台湾ちんほうちゃ日記

~ガイドブックにない無目的が目的の究極のひまつぶし~

こけらおとし

 改札をぬけるとまだやさしい夏の朝の太陽がまぶたいっぱいに急速にひろがった。陽光をあびたロータリーはまぶしくも広々と白ずみ、高層ビルにかかる巨大な看板はチラチラとゆるい光線をはねかえしていた。僕がおぼえている限りの一年前とかわらない台南がそこにあった。

 目の前のロータリーをさえぎる国道に沿って駅舎を背後に右手にまがる。自動車やバス、バイクがせわしなく行き交う道路に平行して歩道のうえをしばらく歩いていくと、唐突に、周辺とあきらかに雰囲気を異にする緑の一帯が、前方左手にあらわれた。ヤシ科と思われる樹木の先端が、空たかくにつきささっている。

 台南公園入口の樹木のあいだを歩き進むにつれて大通りの喧騒はしだいに薄れていった。それと入れ替わるようにして、拡声器からすこしひび割れたキャッチーな音楽が流れてくる。木漏れ日がところどころに落ちる地面をさらに進んでいくと、音楽はついにはっきりしたカタチになってあらわれた。音楽の周りに人びとが集まって、陽気なテンポにあわせて、飛んだり跳ねたり両手を開いたり閉じたり上下左右にゆらゆら揺らめいたりして踊っている。あたりを見まわしてみると、小さな空地ごとに、太極拳やら体操やら、さらに僕みたいな素人にはわからない踊りをしていて、音源はひとつではないことがだんだんわかってきた。

 公園の中ほどまで来ると、小さな橋をながれる水の先に大きな池がひろがり、池の真ん中に赤の柱と金色の屋根の建物が浮かんでいるのが見えた。建物までは白い橋がジグザグに架かっている。そのままジグザグに橋を渡って建物に近づいて見あげると念慈亭と書いてあった。屋根の下は日陰になって、池からすべりこんでくる風が心地いい。近くのベンチで学生らしい若者たちが楽しそうにおしゃべりしていた。

 蝉が合唱する木陰の下に、石でできた四角いテーブルと同じく石でできたイスが空いていたので、腰をおろして、ガイドブックをペラペラと次の行き先を検討していたら、おばちゃんが話しながら三人やってきて僕のいるテーブルのイスに腰かけた。おばちゃんたちの話している言葉は巻き舌でなかったのでたぶん台湾語だ。相変わらずガイドブックのページをめくっていると、もうひとりおばちゃんがやってきた。かくしてこのテーブルは、僕から向かって左右のイスにひとりずつと、僕の正面のイスにふたりでかこむ結果となった。

 四人みんなで向かい合ったほうがさぞかし話もしやすいだろうと、そもそもこの場所でガイドブックなんか読んでいる必要も理由もない僕は、あくまで自然を装って、そおっとイスを立ちあがった。すぐにその動きに気がついたおばちゃんたちは、口々を一斉にそろえて、「あなたはいいの!ここに座っていなさい!」と、つきだした両腕を何度も振り下ろして、なにやら懸命に止めようしてくる。僕は、「大丈夫だ。問題ない。ボーブンテイ(台湾語で無問題)なんだ」と、いかにも大丈夫な顔をして、テーブルから離れた。おばちゃんたちは「ニホンジンか」とすこし笑い顔になり、しばらくどこかすまないというような寂しい顔をしていたが、会話はすぐに再開された。

 僕はふたたび当てもなく園内を歩きだした。すると横目に、歩道のわきに生えた木の梢のあたりから勢いよく地面に垂直に走り落ちてくるもがいた。それは一匹のこげ茶色のタイワンリスで、幹の周囲をクルクルとせわしなく転がりまわると、テープを巻き戻しするかのように、ふたたび木を垂直に素早く駆け登っていった。

 東京を離れて一晩が過ぎた。昨日まで頭のなかのほとんどを占めていた、いくつもの複雑な事象の片鱗が、ぽろぽろとはがれ落ちてきているような気持ちになった。木々の間からこぼれる太陽は、地面のうえでだんだんとその光力を強めていた。

