台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

旅の蓄積

  宜蘭のホテルで知り合った受付の兄ちゃんは張さんと言った。この世の終わりを思わせるほどの昨晩の怒り狂った台風のおかげで部屋の床いちめんに大きな水溜りができてしまったことや、朝起きて部屋のテレビが映らなくなったことなんかを言ったりしているうちに次第に会話をするようになった。張さんはカウンター上のテレビを見上げて「こうなったらよう、もうお手上げなんだよう」と欧米人がよくやるように両手を逆ハの字に広げて、ザァーザァーと砂嵐を散らすだけの画面を空しく見つめていた。
 
 私は今夜も一泊するつもりでいたので、明日から着る衣類を洗濯しようと、張さんにコインランドリーの場所を聞いてホテルを出た。

 外は曇っていて上空にはまだら模様をした雲の濃淡がくっきりと残っていたが、凶悪だった昨晩の台風は、その後台北に上陸し、明け方には北の方角に抜けていったようで、道路はヌルイ湿り気のある風の残骸がただ静かに流れているだけだった。

 コインランドリーは目印にするにはひときわ分かりやすい宜蘭縣中山公園の通りのすぐ近くにあったので、張さんが即席で書いてくれた地図を確認するまでもなく簡単に見つけることができた。

 洗濯物の分量から乾燥するまでに早くても1時間半はかかりそうだったのでそれまでのあいだ近くを散歩することにした。

 公園の入口に人の姿はなく、中山公園と朱色で掘り抜かれた石碑が、くたびれたようにひっそりと佇んでいた。

 昨晩の台風で園内はかなり荒らされていて、あたりいちめんに木の枝や植物、そしていったいどうしたらここまでトンでこられるのか電気鍋がドロまみれになって転がっていたので、しばらく思考が停止してしまった。近づいてみると赤い体面にTATUNGの印がある。大同電鍋と言う台湾製のいわゆる万能鍋で、台湾では一家に一台かならず置いてあると言われている。そうすると台湾飯の大半はこの装置から作られているということになるんだなあと思考が停止している頭で考えた。
 
 そこらじゅうのありとあらゆる“モノ”たちがじゅうたんのように堆積した歩道をボリボリと歩いていると、一台の軽トラックが歩道に乗り上げるようにして停車していた。荷台には風でなぎ倒された木が半分ほど載せられていて、タオルのハチマキに麦藁帽子をかぶった作業服姿のオジサンが、トラックの荷台にもたれかかるようにして一服していた。

 台湾では台風で観光バスが横転することもめずらしくないと聞いていたが、実際に幹の真ん中からバキリとへし折られた木を目の当たりにすると、バスが倒れることも、電気釜がトンでくることもめずらしいことではないんだなあとひとり感心した。

 私は比較的夏場に台湾に来ることが多いため、台風に出くわす機会もそのぶん多くなる。今回も松山空港に降り立つや否や、台風の襲来と鉢合わせになってしまった。しょっぱなから旅の足止めを食らうかたちになったわけであるが、この後の旅程のことを考えたりして深刻にならない自分がなんだかヘンにおかしかった。

 短パンのポケットに入れてあるスマホからメッセージを受信する音楽が鳴った。東京ではスマホをいつもマナーモードにしているくせに、台湾にいるとどういうわけか音を鳴らしても平気で、それが地下鉄の車内であっても、店の中であっても気にしなくなれる自分もなんだかおかしかった。

 メッセージは宜蘭に住む友人からで「今日もしも暇なら一緒にタイヤル族の村に行ってそこで飯でも食べないか」という内容だった。暇どころか元来より目的も予定も希望もない無気力無思考自堕落な旅なので、友人からの誘いは願ってもないものだった。こういった突発的であるけれども小さな事象の積み重ねが、予定外の台風に翻弄されながらも、結局のところ最後にはいい旅だったなあ、という思い出を蓄積する結果になってしまうんだな、とまたひとり静かにうなずいた。

 空を見上げると遠くの雲の切れ目からくっきりと青い空が急速にその範囲を広げ、同時にそれはこれから始まるビックリ箱のようでいて、そしていたってフツーないつもの旅の幕開けを予感していた。

***嵐の去った宜蘭で***


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あまい豆腐に気をつけろ!

