる水を噴き出す柱が立っていた。平圧塔というダム設備のひとつで送水管内の水圧を安定させる装置ということだ。

 そうした具体的なことがどうして私に分かったのかというと、友人が、おそらく自宅のPCから印刷してきたと思われるA4判の紙に、烏山頭水庫の案内図とそれらの解説が日本語で丁寧にまとめられていたからであった。それは、言ってみれば友人の手づくりの小さな旅のしおりであり、まったくもってそのおかげだった。

 ちょうど樹木にかくれるところに車一台分ほどの空き地があり、車はそこでとまった。八田與一紀念館はほどよく冷えていて、足を入れたとたん生き返るようだった。小学校六年生がつくった一枚の掛けじくの前で足がとまった。

ふるさとに
みんなで築いた
かけはしは
心の中で
ずっときえずに

 それは五句体でまとめられた短歌のようだった。さらに掛けじくには、湖のほとりにひとり右手に頭をかかえて考えごとをする人が、その歌の背景として、発色のよい青と緑の絵の具で、しっかりと描かれていた。

 友人が運転する車は手づくりの案内図にあわせて停車していった。天をまつり豊作を祈る天壇や、ダム工事や落盤などの事故で亡くなった人々を慰霊する殉工碑。そのひとつひとつに想いがあるというふうに。

・・・・・

 大正のおわりから昭和のはじめにかけ、八田與一は当時不毛の地といわれた台湾の嘉南平野に、ダムや灌漑設備の建設を指導した金沢出身の技師であった。潤いに満ちた土地は豊かになり、やがて台湾でいちばんの大きな穀倉地帯になる。

 丘をながれるやさしい風が、手元のしおりにかかれた解説文をぱたぱたと上下にはためかせた。私は、小学生が描いた掛けじくのなかの八田さんと、そこで歌われていた一句を思い出していた。


か け は し は


 「つれて行きたいところがある」と友人は言っていた。「ほんとうは、わたしは、ここに来たかったんです」いま、私は、はっきりと応えたい。

 「行こ」友人の日傘がふたたび開いた。

 ふたつの灯篭が並ぶ石畳の小道の先に八田さんは座っている。そのあたりはいつも静かで、ときおり「チチチチチ」というカワセミの鳴き声がどこからともなくきこえてくる。

***台南の烏山頭ダム***


夏の日のうた




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台湾ちんほうちゃ日記

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みのりおん

台湾の街とか田舎とか飯屋をウロウロとあるきまわる無気力無思考無頓着なタワイモナイ日々をなけなしの写真とバカな文章でただひたすら書きつづけます。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味。

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