***朝日のさしこむ台南公園で***


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台南の飛虎将軍

 締めつけられていた東京から飛びだし、台北の松山に降りたち、そのまま高鉄を走って、台南まで一気に駆けぬける。途中、台鉄の扉に滑りこみ、切符を改札に投げつけ、弁当屋の勧誘を振りきり、歩道のイヌ蹴とばし、予約していたホテルにチェックインした。羽田からここまで5時間半。すべては“逃げ”だった。

 人は人をいとも簡単に壊してしまうことができる、という現実を知った。どういう運命のめぐり合わせか、いわゆる組織的枠組の中で、とんでもない人物と関わってしまった。それを排除し決別するまでの半年もの間、喜びと怒りと哀しみと楽しみ、といった人間の基本的な感情をすべて抑え込み、ただ生きることだけに執着することで、かろうじて正気を維持してきた。

 台湾SIMを差し込んだスマホは、ウィンと鳴って、まるで生気を取り戻したかのようにぷちぷちと台湾電話局の電波をひろい交信しはじめた。
 
 部屋に荷物をほうり投げてすぐに、ホテルの受付で目的地への行き方を尋ねた。「行くのであれば今からあなたを車に乗せて行きますよ」綺麗な日本語が返ってきた。差し出された名刺には敦さんとあった。日升大飯店の支配人である。

 今から70年くらい前のこと。台南の上空で激しい戦闘があり、襲撃を受けて墜落する飛行機があった。飛行機は煙を上げながらも、機首を上げ続け、集落を避けるように畑の中に墜落した。遺体の軍靴には日本人の名前があった。もしも早い段階で飛行機を乗り捨てていれば飛行士の命は助かっていたはずだった。集落の人々は亡くなった飛行士のために小さな祠を建てた。祠はやがて建て替えられ、そして廟になった。

 台南行きに決めたのは、自分の命とひきかえに集落を守ったといわれる飛行士が祭られる飛虎将軍廟を訪れる目的があった。

 廟に入ると神像が3座置かれていた。中央が本尊で両脇の2座が分尊、いわゆる飛虎将軍の分身という話である。みようみまねで私は敦さんに続いて参詣した。台座から煙がもこもこ立ち上っている。よく見るとその煙は線香からではなく、タバコから発せられるものであった。タバコは3本供えてあった。

 どこからか流れてくる「君が代」の音色に混じって、背後から自分の名を呼ぶ声があった。こんなところに知り合いなんているわけがない。なにかの間違えと思っていたが、その声はふたたび私の名を呼んだ。確信をもって振り返ると、一瞬、思い出せないでいたが、その姿はすぐにシン君であることが分かった。

 シン君は台湾のfacebook友だちで実際に会うのは今日がはじめてであった。彼はよくお参りに来るのだと言った。とんでもない偶然もあるものなんだな。しばらくは驚きと喜びのため、次に続く言葉をつなげることができないでいた。まるでその部分だけを切り取ったように、二人分の時間と場所を結びつけるなにかの力が、なにかのきっかけで、たまたま偶然という形をとって現れたんだなと思ったりしてみた。

 シン君は、グリップに引っ掛けていたヘルメットをかぶり「短い時間しか会えなくてすみませんね。夕食を買って家に帰る途中なんだ。今度はちゃんと会う約束をしよう!」と言ってバイクをブインと飛ばした。私は敦さんの車に乗り込んだ。

***夕暮れ前の台南で***



台南の飛虎将軍




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サバヒー粥をもう一杯

 怒号の中で目が覚めた。窓の外からどしゃどしゃと雨が落ちる音が聞こえている。時刻は午前七時前。どうやら目覚ましをセットした時刻よりいくらか早いようだ。あーあ、今日の朝飯どうしようかな、などと低気圧でずーんと重たくなった身体をシーツにくるめたまま、まだ覚醒しきらない頭で、天井の古い染みをぼんやり見つめていた。