 パンパンにふくらんだ腹をぶら下げて、いつものようにバカみたいな顔をして歩いていると、白いトウフに黒いタピオカの豆花の店が目の前で口を開いていたので、もうお腹がいっぱいで食べられないんだけど誰かがあまいものはベツバラとか言っていたなあ、とかなんとか思いつくかぎりの言い訳をあれこれ考えてみたりして、しかもその言い訳が妙に的を得ていたものだったから、腹は減っていないんだけどそういうことであればまあしょうがないなあと観念して食べていくことにしたんである。

 あまい汁の中にぷかぷかと浮かぶ豆花は、よくプリンのようなスイーツと表現されているみたいだけれど、トウフそのものに関していうとたいていショウユときざみネギカツオブシなんかを載せて、おまけにすりおろしショウガなんかも添えて、ワカメといっしょに味噌汁とかにも入れちゃったりしているあの豆腐においあじかたちもまったく同類のシロモノなので、はじめて食べたときのオレはあまい豆腐という今まで経験したことのないただならぬ違和感に衝撃を受け、そのなんとも形容しようのない良いとも悪いとも美味いとも不味いとも判別できない煮え切らないような余韻のなかにただぼんやりとした輪郭を残すのみなのであった。

 それでも友達といっしょに何度か食べているうちにあまい豆腐にたいする耐性というか免疫というかなにやらそんなものができあがってきたようで、それどころかむしろその違和感ありありの不思議な魅力にまんまとハマってしまったのか、日本にいてもことあるごとにモヤモヤとした白くてあまい幻覚に悩まされるようになり、台湾の路上に豆花という文字が目に入ろうものならばまるでパブロフのイヌのごときよだれを垂らして、周辺いきかう台湾善良市民の前にあやしいニホンジンの醜態をさらけだす事態にまでに発展してしまったのである。

 宜蘭の街角でも王品豆花という豆花の店があったのでオレは当然のごとく入店し、大きな水槽のような鍋の前で注文を受けている姉ちゃんにあなたニホンジンですかと聞かれて、すると店のなかにいた客や外を歩いていた一般人までもが好奇の眼でこっちを見るので、ちょっと恥ずかしいような嬉しいよう安心するようなオレってもしかしたらモテるじゃないのかハッハッハ~とますますあやしいニホンジンになりかけてきたところに氷入りの豆花のお皿が運ばれてきたのでもうそれどころではなくなったのである。7月は日本にいても台湾にいても暑いものはやっぱり暑いので、店の姉ちゃんに勧められるままに氷が入った豆花を選んだのだ。

 ねずみ色をした雲の隙間から雨が降りはじめているところに、同じようにジメジメしみったれたひとりの観光客風の男が店にやって来たという図だったんだけれど、その一方で店の中は客も店員もみんなニコニコ顔でオレを見たり聞いたり話したりするもんだから、その明るく陽気な雰囲気のなかに違和感というかむしろとてつもないくらいの居心地のよさを感じて、しかしそれははじめて出会ったときの豆花の妙な味の違和感となんだか共通しているようなしていないような気がして、変に親近感がわいてくるのであった。涼しい豆花と人々の温かい心で、オレの腹はそれだけでじゅうぶんに満ち足りた気分になってしまったのである。

 勘定をして外に出るとさっきよりも風が強くなっているように思えた。この日は台湾の東北部、すなわち今いる宜蘭の一帯に猛烈な台風が上陸することになっていて、夜になると極端な大風と大雨にありとあらゆるものが破壊され吹き飛ばされてしまった日でもあった。

2013年7月12日 台風しのび寄る宜蘭で

豆腐のようなトーフ


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ふさわしい朝食

 2012/5/30 宜蘭

 朝食は蛋餅(レンビャン)に限る。あとは豆漿(ダウレン)があればいい。

 宜蘭に来ている。昨日はものすごい豪雨にあたってしまい、バスから降りたとたんに服とスーツケースがびしょ濡れになった。すぐにコンビニのひさしの下に逃げ込んだが、勢いよく殴りつける水しぶきはすべて防ぎきることができず、地面から跳ねかえる飛沫とともに全身を湿らせた。ポケットのなかの携帯が震えだしたので、雨の左手で居場所を伝えると、友人がすぐに目の前に現れた。

 今日も朝から鉛色の雲がどんより浮かんでいた。

 交通部公路總局臺北區監理所宜蘭監理站の近くにその朝食屋はあった。小さいながらも地元の人でにぎわう店内には、勤め人や学生たちが立ち上がったり座ったり、慣れた手つきで料理を選ぶと、空いているテーブルに座って、食べ終わるとすぐにそれぞれの行くべき先に向かっていった。外にはバイクに跨ったまま注文をする人もいて、毎日繰り返される慌ただしい時間の中に、日常的に営まれている朝食の文化というものを垣間見る気がした。