 僕が台南に来ることを聞いて、すぐさま駆け付けてきた友人がいた。ブンちゃんは台北人だから、東京から京都に来るような感じになるんだろうか。台南は台湾でいちばん古い都市で、日本でいう京都である。台北はもはや完全に東京化しているから、ブンちゃんは「そうだ京都、行こう」と週末散歩の気分で遊びに来てくれたんじゃないかと考えた。

 台南にやって来たのは飛虎将軍を見るためだった。鎮安堂飛虎将軍廟には日本軍人が祀られ、地元の人々に拝められ、今でも大切にされているという。そこに至るまでどのような紆余曲折があったのか、戦争中に実在したひとりの日本生まれの軍人さんが、台湾に来て神様になってしまったのである。そのややローカル的で、人間味あふれる熱い奇抜な発想に、なにかただならぬ秘密の関係というものが、日本と台湾のどこか根本の部分で、深く横たわっているように思えたのである。

 飛虎将軍に案内してくれたのはホテルのオーナーの敦さんだった。たまたま行き方を尋ねたらすぐに車を出してその場所まで乗せて行ってくれた。そんな親切な敦さんから、昨晩、近所で食べられるおススメの朝食屋を教えてもらっていたことを思い出した。その店は朝早くに開店し、売り切れたらその時点で閉店するという。朝の五時から営業しているだけに、もたもたしていたら午前中の早い段階でなくなってしまうことは確実だった。僕はシーツをけとばし、ベットから転がり起きた。

 ブンちゃんは既に1階のロビーにいた。敦さんに台南小吃という地図をもらって、お店の位置を赤ペンで印してもらった。とても「讚」な味だから是非行きなさいということだった。ちなみに「讚」とは「すばらしい」という意味である。地元の人がうまいという店で飯を食うのは、何にも代えがたい喜びだった。

 バケツをひっくり返したような豪雨は小雨にかわっていた。街のひさしのついた歩道の上には、ときおり自動車やバイクが所狭しと並んでいて、そのたびに道路に降りて迂回しなければならなかった。仕方がないので、ブンちゃんと僕は傘をさして、それからはずっと道路の端を歩いた。

 店のすぐ近くには、何台かの車が停められていた。開放された店内は、店員さんがせわしなく動き回って、いくつかある円盤状のテーブルは多くの人で埋まっていた。飯を注文する音と、飯をはこぶ音と、飯を食べる音とが、常にけたたましく回転している。天井のシーリングファンの風に煽られて、カウンターの上の、Y字金具に差し込まれた箸入れのビニールが、ちりちりと音を立てて揺れていた。そんなカウンターの隅っこに、ちょうど二人分の席ができた。

 阿堂鹹粥はお粥の専門店だった。メニューに虱目魚というものがあったので、ブンちゃんに訊いたらサバヒーという答えだった。台湾にはサバヒーという魚がいて、台南市はとりわけサバヒーの養殖が盛んで、新鮮なものがいつでも食えるという話だった。淡白な見た目と裏腹に、味は濃厚で、スープに魚の味がよく染み出ている。ぷりぷりとした白身は脂が乗って、焼いた外側がカリッと香ばしい。近頃このようなやさしい朝飯を食っていなかったなあ、と箸休めに油條という台湾揚げパンをかじりながらつくづく思った。外の雨はあがって、南の空が少し白んでくるのが見えた。

***雨上がりの台南で*** 


台南お粥の朝食



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ふるさと色の玉井ランド

2012/8/20 台南

 烏山頭水庫を見終わったからつぎのところに行こうと燃えるようなあつい車に乗りこんだ。烏山頭水庫には小さいけれど立派な銅像があって、いっしょに写真を撮ったりしていた。ほかにもいろいろなことがあったけれど、今日は玉井のことを書くからその話はしない。

 車のなかで友人は玉井に行くと言った。玉井はマンゴー故郷であるとまえにだれかから聞いたことがある。だからぼくは、きっとマンゴーカキ氷を食べに行くんだな、とすぐに悟った。
  
 車から外に出ると、でりでり太陽がつぁんつぁんといってよろこんでいる。もういっかいクーラーのきいた車にもどりたい。玉井の町にはあつくて濃厚な空気が四方八方にどっさりと充満していて、目がまわるくらいにめまぐるしいあつさだった。

 ぼくは台湾にいると、いつもあついあついと言っている。ほんとうにあついんだからしょうがない。そんなときに冷気開放とかいたお店をみつけるとすっとんで入りたくなる。冷気開放というのはクーラーがきいて涼しいよ、という意味だと思っている。なかに入るとやっぱり冷えて涼しい。そんな冷気のなかにいるとなんだか開放的な気分になるんだ。

 玉井熱情小子芒果冰館もそんな冷気開放なお店だった。お店のなかにはひとがいっぱい入っていて、にぎやかだ。みんなが座るイスはだいだい色をしていて、それはマンゴーの色そのものだった。さらに見まわしてみると、メニューが、天井にかかる横断幕が、壁のプレートが、みんなだいだい色だった。さっき開いた自動ドアのガラスにもだいだい色のふちどりがあったし、お店に入るときに見た外観にもだいだい色があっちこっちにあったから、ぼくは、このときになってはじめてびっくりした。

 大人も子供もいっしょのテーブルでマンゴーカキ氷を食べている。奥にすがすがしいくらいに空いているテーブルがあったので、ぼくたちはそのテーブルの、だいだい色のイスに座った。友人はメニューを見ると、常連さんのようにてきぱきと料理を選んでくれた。

 マンゴーカキ氷に、マンゴーアイス、それにマンゴープリンと、デザートのマンゴーケーキ。でもぼくにはどれが主菜で、どれがデザートなのかよくからなかった。それでもぜんぶがマンゴーの味だったことは間違いなかった。どれもすごく甘くて、果物のいいにおいがする。マンゴーそのものはやわらかいから、歯をつかわなくても、舌で押すと溶けてなくなってしまう。
 
 台湾では、子供のころからお母さんに、マンゴーを食べすぎるとかぶれるから食べすぎちゃダメよと言われて育った、ということ聞いたことがあるんだけれど、ほんとうだろうか。マンゴーはウルシ科の果物だから、かぶれるというのはほんとうらしい。それでもみんなはゆかいにたのしく食べているから、ぼくもゆかいでたのしい気分で食べた。

 友人はどんどん食べてね、と言ってどんどん勧めてくるから、ぼくはどんどん食べた。おなかがパンパンにふくれあがってきて、ぼくのおなかのなかも、きっとだいだい色でいっぱいだ。

 近くにドライフルーツになったマンゴーを袋につめて売っているお店があった。友人は7個まとめ買いをしようとしていたから、ぼくも7個まとめ買いをしようとした。7個買うと1個がおまけでついてくる。友人はぼくは買わなくていいからと言ったけど、ぼくはやっぱり7個買った。
 
 高雄にかえる車のなかで、友人がお土産だよと言って買ったばかりのドライマンゴーを2個持たせてくれた。だからぼくのザックのなかには、まあたらしい9個のドライマンゴーが入っている。


ふるさとの玉井ランド



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改札を越えて

 2011年7月12日 台南

 台南を初めて訪れたのは、初めて台湾を訪れたときだった。台北の次に行くところは台南と決めていた。理由はないけど、台湾の北が台北であれば台湾の南は台南であると思っていた。

 私の飛行機はいつも松山空港に着いた。そのため台北には必ず行く。台北はやっぱり大都市だったし素敵な魅力が満載の大都会だった。だからその対極にある台南は南部を代表する魅力的な都だった。

 台北のホテルで、台南に行く方法を調べていたら、台北駅から高鐵(新幹線)で行くのがいちばん早くて快適だと書いてあった。

 ビジネスの思考にすっかり染まっている私は、時間はお金で買うものだという窮屈な観念が刷りこまれていたので、すっかりその意見に同意した。

 高鐵で移動すれば、台北から台南までは、2時間程度で到着するという。でも本当の台南は、高鐵の駅からさらに台鐵(在来線)で30分ほど先の台南駅からはじまる。

 高鐵を降りた私は、台鐵に乗り換えるため、頭上の案内板を頼りに、在来線にあたる沙崙駅のホームを目指した。

 まだ見ない南部の空気の中には、晴れやかな好奇心と、少しの心細い気持ちが浮いていた。

 他の客は慣れている足取りですいすいと歩いている。私は初めて対面する地にそわそわしながら前を行く客の後ろについていった。

 しばらく歩くとこれから乗ることになるはずの列車がしかるべき位置で停車しているのが見えた。しかし、早歩きで乗り込む客の歩調に合わせるように、列車は今にでも走り出そうとしていた。