 好きな食べ物を自分で組み合わせるやり方は、よそから来た私にとって何がどういう状態であるのが一般的なのか要領を得ないので、他の人のお皿の内容から見当をつけるしか方法がないように思われたが、友人は台湾でよく食べられている朝食をいくつか選んで、初めての私のためにセットしてくれた。

 蛋餅とは小麦粉を加えた卵焼きで、ねぎが少し加わる。モチのように歯ごたえある炭水化物は、新鮮な卵に絡まって、特性のソースによくなじむ。ぎゅっと噛むと、そのまま一日のエネルギーに変換されていくよう。豆漿のほんのりとした甘味が喉をとおる。豆漿とは日本で言う豆乳である。熱々ではなくて、熱々よりすこしだけぬるい温度で、ゆっくり浸透し、身体に吸い込まれていく。

 朝食といえば、小学生くらいのころ、目玉焼きと味噌汁とご飯がよく食卓に並んでいた。焼き魚の日もあった。納豆が供されることもあった。海苔が添えられる日もあった。前の夜の残り物だったり、パンだった時期もあった。食べないと大きくなれないと言われながらも、眠い眼をこすって口の中に無理やり押し込んでいた。

 あれから年が増し、親元を離れ、多くの人がそうであるように、東京で一人で暮らしている。仕事が中心の生活になると、かつての朝食は形を変え、手で調理するものから簡易な既製品になった。カロリーメイト、ヨーグルト、バナナ。ついにはそれすらもなくなった。

 朝食を食べる機会がめっきり減ってしまった。そもそも朝食を食べる習慣があったことすらも覚えていない。いつも早めの昼食をとり、遅い夕食で一日が終わる。日によっては酒を飲む。そんな食生活に身体がなじんでしまった。

 日本をはなれて、こうして朝食という生きる活動の一部に再会してみると、蛋餅と豆漿というあまり深いなじみはない料理ではあるけれど、懐かしい昔の記憶が思い出されてくる。腹が膨れると力が沸いてくる気分だ。

  
 友人には仕事が待っている。私は旅を続ける。朝食が終わり台北行きのバスターミナルで友人と別れた。


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風吹く港

 2013年7月13日 宜蘭

 部屋に入るとすぐに呼び鈴が鳴った。ドアを開けると受付の兄ちゃんが立っていて私にメモを渡した。


   私、取る、漁港、魚、

      一起、来、暇、12:30、いいね?

           我、あなた、運、車。


 知っている限りの日本語を列挙しただけのような、規則のない羅列には、ただぼんやりとした印象しか残らなかったが、その分かったような分からなかったような筆跡からは、人に何かを伝えたいというひたむきな思いがはっきりとにじみ出ていた。私は単語の隙間に言葉をつないで本来得られるはずの文を想像した。


 このあと12時30分に、魚を仕入れに車で漁港に向かうので、もし暇があれば、君もいっしょに行かないか?


 昨晩の激しい颱風で私は十分な睡眠をとることができなかった。怪物の咆哮のような轟音が、窓に叩きつける雨水といっしょに、あらゆるものを壊しながら一晩中にわたって響いていた。朝起きるとテレビは断線し、窓側の床は足の踏み場もないほどの水たまりとなっていた。公園の木々は大小関わらずなぎ倒され、道路の上には自然のものと人工のものが分別なく散乱していた。この日は私にとって、台湾の颱風の猛烈さを目の当たりにした初めての日になった。

 颱風が去った反動からか、その日は一日中外出をしていたようで、ホテルに着いた頃には深夜の12時を過ぎていた。シャワーを浴びてすぐに休みたい気持ちがあったし、もしかしたら誘う目的が別にあって私を罠に陥れるのではないかという不安もないわけではなかった。それでも物静かな兄ちゃんの目には、ただ人に親切にしたいという純粋な気持ちが浮かんで見てた。それまでよどんでいた疲れと不安が、次第に肥大化する好奇心と冒険心に打ち負かされていた。