 台鐵に乗るのは初めてであった。台北では、MRT(地下鉄)ばかり乗っていたので、初めて来る台南の地で、初めての試みとなった。

 昔からずっとあるような青い四角の券売機には、 台南 の文字が描かれたボタンが乗っかっている。しかしそのまわりには見たこともない文字、繁体字の組み合わせがふんだんに乱舞していた。



・・・「一張」 「二張」 「三張」 「四張」・・・


   ・・・「自強」 「莒光」 「復興」 「電車」・・・
  

           ・・・「全票」 「孩童」 「老障」・・・




 この中で理解できたのは「電車」の文字それだけだった。電車に乗るのだから電車を選ぶことに間違いない。しかし、その他の文字は急ぐ頭の回路で意味を想像することができなかった。


出発の時間は刻一刻と迫っていた。


 とにかくお金を入れないことには始まらないと考え、小銭入れに指を突っ込んでみるが、手に触れる硬貨の感触でその価値をすぐに識別することがでない。平たい鐵の塊は革の中でただ冷たい金属音を響かせるだけだった。

 この列車を逃したら後の観光に支障がでるのではないか。慌ててお金を取り出そうとするが、行き先の値段に見合う硬貨は現れず、慌てる手をいっそう慌てさせた。

 たとえこの列車を逃すことになったとしても、30分後には次の列車がやってくるのである。しかし、無駄にできる時間を作らないというビジネスの論理に洗脳させられている頭には、次を待てばよいという柔軟な発想はやってこない。

 そんなとき、改札の向こうの、列車の扉の前に立っていた車掌さんが、意外な言葉で私に叫んだ。




  あとー!あとー!




 日本語のように聞こえた。 そんなこと(切符を買うこと)はあとでいいよ と言っているように聞こえた。むしろそのように言っているとしか考えられなかった。


 私は少し自分の耳を疑ってみたけれど、アクセントに少しのなまりがあるだけで、特にこれといった違和感は感じられなかった。


 それどころか、その力強い声には、どこか懐かしい響きすら匂わせていた。



 あとー!あとー!



 車掌さんはなおも続けた。自分が生きるよりも前から続いている、遠い故郷を思わせるような、全てを包み込んでくれる安心感を、言葉の奥にしっかりと捕らえた。


 車掌さんは、今にでも閉じられる列車の扉を押さえたまま、空いている方の手で、早く乗れと手招きしている。


 もう時間がなかった。今すぐに走らなければ、この列車は行ってしまう。


 私は思い切って、切符も持たずに、目の前の改札を走り抜けた。



 あとー!あとー!




 言葉自体に特別の意味が含まれているわけではない。どこでも聞かれる簡単で平凡な言葉だった。


 それでも、扉を開けたまま、最後まで温かい目で見守っていてくれた車掌さんを思い出すと、今でも、聞こえることがある。


(終着の台南駅では高鐵から来たと伝え乗車区間の料金を支払い改札を通過した)



改札を超えて



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プロフィールです。

みのりおん

Author:みのりおん
台湾はちんほうちゃな食べ物であふれている。でもそこで出会ったのは、食べ物ばかりでなく、美しいシゼン、よく眠るイヌ、そしてとても優しいヒトビトだった。そのどれもが、明るくて、のんきで、楽しくて。そんな「ちんほうちゃ」な出来事を、とりためた写真の隅っこから、いつもニヤニヤしながら切り取っているんです。
※ちんほうちゃは台湾語でとても美味しいの意味です。
※本ブログの登場人物は基本的にすべて仮名を使用させていただいております。

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