 車の中でとりとめのない会話を交わした。兄ちゃんは台中出身だった。台中は都会でつまらないところだ。宜蘭には美しい自然がたくさんある。人の心と空気が綺麗な宜蘭が大好きだった。仕事場は必然と宜蘭を選んだ。ただし食事に至っては宜蘭の料理は辛さが足りない。料理は台中に限ると漏らした。

 橋の上から漁港が見渡せた。颱風の残り風が強く身体を揺らしている。一晩中にわたって繰り返された暴虐がまるで嘘だったかのように港は静かに浮かんでいた。所々の明かりが人々が生活を継続していることを示していた。橋の中央分離帯に止めた車から離れて、歩道脇に突き出ているコンクリートに腰をかけた。そこで一枚だけ写真を撮った。

 兄ちゃんとは初対面だった。ホテルの受付で初めて会ったとき、事務的に3日分の宿代を支払った。部屋の鍵は事務的に受け取った。朝食は事務的に用意されていた。今はもう事務はない。あるのは自分の愛する宜蘭の景色を、一人の友人に見てもらいたかったという、兄ちゃんの静かな気持ちだけだった。

 
 お互いに口を閉ざしたまま、ときおり吹くなま暖かい風にそれぞれの思いを揺らした。仲間のこと。仕事のこと。これからのこと。。このままでいいのかという疑問が、先の見えない不安となって、人生の終わりまで永遠と横たわっているかのように思えた。困難は颱風のように繰り返しやってくる。風はいずれ静まる。ときおり取り返しのつかない傷を残すことがある。経てば過去の記憶になる。記憶はいつか忘れられる。忘れたい記憶は風に飛んでしまえばいい。そんな記憶が風化してしまうまで風に吹かれていようと思った。


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二つの空

 2012年8月21日 宜蘭

 友人のメッセージで眼を覚ました。今日は車で案内すると書いてある。取り立てて予定はなく移動の手段も満足に知らない私にとって、友人からの提案は至極ありがたいものだった。しかし念のためだから、どこに行くのかと尋ねたら、山という返事であった。
 
 8月台北からバスで宜蘭に向かっていた。国道を走る窓の外には山が延々と続いている。変化のない山の景色ばかりを見ていたらいつの間にかうとうと浅い眠りに落ちていた。

 長いトンネルを抜けると、両窓に緑の田園が広がった。その田園には見覚えがあった。神奈川県伊勢原鶴巻温泉の間に広がる風景そのものだったのだ。宜蘭の景色が懐かしい故郷の風景に重なった。

 待ち合わせのバス停で降車すると、炎天の空から眩しい太陽が身体に降り注ぎ、冷房の効き過ぎたバスの寒さを過去の記憶にした。
 
 声の方向に振り返ると、道路の反対側で友人が待っていた。車は友人の父が運転するという。私はひどく恐縮した。

 車内の冷気に身体が再び慣れると、友人の不慣れな日本語と、私の拙い台湾語で、久しぶりの再会を喜んだ。付け焼き刃で覚えた私の台湾語は、基礎がないため、応用が効かない。学習に継続性もないため、上達する気配もない。一方で友人は、出来の悪い私のために慣れない日本語で一生懸命に会話を続けようとしてくれている。相手に頼ってばかりの自分がなんだか情けなく思えた。

 車は、ゆるやかなカーブに沿って、右に行ったり左に行ったりしながら山道を上った。
 
 上り坂が終わるとしばらく平坦な道が続く。道路がアスファルトから砂利に変るころ、木々は深く森は鬱蒼としてきた。自然に住む生き物の気配を次第に感じるようになった。

 ボンネットの上の暗い木立が途切れた瞬間だった。明るい光が射すと同時に目の前に起きた極端な変化に言葉を失った。

 それは山を背景に大きな水をたたえただった。山の中腹に池があることなど想像していなかった私は、自然が描いた空と水の鮮やかな対比に呆然とした。

 池の水は一定の静寂を保って、真っ青な空と真っ白な雲を黒い表面に写した。そして風が吹くときだけ鏡の反射を乱した。近くには鳥がチチチと唄い、茂みの蛙がクルルと鳴き、草の上では青く光るトンボが不規則に飛んでいる。生命が、池の水を中心に、生きる活動を継続しているようだった。
 
 池の周りは静かだった。観光客らしい人は私たちを除いて誰もいない。たまに地元の人が遠くに見えるくらいだった。

 宜蘭にはこのような美しい自然が数多く存在する。自然だけでない。人間味あふれる宜蘭に、私は次第に傾倒するようになっていった。


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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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